紫原くん

 
日差しの穏やかな昼下がり、歩きながら私は真太郎を宥めていた。

「もう大体の人には会ったし、これ以上はいないって」
ね、と彼の顔を覗き込むと同意が返ってくる。
「…そうだな」
「さすがに紫原くんとか赤司くんには会うことはないだろうし」
「これで会おうものなら溜まったものじゃないのだよ」
疲れた表情の視線は既に明後日の方向だ。

「お昼のリベンジしよ。二人で美味しいもの食べようよ、ね」
腕時計を見せ、甘いものをねだった。
「…ああ」
こんなに踏んだり蹴ったりだったんだ、おやつの時間くらい神様も味方をしてくれるはず。


友人が彼氏と行ったというおすすめのカフェに入った。
羨ましくて、私も絶対に真太郎と来たいと思っていたのだ。

「私これがいいなー」
メニューに載っている写真を指差しす。
大きなプレートに盛られた、チョコレートソースや生クリーム、アイスクリームのトッピングがたっぷり施されたワッフルとパンケーキ。
絶対おいしいよ!と推すと、真太郎が目を細めてストップをかけてきた。
「……大きすぎやしないか」
「だーいじょうぶ!二人でならこれくらいいけるって」
こういうメニューを見ると、私は友人を巻き込んで挑まずにはいられない。お願い、と両手を合わせる。
「なっ、二人で食べるのか?」
「え?当たり前じゃない。一緒に食べると楽しいんだよ」
もしかして、チョコレートや生クリームは苦手なのだろうか。
彼は毎日おしるこ飲んでいるが、同じ甘味でも和と洋ではやっぱり違うのかな。
「でも、真太郎がどうしてもだめなら、しょうがないね」
他に二人で食べられるものを探そうと、違うページを開こうとした。
「いや…あすかはそれがいいんだろう」
「本当にっ?」
「ああ」
「やった!」
何故か頬を少し赤らめている真太郎を疑問に思いつつ、私は嬉々として店員さんの呼び出しボタンを鳴らした。

「わーい!」
運ばれてきた生クリームの山を目の前に、私は歓声を上げた。
「ほ、本当にそんなに食べるのか…?」
写真で見たより迫力のあるそれに、真太郎は食べる前から胃もたれを起こしたような顔をしている。
「真太郎は無理しなくていいよ。ずっと忙しかったからこういうの食べるの久々だし、今すごくテンション上がってる私が超食べるから」
私が爛々と目を輝かせてナイフとフォークを構えると、彼は可笑しそうに言った。

「見れば解るのだよ」

その笑みがあまりに優しくて、直視が出来なくなる。動揺を誤魔化そうと真太郎にもフォークを押し付ける。
「ほら!真太郎もちょっとは食べるの!」
「ああ。今日は、あすかの希望を聞く日だからな。付き合うのだよ、いくらでも」
「し、真太郎…」
逆効果だった。

こんな風にお出かけして、手を繋いで歩いて、ゆっくり時間を過ごして。
本当にデートなんだ、本当に真太郎の彼女になれたんだ、と実感する。
むず痒いような、涙が出そうになるような、満たされた気持ちになっているのが解るのだ。今までの私たちとは違う新しい関係になったんだ、と真太郎を見つめる目で、真太郎と繋ぐ手で、真太郎と交わすことばで、全身で理解していく。

「ほら、食べるのだよ」
「うん!」
二人で、チョコレートソースのかかったアイスクリームを掬った。

ピリリリリ、ピリリリリ。
ピリリリリ、ピリリリリ。

真太郎の携帯電話が鳴った。
しかも、メールではなく電話の方の着信だ。

「……」
「……」

一瞬にして甘い雰囲気が消し飛ぶ。
私は一応尋ねた。
「出ないの?」

「……チッ」

真太郎が舌打ちしたのを、私は聞き逃さなかった。彼は渋々ポケットから携帯電話を取り出して、ディスプレイを確認した。
その瞬間、彼の表情が相手を呪うかのようなそれに変わる。
そして着信を切った。
「え、いいの?」
「いいのだよ。どうせ大した用ではない」
「高尾くん?」
真太郎とよく連絡を取るといえば、彼が真っ先に思い浮かんだのだが、首は横に振られた。

「……紫原だったのだよ」

それいいの?
滅多なことだし、なにか急用なのではないだろうか。

「言っただろう、これ以上邪魔をされては溜まらないのだよ」
真太郎がテーブルに端末を置いた。

ピリリリリ、ピリリリリ。

何処かで監視でもされているのではと思ってしまうようなタイミング。
「いっそ出て、取り込み中だって言えば?」
真太郎は溜め息を吐いてから、それを耳元に当てた。

「紫原…なんの用なのだよ」
『ミドチ〜ン久し振りー』
『なんの用なのだよ』
『えっとー、なんの用っていうかー』
「早く言え。俺も暇ではないのだよ」
『なんだっけ〜』
「切るぞ」
紫原くんとどんな会話をしているのかは解らなかったが、表情から察するにフラストレーションが溜まっていっていることは確かだ。
『あ、そうそう。この前出たまいう棒の新しい味がおいし』

ブツン。

真太郎が無言で通話を切った。

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