そんなに焦らさないで

 

織子は写真というものがすきだ。
最近知った。
というより、最近やけに大事にするようになった。
中学や高校のときは取り立てて好んでいる風でもなく、並みだった。

しかし、最近はやたらと撮った写真を飾りたがる。

別に、芸術品として撮ろうとか、一眼レフだのなんだの機械に拘っている訳ではない。
自分の気に入った瞬間を、携帯電話のカメラだろうと安物のデジカメだろうと撮ることが出来ればいいらしかった。
それらを出力して紙媒体にし、フレームに飾って眺めることに意義があるのだという。

確かに、感慨深げに写真を見つめているときの織子の顔は綻んでいた。

その表情を見つめ続けて趣味が移ったのか、気がつけば俺もよく織子にレンズを向けるようになっていた。
改まって写真を撮ることに対して、最初はなんとなく気恥ずかしい気もしていたが、今では俺から撮ろうと誘うときもあるくらいだ。
一緒に買い物に出掛ければ、新たな写真を飾るフレームをつい見て『あれは織子が好きそうだな』と考えてしまうことだってある。


そんな訳で。
来週に控えた織子の誕生日には、フレームをプレゼントしようと俺は考えた。ちょっとばかし良いものをと思って、バイト帰りに織子のすきな店に寄ったのだが。

「高ぇなーオイ…」

こちとら貧乏学生だ。
ケーキの予算もある。
いいと思って目についたものを手に取っては戻しを繰り返していた。

(決まんねーな)

それにこんな女モンばっかの店にそう長居は出来ない。
周りからの視線がそろそろ痛えし、眠気が頭を鈍らせる。
しかも織子が夕飯作って待ってくれてんだ、帰りが遅くなるのも避けたい。
まだ日数的に時間はある。

「出直すか」

さつきやテツに聞いてみるという手もある、今日は一先ず帰ることにした。



「気持ちは解らなくもありませんが」

後日テツをマジバに呼び出して事情を説明すると、
「やはり自分で選んだ方がいいと思います」
と真っ向から正論を喰らった。
「チッ…やっぱそう言うと思ったぜ」
俺はテリヤキバーガーを齧りながらテツを睨む。

「でも」

「あん?」
「今日は桃井さんも呼んでいるんですよね」
「…一応な」
「なら、ヒントをもらうくらいならいいんじゃないですか」
なんだその意味深な笑いはよ。


「それは勿論ハンドメイドよ!」

やってくるなりさつきは断言した。
「やっぱりそうですよね」
頷いてんじゃねえよテツ。

「手作りだあ?んな恥ずいこと出来っかよ」
大体、なにを作れってんだ。
ケーキか?
そもそも作れはしないが、そんな消えもの作ったって意味ねえだろ。
「意味がない?聞き捨てならないわね青峰くん!」
さつきはずい、と身を乗り出してきた。
「おいさつき、お前まさか」

「ん?当然作るわよ、織子のバースデイケーキ!張り切ってデリバリーするんだから!」

ちょっと待てそれだけはやめてくれ!
目でテツに助けを求める。テツは「んー」と目を斜め上にやって考える素振りを見せた。

「桃井さん、今の時期だと織子ちゃんのすきな美味しい苺が手に入りにくいです。手作りはまたの機会にして、何処かいいケーキ屋さん探しましょう」

ナイスだテツ。

「テツくんと!?二人で!?」
さつきも期待以上に食い付いた。
「はい」
「じゃあそうするー!」
さつきが現金なやつで助かった。
それに、流れで決まったようなもんだが二人でケーキ用意してくれんだよな。
こいつらはなんだかんだ、いつも気ぃ利かせてくれてる。
俺も織子も助けられてきたことを、ふと実感した。
今更改まって感謝なんざ絶対言わねえけど。


命の危機は去った。

「で、プレゼントどうしたらいいんだよ」
何を手作りすりゃいいんだ?
話を本題に戻すと、テツは「なにを言ってるんですか」と首を傾げた。

「フォトフレームじゃないんですか」

「あ、それいい!いっぱい家で飾ってるもんね」
さつきも二度三度と頷く。

「ああ…フレームを作りゃいいのか」

で、どうやって?
そんなもん夏休みの工作でもって作ったことねーよ。
「そんなとこまで聞かなきゃ解んない?」
「ヒントどころかもう答えですね…」
「うっせ」
しょうがないわね、とかなんとかぶつぶつ言いながらさつきがメモ帳を取り出して図を描いてみせた。

「まず、装飾の付いてないフレームを買うの。百均なんてだめよ。ちゃんと丈夫なものを用意してね」
さつきによると、そのフレームに自分で飾りを付けるのだという。

「織子のすきそうなものとかね。瞬着でくっつくものを選ぶのよ」

織子のすきなもの、か。
なにがすきっつーか、どういうすきなもんのことだ?

