今日から数日間の一人暮らしは所謂練習みたいなものだ。
さつきもいつでも来ていいと言ってくれたけど、頼るつもりはない。
もうすぐ一人で生活しなければいけなくなるのに、さつきに頼ってばかりではいけない。


随分さっぱりとした部屋。
越してきたばかりの頃に少し似ている。二人のもので溢れていた空間が広く蘇って、嘘みたいに明るい。

(多分、一人で暮らし始めたら狭い部屋でもこんななんだろうな)

チェストの上の写真立ては、私の我が儘でまだ仕舞っていない。
金属製や木製のフレームに、中学からの写真を、歴史のように並べてある。
帝光のスタメンと、私とさつき。全中を制覇したときの、ユニフォーム姿の写真。みんなの汗がきらきら光っていて、笑顔も眩しい。

中学の卒業式の日の写真。さつきが撮ってくれた私と大輝のツーショットだ。
高校の入学式の写真は、さつきも写っている。新品の制服に着られているようなぎこちなさが、今となってはかわいく見える。
「幼いなぁ…」
私もさつきも、大輝も。
この二枚の写真の大輝は詰まらなそうにしていて、衝突の絶えなかった日々を思い出させる。

高校の写真は、バスケ部の先輩が写ったものもある。大輝はよく外方を向いていた。
高校の卒業式の写真は、私がひどい顔をしている。今より顔の輪郭も細くて、卒業という節目に涙してはおらず、力無く笑っていた。そんな私を支えるように、大輝が肩に腕を回している。

大学に入ってからは私の笑い方も穏やかになって、記念日を祝ったもの、色んなところへ行っては景色と一緒に撮ったものが続く。

この約四年間は、旅のようだった。
大輝が、私を慰める為の。

本当の本当に、もう十分だった。
お互いの表情を見れば解る。
沢山幸せだった。

(泣くな、まだ泣くな…)

私は口を固く結んだ。
どれほど感謝しようと、この胸の中は伝えきれないだろう。

この感謝の気持ちだけで、大輝に愛されたと思えるだけで、私は生きていける。

もう写真は増えない。
想い出で止まってしまう。
それでも構わない。

(一緒にいた時間が、なくなる訳じゃない)

それぞれの日々の中でこれから新しく写真を増やしていくとして、これまでの写真たちとずっと同じように笑っているだろうか―――そう訊かれればなんとも答え難いが、この鮮やかな想い出がある限り私は大輝を想い続けるだろう。


そう思う一方で、大輝が帰国するまで、朝は胸が潰れそうな気持ちで目を覚ました。
身体を起こすと息苦しくて、咄嗟に気道の辺りを押さえる。
携帯電話を手繰り寄せ、日付を確認した。

なんとか、乗り切った。
今日の夕方、大輝は帰ってくる。

(大丈夫…この家に独りだからこんな気持ちになるだけ)

新居に越せば解消される。
今だけ、今だけ。

落ち着いて深呼吸を繰り返せば、ベッドから起き上がることが出来るようになった。
携帯電話を充電器から外し、身支度を整えていく。昼間はバイトを入れてある。
さつきから昨夜メールが届き、今夜うちで送別会をすることになった。
緊急召集だったのに、さつきや黒子くんは勿論、キセキの世代のみんなも予定を空けてくれた。
八人でうちに集まるのは今日が初めてで、また最後でもある。
とても特別なイベントになることは間違いない。

(大輝を楽しませて、あげたいな)
淡く期待を抱いて、私は家を出た。


午後六時頃に大輝は駅に着くと言っていた。それに間に合うようにバイトを上がらせてもらい、大輝を迎えに行く前にさつきと適当な場所で待ち合わせて家の鍵を渡した。
「はい。これで、よろしくね」
「はーい!もうみんなすぐそこまで来てるみたいなんだ。ばっちり準備しておくから」
またメールするね、と一旦別れる。
さつきは沢山荷物を持っていて、はらはらしながらその忙しない様子の背中を見送った。
私は駅へ向かって歩き出す。
自然と歩調は速くなって、鼻歌まで歌い出しそうになった。

「大輝!」
ラッシュアワーの改札から人が溢れ出て来る。
背の高い大輝はすぐに見つかり、私はぴょんぴょん跳ねながら右手を頭上で振った。
「おー、織子」
数日振りに会う大輝は少し疲れていそうだったが、特に体調に変わりはないらしい。
「わざわざ迎えに来るこたなかったんだぞ。身体冷やしてねえか」
こちらに駆け寄って来るなり、大輝が手の甲で私の頬に触れた。
「大丈夫、もうそんなに寒くないんだから」
早く会いたかったの、とは言わなかった。なんとなく、口に出せなかった。
大輝は、気付いているだろうけれど。

ゆっくりと家路を辿り始めると、さつきから用意が出来たとのメールが届いた。
あと十五分くらいで着くと返し、携帯電話をポケットに仕舞うと、大輝と手を繋いだ。

「早く帰ろ」

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