文化祭が終わって数日。
美原は風邪もよくなってすっかり元気になった。
一方の俺はというと。



愛の告白みたいだね


「おら高尾!次移動だから俺らの教科書持てよ!」
「高尾、俺今日掃除当番なんだわ、頼んだぜ」
模擬店の仕事を丸一日踏み倒した付けの支払いに、奔走していた。


「ちっくしょー」
俺の腕に次から次へと教科書やノートな載せられていき、最後に筆箱がぽいとトッピングされた。
身軽になった奴らは「お先ー」とほざいて教室を出ていく。さりげなく緑間まで便乗してやがる。ふっと鼻で笑ったのを俺は聞き逃さなかった。
そりゃあ悪いことしたと思ってるよ、多少は。
仕方あるまい、これくらいは甘んじて受けよう。
(後悔なんかしてる訳じゃねえけどな)
あのときは美原のことの方が心底大事だった。
加えてあれだけ美味しい思いをしたんだ、それで終わる程世の中そう甘くはない。
だからさ。

「美原、そんな顔すんなよ」

ぽつんと一人佇んでいる彼女は、どうやら友達に置いて行かれたらしい。いつも一緒にいる二人が先に教室から出ていったところを、俺は視界の端で捉えていた。
そんな美原が、教科書とノート、筆記用具を抱えて、少し離れたところから申し訳なさそうにこちらを見ている。
「だってそれ、私の所為だよ」
「違う違う」
あれは、ただの俺の我が儘だったんだ。
「一週間くらいのもんだって、これくらい」
俺達ももう行こうぜ、とドアを顎で指すも彼女の顔は依然険しいまま。これはなんと言って宥めたものか。
「こういうのも込みで、あのうさぎもらうんだし」
“あのうさぎ”とは、文化祭での展示用に美原が作ったビーズのマスコットだ。二体で一対のそれを、譲ってもらう約束をしていた。
「あんなのだけじゃ、割に合わないでしょう」
「そんなことねえよ」
本当は見返りなんか要らない。話せるだけでも、彼女の為になにかが出来ただけでも、十分なんだ。
あのうさぎはどうしても欲しくなったから、少し違うけど。

なんだか美原みたいだと思った。
特に、赤いリボンの飾りがついた淡いピンクの方。そう思い始めると、もう美原にしか見えなくなった。駄目元で「片方でいいから頂戴」と頼んだところ、ペアであげると言われ厚意に甘えることにしたのだ。
ちょっと現金だったかと思いつつ、今は兎に角美原に少しでも意識されたい思惑も含んでいる。
(やっぱさっきのはナシだな)
好いたら好き返されたいと思う。
果してそれは罪であろうか。

(無償の愛、か…)

一度接すれば、もっともっと関わっていたくなる。
構いたいし構われたい。手応えのない一方通行ではなく、関心を通わせてみたい。
それは咎められるべきであろうか。


「これくらいどうってこともねえし」
秀徳バスケ部レギュラーの力を舐めてもらっては困る。
俺は押し付けられた教科書を抱え直し、戯けてみせた。
「なんだったら美原のも持とうか」
しかし何故かそれが気に入らなかったらしく、眉根を寄せてつかつかとこちらに歩み寄ってくる。

「私も半分持つ!」

そして俺の両手が塞がっているのをいいことに、問答無用で重ねられたそれらを奪うようにして取り上げた。
「あ、おい!」
重さが半分に減り、もう半分は美原の腕の中へ。なんだこれ格好悪い。すきな女の子にあんな重いものを持たせるなんて、俺の主義に反する。
「美原が持つことねえよ、ほら俺の方に載せろって」
教室を出て速足で俺より先を行く彼女を慌てて追った。しかし頑として聞き入れてくれる様子はない。なんとか隣に並ぶと、美原はペースを緩めた。
「申し訳ないと思うのは、当然でしょ?」
困ったように、彼女は表情を曇らせる。
「え、ご、ごめん…迷惑だった?」
そんな顔をさせたい訳じゃない。頼れると思われたかっただけ。
(それは、俺のエゴなのか)
焦って謝る。
すると、美原が首を横に振った。
「嬉しいよ」
前を見据えたまま断言し、続ける。
「だけど、してもらうばっかりじゃいられない。どちらかが遠慮したり尽くすばかりだと関係は不公平じゃない」
彼女は、俺を見上げてにこりと笑った。

「少なくとも私は、高尾くんとは対等にしていたいの」

その方がお互いを大事に出来るでしょう、と。
(わざと?わざとなのか?)
この心の清らかさは、本物すぎる。それ故に罪だ。煽られている気すらする。
文化祭の衣装を作ってくれたときもそうだった。口ではそう言いながら、人より働いていたし、手も抜かなかった。
酷なことに、結果として当日無理が祟ったけれど。
「そうだな」
そういうところが、いいなあと思ったのだ。
美原の縫ってくれたエプロンが、俺だけ特別だったらよかったのにと思ったのだ。
(そんな都合のいいことなんてないよなあ)


そんな都合のいいことが、次の日の朝練終了後に起こった。
「高尾くん」
昇降口で靴を履き替えていると、自分を呼ぶ声が聞こえた。足元から顔を上げる。
「美原。おはよう」
「おはよう。朝練お疲れ様」
靴箱の陰からひょこりと、俺の煩悩を占める彼女が現れた。
「サンキュ。友達待ってんの?」
こんな時間にこんなところにいるなんて珍しい。今の時間帯ここにいるのは、ホームルームぎりぎりまで朝練をしていた部活生くらいだ。
「ううん。高尾くん待ってたの」
「俺?」
美原は頷いた。俺の心臓が、俄かに心拍数を上げる。
「楽しみにしてくれてるのかなって…早く渡したくて」
待ち伏せしちゃった、と頬を僅かに染めて照れ笑いを浮かべた。
「これ」
思わず息を呑んでしまうような表情と共に差し出されたのは、リボンのかけられた紙製の小箱。
「おお!ありがと!」
恐る恐る両手で受け取り、目線の高さに持ち上げて見つめる。開けていい?と尋ねればどうぞ、と頷いてくれた。
そこから現れたのは、プラスチックケースの中で寄り添う二体のうさぎ。
「昨日漸く返却されたの」
昨夜の内に、こうしてケースに整えてラッピングまでしてくれたのか。

(俺の、為に)

彼女の作り上げた二つとない作品を、俺に譲る為に。
そう考えると一層かわいらしく、輝かしく見える。
「やっぱすげえわこれ。今更だけど、本気でもらっていいの?」
円らな黒目と合わせていた目を、美原に移す。
「いいよ」
「あとで返してとか」
「言わないよ。私も、高尾くんにあげたいの」
全身が痺れるようだった。
本当に、彼女の笑い方には屈託がない。

「大事にするから、絶対」

より映えるよう自室の中でも日の差し込む窓際に置こうと決めて、ケースをそっと小箱に戻した。


君との関係も


このピンクのうさぎと、水色のうさぎみたいになれるように。


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