「手芸屋さんで売ってるチャームとか使うといいかも。織子のつけてるアクセサリーとか、服をよく観察すること。いい?」

さつきが念を押してメモを押し付けるようにして渡してくる。こんだけ言われりゃさすがにできるだろ。
メモを受け取っておう、と頷いた。


俺は家に帰ると、織子がまだ帰ってこないのをいいことにうろうろ歩き回りながら、織子のすきなものを思い返す。
織子は、リボンの付いた靴や服をよく身に付けている。レースやフリル、チェックの柄がすきらしい。この前買ったポーチは猫が描かれているものだった。お気に入りのネックレスはラインストーンで花を模したもの。携帯電話には王冠のストラップを付けている。

一般的に女がかわいいっつってるものがすきで、つまり普通ってことだ。
他はバスケしか思い付かねえ。
「わっかんねえなー」
頭をがしがし掻いて突っ立っていると、「なにが解らないの?」と後ろから織子が現れた。
「うわっ」
「なに、人をお化けみたいに」
「悪い…ってか、いつの間に帰ってきたんだよ」
「さっき。ちゃんとただいまって言ったよ」
織子が変な大輝、と首を傾げた。
妙に鋭いとこあるし、ちゃんとばれねえようにしねえとな。
ったく、誕生日は骨が折れるぜ。
絶対一年に一回しかしてやらねえ。


翌日、大学の講義が終わってからバイトへ行くまでの間に街を彷徨いてみる。
取り敢えず、最初に基礎になるフレームを選んだ。
そのあと時間の許す限り手当たり次第に店を梯子して、
織子の好みそうな飾りをいくつか買った。あとは織子のいねえときに家で作業するだけ。材料が揃うと出来そうな気がしてくる。
俺は鞄に買ったそれらを仕舞って、バイトに向かった。

帰りは深夜になると伝えてあったし、帰宅すると織子は既に寝ていた。
起こさねえようにたてる音は最小限にしながら、用意してくれていた飯を食う。風呂入ったら作ってみるか。
(いや、無理か)
いつも遅くに帰ってくると、風呂に入っている間に織子は音で目を覚まして起きてきてしまう。狭いアパートだから仕方ないが。
案の定、風呂から上がるとにこにことすっかり目の冴えた織子がベッド脇に座っていた。
「悪いな、起こしちまってよ」
俺は昼間に買ったミネラルウォーターの残りを飲み干しながら歩み寄っていく。
「ううん、お疲れ様。明日の講義は、二コマ目からだっけ」
「ああ。洗濯はしとく」
「ありがとう。起こさないけど、朝ごはんは用意しておくからね」
「サンキュ。頼むわ」
明日は早いめに起きるか。


朝、俺は織子が出て行ったのを耳で確認すると起床した。洗濯機を回しながら、昨日と同じように織子が作ってくれた朝飯を食う。さっさと片付けてテーブルの上にフレームと飾りを広げた。
何度も色々とフレームの上に載せてみては配置を変えてみるが、どういうのが“かわいい”のか、どう並べたら“かわいい”のかさっぱり解らねえ。そもそも俺は芸術とかその辺のセンスがからっきしだ。
「こんなもんか…?」
苦戦して作り上げたそれを睨みつけてみても、返事はない。
これで織子の喜ぶ顔とか想像つかねえな。
どれくらい時間をかけたのかと時計を見遣ると、
「げっ!もうこんな時間かよ!」
作業開始から一時間弱が経過していた。家を出る時間が迫ってる。
「あー、洗濯機…」
回したきり、干すのも忘れていた。
今日はもう遅刻でいいか。
フレームを箱に仕舞って、自分のチェストの奥に隠す。
開き直って洗濯物を干すとだらだらチャリを漕いで大学に向かった。



