自主練の休憩中にメールに気が付き、すぐに切り上げて手芸部の部室に向かった。
「ま、お疲れ」
少し驚きながらも、美原は部室に迎え入れた。
「おう」


断つものと残すもの


美原に手招きされ、椅子を勧められて座る。どうやら帰る寸前だったらしい。あっぶねえ。
「返信寄越したらよかったのに」
「直接来た方が早えかと思って」
苦笑しながら、美原は既に片付け終わっていた材料を再度広げ始めた。
「こんな感じ」
どう、と完成品の花束を箱から出して渡される。
「す、すげえ…」
本当に器用なものだ。文化祭のときのものより明らかにグレードアップしていた。
「ありがとな」
「ちょっと時間かかっちゃったけど、我ながら悪くないと思う」
「悪くないどころかめちゃくちゃいいじゃねえか」
繊細すぎて持ってるだけで壊してしまいそうだ。
「ありがとう」正直に褒めると、美原はくしゃりと笑う。普段は隠し事をも見抜くようににやりと目を細めた笑い方をするものだから、思わず息を飲んだ。
新鮮さに一時思考を停止させていると、腕をとんとんと叩かれた。
「ほら、ラッピングするよ。これは宮地の仕事だから」


「ここをこう…そう、あっコラ、もっと丁寧に!」
「ちっ、上手くいかねえな」
美原の指南の元、花束の柄の部分に何枚か重ねたフィルムを巻いていく。慣れない作業に手元がまごつき、綺麗に包めない。
「初めてなのに上手に出来たら私が困る。ほら、ここのバランス見て」
曰く、そういう歪さが却っていいと言う。よくねえだろ、台無しじゃねえか。フィルムを整えながら反論すると、
「これは宮地が従姉の結婚のお祝いと式に出席出来ないお詫びなんだから、これくらいやんなさいよ」
俺はなにも言えなくなった。
包みを留めたらリボンを巻き、箱に詰めて完成。
「はい納品」
品のいい手提げの紙袋を手渡され、その重みをしっかりと受け取った。
「助かった、美原。ありがとな。材料代は?」
財布を出しながら問うと、「あー…」と目線を泳がせる。
「今度計算する。ま、多少はサービスしてあげる。帰ろ帰ろ」
広げていた材料を素早く片付けて、美原は鞄を肩に掛けた。
「遅くなっちまって悪かったな。送る」
「いや…、あ、うん。お願いしようかな」
ここに来た時点で外は暗かったし、校舎内はすっかり静まり返っている。
鍵の返却にもついていき、一緒に学校を出た。
「なんか慣れない感じ」
美原が小さく笑う。
「だな」
席が近くなってからはそれなりに話もしていたが、この件の比ではない。
「ねー宮地」
「ん?」
「従姉のお姉さんとは、そんなに仲がいいの?」
「仲がいいっつうか…」
「結婚式に出られなくて申し訳ないって言ったって、ウィンター・カップがあるから仕方ないといえばそうじゃない」
それなのに私に頼んでまでプレゼント用意するなんて余程慕ってるんだね、と感心しているようだった。
「宮地がどれだけ頑張ってるか知ってるなら、寧ろ応援してくれそうだけど」
確かに、あの姉さんならそうだろう。
ウィンター・カップの出場を喜んでくれていると、家族伝いに聞いている。客観的に考えればプレゼントなんか必要ないし、遠慮されるのも想像に易い。
でも、なにもせずにはいられなかった。
「昔、世話になった時期があったんだよ。小せえガキの頃、親の帰りが遅いときはよく面倒見てもらってたんだ」
「へえ。それは大事なお姉さんだね」
何度も頷いて、美原は納得した。
通り掛かったコンビニを指差し、なにか飲むかと尋ねる。
「礼に、奢るけど」
「いい。お礼とか要らない。送ってもらうだけで十分」
「おいコラ、この流れで断るなよ。行くぞ」
前々から思っていたが、美原は話し方や仕種に飾り気がない。性格がこざっぱりしている。俺を怖がらなければ媚びも売らない。他の女子は、少なからずそういうところが感じられるのに。ペースに掴み所がないし、剰え礼もろくにさせて貰えないとなれば俺が情けない。無理矢理コンビニに立ち寄らせた。
「おーぼーだねえ」
口を尖らせながら、やっぱり美原は笑うのだった。


