結局、美原は俺が返そうとした百円を頑として受け取らなかった。
あんなどうでもよさそうにしていたのに。



外方を向くめんどくさがりすと


「私の気持ちだからってどういう気持ちだから!?」
「うるさいのだよ」
今日は遅刻していないのに、真ちゃんは冷たい。
「カフェオレ一本分だぜ!どういう気持ち!?」
「知らないのだよ」
こちらをちらりとも見ない。
「それ以上はもらえませんってか!?」
「俺に訊くな」
だって、だって。

「すきになっちまったんだよ!」

自分でも信じられねえ!
「馬鹿め」
「ちょっとは真面目に聞いて!」
真ちゃんの目がいつもより三割増しで鋭く俺を睨む。
「聞くだけ無駄なのだよ。さっさと告白して来い」
他人事すぎるだろ。



今日の休み時間、クラス中からあんなに糾弾されて俺自身よく生還したと思う。
偏に美原のお陰なんだけど。
『抹茶オレ買いに行ってた』の一言で収まってしまったのだ。
俺への視線は暫くちくちく痛かったが、俺は別の意味で頭を抱えていた。
美原をすきだと自覚してしまい、それはもう思考が忙しいのなんのと。

今まで色々被ってきたのに、なんですきになったのかとか。
今までの俺の美原への接し方とか。
今まで気付かなかっただけで、本当はずっと美原のことかすきだったのだろうかとか。
俺は遂に自分のことも解らなくなったようだ。
取り敢えず嫌われていないということははっきりしているし、仲良くなるとこから始めようと思う。



「あすかちゃーん、おはよう!」
朝練を終えて教室に入ると、自分の席に一直線。なにをするでもなくただ座っている美原、否、あすかちゃんに挨拶をした。
「…おはよう」
あすかちゃんは相変わらず抑揚のない声で返してくれる。
今日は授業中にいつ当てられてもいいよう予習もしてきた。
さあ来い!



しかし、その意気は見事に空回る。
何故か今日のあすかちゃんはいつもとちがったのだ。
(な、なんで!?)
余所見をせず、ちゃんと集中して授業を受けている。だから、先生に当てられることもない。
中には、
「お、美原今日はちゃんと聞いているようだな」
と目敏く指名する先生もいたが、あすかちゃんは俺に寄越さず自分で答えてしまった。



「なにこの訳解らん展開!カフェオレはあんなに甘かったのに!?」
しょっぱすぎる。
すきになった途端冷たくされるとか。
「いちいち言い回しがうざいのだよ」
とか言う癖に、真ちゃんも予想外だと顔を顰めた。
「なんでだよ…あすかちゃん…」
あのカフェオレとは違う甘さのスポーツドリンクを喉に流し込み、ボトルを握り締める。
「泣くな鬱陶しい」
お前が散々文句を言ったから最後の詫びだったのだろう、と真ちゃんは推察して会話を強引に切った。
ボールを片手にコートに戻っていくその背中には、“自業自得”の四文字が見えた気がした。

「え……」

つまり、手切れ金みたいな。
そんな、鰾膠もなく。

「嘘だろ!」

「うるせえよ高尾燃やすぞ!」という宮地さんのことばなんか右から左だった。



そしてその衝撃の翌日、つまり今日もあすかちゃんは見事な俺スルーを展開している。
気のせいだと、ただの気紛れだと思いたかった。
しかしこれは夢でもなんでもなく、今正に彼女の友人鈴木に留めを刺されている。
鈴木は恐ろしい形相で俺を踊り場の壁に追いやり、斜め下から俺に向かってメンチを切った。
「やい高尾和成」
俺よりも小柄なのにこの迫力。
「な、なんだよ」
口角が引き攣るのを感じる。

「あんた、あすかのことすきになったの」

鋭く、鈴木は言い放った。
「…は!?」
予想外だし、図星だし、なにより彼女が既に確信を持って俺に詰め寄っている。
「ばっばばば馬鹿じゃねえの!俺が?美原を?有り得ねえだろ!」
口をついて飛び出した否定も、
「煩い。こっちはそんな小学生男子の物真似が見たい訳じゃねえんだよ」
の一言で撃沈。反論が一切出来なくなってしまった。俺には黙秘権すらないらしい。
「……だったらなんだよ」
開き直って睨み返してやると、鈴木は大袈裟に長い溜め息を吐いた。
「やっぱりね」
苦虫を噛み潰したような顔で、首を横に振る。
「どういう意味だ」

