文化祭が終わり片付けも終われば、何事もなかったかのように日常が戻って来る。定期考査も控えながら、俺はウィンターカップに向けて更に練習量を増やしていた。


溺れる者と救う者


「くそっ」
ガン、と投げたボールがリングに弾かれる。ここのところ不調だ。
「どうした宮地。ここ一週間くらいか、ピリピリしてるな」
大坪が転がったそれを拾い、投げて寄越した。
「ウィンターカップが近付いてきて緊張してるのか」
コートの端から、木村も訊ねてくる。
「馬鹿言え」
俺は受けたボールを再び放った。今度は入った。


原因くらい自分でも解っている。
携帯電話をポケットから取り出して一通のメールを開いた。
(いい加減返信しねえとな…)
暗い帰路で溜め息を吐くと、ディスプレイの光で薄い靄が浮かび上がる。
忙しさにかまけて返事を先延ばしにしていそろそろなにか一言でも送った方がいいだろう。
返信出来ないメール、これこそが目下悩みの種だった。
しかし、なんせ気が進まない。どうしても、気が進まない。
たった一言、「結婚おめでとう」とだけ。
そして、式に列席出来ないことを詫びるだけ。
それだけなのに。
(なんでこんなに引っ掛かるんだか)
舌打ちを一つ、端末を閉じて鞄に仕舞った。


翌日の昼休み、メールの返信画面を開いてみるものの、やはり携帯電話のボタンに乗せた指は動かない。
「すごい仏頂面」
「美原」
頭上から降ってきたのは、前の席のクラスメイトの声。四時間目の授業が終わるなり教室を出て行っていたが、段ボールを腕に抱えて戻ってきた。
「うっせ」と返して端末を閉じる。
「彼女と喧嘩でもしてんの」
目を弧にして口角を持ち上げ、そいつは実に楽しそうに問ってきた。
「彼女なんていねえよ」
「そりゃ失礼」
箱を机の上に置くと椅子に横向きに座り、中を漁り始めた。
「なんなんだ、それ」
「んー?文化祭の展示に出してた部活の作品。今日返却になったから、顧問から引き取ってきたの」
一つずつそっと作品を取り出しては小さな紙袋に詰めてまた段ボールに戻すという作業をしながら、美原が答える。
「部員たちにも、早いめに返したいしね」
そういやこいつ、手芸部の部長だったか。
「大変だな」
人数の多くない部とは聞くが、手間の掛かることを任されてるな。なんとなく漏らした相槌だった。
「確かに部活は面倒だよねー」
意外な肯定に眉根が少し寄る。そう言いながら、美原はそれら細かな小物を手に取るその度楽しそうに眺めているのだ。
「最後の出展になるから、ちょっと張り切ったけど」
これ見てよ!と突然声の調子を上げて、眼前に淡くきらきら光るものを差し出された。
「一年の部員が作ったの。めっちゃかわいい」
「お、おう…」
それは、ピンクと水色の小さなうさぎだった。色違いの二体で一対、ビーズで作られているマスコット。確かによく出来ていて、器用なものだと感心する。
「展示終わったし交換とか譲渡は自由なんだよね。例年よくあるから、頼んでみよっかな」
もう先約あったらどうしようと手を震わせながら、美原は他のものと同じようにそっとそのうさぎを紙袋に納めた。その様子がちょっと可笑しくて笑ってしまう。
「そういう美原はなに作ったんだよ」
「私?」
美原が立ち上がって段ボールの底を覗いた。
「これ」
手渡されたのは、小さな布製の花束。
結婚式で新婦が持つようなそれは、細かく作り込まれていてとてもきれいだ。素人目だが、装飾もセンスがいい。色んな角度からしげしげと見つめてみた。
「すげえな」
素直に感想を漏らし、壊さないように返す。面倒とか言っておいて、実はきっちりやってんじゃねえか。
「さすがは部長だな」
「それ関係あんの」
照れながら、美原は他のものとは違うプレゼント用らしき紙袋に仕舞った。