「美原、なにがいい」
自分のコーヒーを選びながら彼女に尋ねると、陳列棚の最上段を指差す。
「温かいミルクティーをお願いしようかな」
店内に流れる流行りの音楽に自らの鼻歌を乗せながら、美原は機嫌よさそうにしていた。最初は断って見せた割に、なにも嫌そうな様子はない。
(変な奴)
指された缶を手に取ると、レジで会計を済ませて店を出た。
「ありがとう」
ミルクティーを渡すと、美原が指先を温めて息を吐く。短く切られている爪がきれいだ、などとぼんやり思っていたら、無言で顔を覗き込まれた。
「なんっ…だよ」
「ぼうっとしてたから。どうしたのかと」
「別に、なんでもねえよ」
「ふうん?」
追及はせずあっさりと引き下がり、彼女はあったまるねえと間延びした声で缶に口をつける。ゆっくりと歩き出し暫く黙っていたのだが、そのことばは突然だった。

「そのお姉さんがすきなのかと思った」

「ぶっ!?ごほっげっほ、あ゛にっ…言ってんだてめ゛え!げほっ」
豪快にコーヒーを噴き出し、噎せ込む。
「わあ、汚い」
なに目丸くしてやがる、お前の所為だっつの。身体を折り曲げて咳を繰り返していると、背中を叩かれた。
「ほら、しっかり噎せなよ」
だからお前の所為だろ。面白がってんじゃねえ、と思いながらなんとか息を整える。「はあ…」
目に薄く浮かんだ涙を手の甲で拭った。
「ごめんごめん。そんなに図星だとは思わなくて」
本人に悪気はない、完全に誤解だ。
「だからっ」
「いやー、あるよね、あるある」
「違うっつって」
「私も初恋は優しい親戚のお兄さんだったよ」
慰めているつもりなのだろうが、そんな過去の暴露は要らない。
「おい!いい加減に」
「お兄ちゃんのお嫁さんになる!とか言ってた言ってた」
呑気な声色にブチ切れた。
「人の話を聞け!!」
額に気分の悪い汗が滲む。立ち止まった美原が目を見開く。
「本当に、そんなんじゃねえから。勘弁してくれ…」
本当に。
そんなの馬鹿みたいだろ。不毛だろ。
「からかいすぎた?ごめんね」
彼女は力無い笑みを浮かべた。
ああ、これでは思いっ切り肯定したのと同じじゃねえか。
「……」
「……」
美原の目は前々から人を見透かしているようだと思っていたが、実際その通りであることを身を以て知ってしまった。
「まあ、あれだよ、なんとなく淋しいよね。私のすきだった親戚のお兄さんも去年結婚したんだよ」
ははは、とわざとらしく言葉を次いだ彼女の目は困惑している。いつも飄飄としている癖に、いざ人が目の前で落ち込むと全く対処出来ないのは少し意外だった。
「奥さんすごくきれいな人でさ。すきだったのなんて遥か昔だったのに、とられたなーとか思ったりなんかして?暫く二人に会いたくなかったよ」
こいつ、慰めるのめちゃくちゃ下手くそだな。どんなよく見える目を持ってやがる。自分のカミングアウトと同時に俺にも容赦がない。だからその自分の身を切り売りする自虐的な方向性はやめろよ。
美原って本当は馬鹿なんじゃねえか、とまたしても新たな一面を垣間見る。
「なんかどうでもよくなってきたわ」
溜め息をついてみると、胸の閊えが取れた気がした。
「帰ろうぜ」
腹から上がってくる笑いを喉元でくつくつと堪え、俺たちは歩き出す。
「うん」



その日、帰宅すると偶然にも従姉が来ており、俺はその場で美原に作ってもらった花束を渡した。
漸く、「結婚おめでとう」と言えた。
「ありがとう、清志くん」
従姉はとても喜んでくれた。
あまりにもすんなりとことばが出てきた為に、自分でも驚いた。本当はずっと祝いたかったのだ。
それでも、美原の助けがなければ叶わなかっただろう。
花束を渡してしまい、俺の手は空になった。
しかし、胸の奥には小さな熱が残った。

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