あと五分で、日付が変わる。
俺たちはテーブルの上に時計を置いて、じっと針を見ていた。
「大輝、あのね」
俺にもたれ掛かりながら、織子はぽつりぽつりと話し始めた。
「私、本当に大輝に感謝してるの。いきなり転がり込んで、すごく負担になってると思う。ううん、それより前から…大学の受験に失敗したときも、ずっと励ましてくれたよね」
「別に、お前を負担だと思ったことはねえよ」
そりゃあ喧嘩したことは何度もある。大学とバイト、俺にはバスケもあって、時間的なすれ違いも多く互いに大人気なく衝突した。それでも、テツやさつきの力も借りながら上手くやってきた。
どんなことがあっても、結局いつも織子が大事だという結論に至って終わる。
「アメリカのことも…きっとこの負い目はずっと消えない」
「馬鹿言ってんな。その話はもうしねえよ」
この選択を後悔したことなんざただの一度もねえ。
俺は少し乱暴に織子の頭を撫でた。
あと二分。
「俺の方こそ、お前には色々我慢させたり、気ぃ遣ってやれねえこともあるけどよ」
華奢な身体を抱き寄せれば、織子はわあ、と声を上げる。
「ううん。私、こんな幸せな毎日があるなんて、あの頃は想像出来なかった」
猫みたいに擦り寄せきた頬を撫でてやると、その表情は笑っているのに涙を浮かべていた。
あと一分。
「だから、私、誓うよ」
「?」
「私のことを守ってくれてる大輝のことを大切にするし、」
「そりゃこっちの台詞だろ」
なにいきなり格好つけたこと言ってやがる。織子が擽ったそうに笑った。
「たくさん幸せをくれる大輝を、幸せにするって」
「馬鹿、それも俺の台詞だ」
織子は、ただ傍にいてくれりゃいい。へらへら笑ってりゃいいんだ。
その笑顔が見られるだけで、抱き締めて体温を感じられるだけで、俺は日本に残ってよかったと心底思える。

日付が変わった。
俺は織子の唇に噛みつくようにキスをした。


「…あの、よ、その…」
「うん?」
遂にあれを渡すときがきた。
このタイミングで渡さなかったら、多分織子は下手に期待する。別に大したもんじゃねえし、夜にはテツやさつきも来っから二人の前で渡すのはごめんだ。
「なに?」
しかし今渡して織子がすぐ使うとなったら結局二人に披露される。じゃあ一日の最後に渡すか?いや彼氏が最初に渡さないのは死活問題だろ。
「ねーってば、大輝」
織子が俺の腕を揺さぶった。
「お、おう…」
「おう、じゃなくて。どうしたの?」
「あー、その…」
どうしても歯切れが悪くなる。
「プレゼント、用意したんだけどよ」
織子から目を逸らして、部屋の端に置いた紙袋を見遣った。

「あれ!?」

途端に織子が目をきらきらさせて、声を弾ませる。あ、やべえ、そんな織子が思う程いいもんじゃねえんだが。
「ああ」
頷くと、嬉しい嬉しいとはしゃいで両手を広げた。
俺は渋々立ち上がって紙袋を取りに行く。すげえ渡し辛え。

「なー。これそんないいもんじゃねえんだよ」
「なにそれ」
織子がぽかんと頭上にはてなを浮かべた。
「あんま期待すんなよ」
「そんな無茶な」
「でもがっかりすんなよ」
「どっちなの」
いつの間にか俺と織子で静かな攻防が始まってしまっている。
「毎年そんなんじゃなかったのに。やっぱり期待していいの?」
「違えよ!」
「もー」
痺れを切らした織子が俺に飛びついてきた。相変わらず軽いな。
「あっ、おい」
遂に手から紙袋を奪われた。



箱を開けた途端、織子は泣き出した。
「なんで焦らしたの。喜ばない訳ないじゃない」
予想に反して、泣く程嬉しかった、ということらしい。
「そんな泣くなよ」
「む、無理だよ…」
どれだけ宥めても、こんなにも私の誕生日を大事にしてくれてありがとう、となかなか泣き止まなかった。
暫くしてから、織子は「ずっと飾りたかった写真がある」とフレームを抱き締めながら言った。


そうして、新しく歪なフレームが飾られた。売り物とは程遠い代物だが、織子がこれが一番すき、といつも言う。

そのフレームの中では、全中を連覇したときの俺たちが笑っている。

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