「……あ」

ふと、美原の作った花束と俺の悩みの種がリンクした。
「なに」
「それ…その花束って、誰かに譲るのか」
「うん、まあ」
「あー」
そうか、そうだよな。駄目元だったが項垂れる。
「宮地これ欲しかったの」
机の横に掛けた紙袋を、美原が指差した。
「いや、欲しいっつうか、俺じゃないっていうか」
語弊がある、それはそんな少女趣味じゃない。
「なに、話してみ」
ぽかんとした表情がみるみる変わっていく。面白いものでも見つけたかのように、明らかににやにやと笑っている。
「いい、忘れろ」
目を反らしたが、顔を覗き込んできやがった。ん?と探りを入れる下世話な目が俺を捕らえる。
「これはあげられないけど、事と次第によっちゃあ作ってやらんこともないよ」
「は、マジで」
「マジ」
俺は釣られてあっさり白状した。



「ふうん、従姉の結婚のプレゼントにねえ…」
話の途中でノートを広げ、忙しなくペンを動かし始めた美原は神妙に頷く。
「悪いかよ」
「なにも言ってないじゃん。あんたが一人で照れてんの」
視線を上げずに紙面を睨み、首を傾げたその目は真剣そのもの。やがてそのノートを持ち上げ、これでどう、と鼻先に突き付けられた。どうやら完成図らしい。
「お、おう…」
話していたたったあれだけの短時間で、これを描き上げたのか。それにしても緻密だ。先程実物を見せてもらってはいるが、本当に作れるのか少し疑ってしまう。
「制作期間は少なくとも二週間は見ておいてね」
しかし、俺が頷くとあっさりノートを下げた美原はなんでもなさそうに言った。
「悪い、頼むわ」
「はいはい。で、色は?」
「色?は…よくわかんね。ピンクじゃねえの」
それ以外の色がどうもぱっと思いつかない。頭を掻いて答え、美原がそれをノートに書き込む。
「ピンクね。サイズはあれと一緒か小さいくらいになるけどいい?」
「ああ」
「…なんでもよさそうね。出来てから文句は聞かないよ」
ノートをを閉じた美原は溜め息を吐く。なんでもいい訳ではない。
「言わねえよ」
後ろめたさから逃れる術を見つけて、ほっとしたのだ。
根本的な解決にはなっていなくとも。



宮地から頼まれたブーケ作りは、二週間ではなかなか終わらなかった。
もう作り始めてから三週間目に入っている。ついつい趣向を凝らしてしまうのだ。この最後の飾りで漸く完成となる。ややもすると、文化祭で出展した初代のものよりいい出来だ。
「うーん」
四方から形とバランスを確認し、花びらに慎重にラインストーンを乗せた。
「…出来た!」
ピンセットを机の上に置き、肩を上下に動かして深呼吸する。
「美原先輩、お疲れ様です」
隣から声をかけてきたのは、一年生の後輩部員櫻本ちゃん。
「ありがとう」
時折ことばを交わしながら二人で並んで作業をしていたが、こちらの作品が大詰めになってから暫くずっと黙っていた。
「相変わらずすごいディテールですね」
彼女は私の手元にある作品を覗き込む。
「もう今日にでも渡しちゃおうかな」
そうすれば肩の荷も下りる。
「いいなあ」
彼女があまりに熱い視線で見つめるものだから、手渡してみると一層それに見入った。私は携帯電話を鞄から取り出して、メールを作成する。
完成したら連絡するからとメールアドレスを聞いておいて正解だった。送信を終えると、櫻本ちゃんが腕時計を確認して席を立つ。
「私、時間なので帰りますね」
ブーケを名残惜しそうに戻され、ピンと来た。
「さては例のタカオクンだな?」
「うっ」
当たりか。解りやすい子だ。「さっさと帰んな」と手を振ると、顔を赤くして部室を出ていった。
宮地の後輩であるタカオとやらが櫻本ちゃんと約束して帰るということは、彼が早めに自主練を切り上げている可能性が高い。宮地本人は居残り練習に励んでいるだろう。となればメールに気付いてもらえるのはいつになるやら。
ちょっと考えなしだったかな。やっぱり私も今日は帰ろうと、のろのろと片付けを始める。
すると廊下の遠くからけたたましい足音が響いてきた。こちらへ近付いてくるのがすぐに解る。
「?」
机や椅子などすぐ身の回りを見てみるが櫻本ちゃんが忘れ物をした訳ではないし、第一彼女はあんなに五月蝿く走らない。なんとなく察しはついたが、まさか。

「美原!」

そのドア古いんだから、もっと丁寧に開けなさいよ。
「宮地」
五月蝿いんだから。
思わず苦笑を漏らしながら、彼を迎え入れた。

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