「別に。やっぱりあんたでもだめだったか、ってだけ」

じゃあね、とあっさり身を翻して立ち去ろうとした。
「待てよ」
俺はすかさず呼び止める。
「なに」
「人を呼び出しておいてそりゃねえだろ。ちゃんと説明してくれよな」
「断る」
「おい!」
結局、鈴木からはなんの情報も得られなかった。
だからと言ってすぐに諦められる訳がない。あすかちゃんにどんな事情があろうと、俺は彼女をすきになってしまったのだから。
「でもさー真ちゃん。どうしたらいいんだろうな」
あすかちゃんは俺に話し掛けてこないどころか、休み時間になるとふらりと何処かヘ言ってしまうようになった。そして授業直前に戻ってくる。以前は、百年も前からそこにいるような顔をしてずっと席についたまま、休み時間を過ごしていたというのに。
「俺に聞くな」
昼休みに真ちゃんの席まで移動して弁当を広げた。やはりあすかちゃんは教室内にはいない。
真ちゃんは、俺を追い払おうとはしないものの例によって相談に乗ってくれる様子もないし、みんなして俺に冷た過ぎる。
「お前の態度の変わりようが気味悪いのだろう。それかうざいかのどちらかなのだよ」
そう言ってきれいな箸遣いで弁当のおかずを口に運んだ真ちゃんが咬み砕いたのは、紛れも無く俺の心だ。
「もっかい鈴木に頼んであすかちゃんのこと聞いてみようかなあ」
あそこまで明白に避けられて、さすがに俺から話し掛けることが出来なくなってしまった。
更に箸の進みが遅くなった俺に、真ちゃんはお茶を一口飲んで続ける。
「今のお前は全く人事を尽くしていないのだよ」
なにをどうしろって言うんだよ。今、十分八方塞がりなんだよ。

「少なくとも、本人と向き合おうとはせず俺に愚痴ったり鈴木からなにかを聞きだそうとしたりすることを、人事を尽くしているとは言わん」

雷に撃たれたような衝撃だった。
ここに来て真ちゃんからのマジもんの説教…じゃない、アドバイス。

「っ……」

反論なんか出来なかった。
事実だったのだから。
俺は食べかけの弁当に蓋をして慌ただしく片付ける。

「ありがとー真ちゃん!」

そして教室から飛び出した。
校舎内を走り回り、あすかちゃんを探しその姿を求める。
(くそっ、あすかちゃんがいそうなところって何処だよ!)
ああ、俺ってあすかちゃんのこと本当になにも知らなかったんだ。
(今、本当に知りたいと思うよ)
もっと、話してみたいと思うよ。
俺の真新しい気持ちを、知ってほしいと思うよ。
だから。

(避けたりしないでよ)

自販機やその近くのベンチ、日当たりのいい中庭も探した。サボりの穴場と言われている、閉鎖されている屋上に続く階段の踊り場も確認した。
あとは、図書館。
もの静かな、というか寡黙な彼女には、図書館ってぴったりだと思う。
(いるかな)
端の席から棚と棚の間まで、隅々目を光らせた。
でも。

いなかった。

学校って実は何処にでも人はいるし、そう身を隠せる場所なんてないはずだ。
肩を落として図書館を出ると、出入り口のドアのその隣のドアがゆっくりと開いた。「わっ」
驚いて一歩下がる。
素っ気ないスチールのそれは、ぼろくてノブがぎいぎいと音をたてて軋んでいた。
その向こうから現れたのは、

「あ!」

ずっと探していた、あすかちゃんだった。

「……」

しっかりと、目が合う。
逃がさないぜ。

「あのさ!あすかちゃ、えっ」

名前を呼び終えるより先に、ばたんとドアが閉まった。
勿論彼女は中へ引っ込んでしまった。

「ちょちょちょちょっとあすかちゃん!」

目合っただろ!なんでんなことが出来んだよ。
慌ててノブを掴んでドアを開ける。
幸い鍵は閉められておらず、俺もそこへ踏み入ることが出来た。
しかし暗い。
「あすかちゃん?」
なんかじめじめしてるし。
目が慣れてきて見渡してみると、室内は狭い間隔で年季の入った背の高い棚がずらりと列んでいる。納められている本も、どれも古くくたびれていた。
(なんだ此処…)
こんなところがあるなんて知らなかった。

図書館でしたように端から棚の間を捜していくと、一番奥であすかちゃんは息を潜めていた。


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