「なんだそれ!」
「うるさいのだよ」
「だってさあ真ちゃん!」



めんどくさがりすとの気持ち


この席替え前に美原の隣だった奴に聞いてみたけど、俺みたいなことはされてねえって言うしさー!と、部室でばさばさと着替えながら真ちゃんに愚痴った。
そりゃそうだろうよ!
授業中先生にいくら当てられようと、俺に振って万事解決してりゃ、究極のめんどくさがりである美原は“しあわせ”に決まってる。
それをのほほんと俺に言ってのける彼女は、最早存在自体がミステリーだ。
どんな面の皮の厚さだ。
「馬鹿め」
「なっ、」
真ちゃんはばっさり切り捨てる。
俺が悪いのか?美原は真ちゃん風に言うと人事を尽くしていないタイプの人間だ。なのに、真ちゃんは俺じゃなくて美原を擁護するなんて。
「別に擁護などしていない。美原の人事の尽くしてなさよりも、お前の馬鹿さの方が目につくだけだ」
「おいそれどういう意味だよ。俺の何処が馬鹿なんだよ」
「鷹の目を持つお前がそんなに鈍いとは知らなかったのだよ」
それ目は関係あるか?別に鈍くねえし。
鼻で笑って真ちゃんはさっさと部室を出て行ってしまった。



部活を終え、帰路の途でも、俺は真ちゃんのことばを思い出して首を傾げる。
鈍いなんて初めて言われた。
なにか俺が気付いていないことがあるのか。
鈴木は美原が俺に執心だと言い、美原は俺の隣はしあわせだと言った。
「……いやまさかそんな」
ないない。

美原が俺をすきとか。

自意識過剰だし、まず美原の態度が明らかに好きな奴に対するものじゃない。
今の状況が、どういう結果に行き着くのだろうか。
そもそも、美原の望む結果ってなんだ。
俺はどうしたらいいんだ。



「なあ」
翌日の休み時間、ぼうっと窓の外を眺めている美原に声を掛けてみた。
「なに」
この反応で充分解る。
もしも好きな奴に話し掛けられたら、普通はこんなフラットなテンションじゃないだろ。
「えーっとさ」
「はい」
話し掛けたものの、特に用があった訳ではなかった。苦し紛れに繰り出したのは、「なに見てたの」なんて中身のない質問。
しかし美原はそんな俺の更に斜め上を行く。
「窓ガラス」
「お、おう…」
「に、写った高尾くん」
「それはもういいよ!」
美原式二段論法に、またしてもひっかかってしまった。

「本当だもん」

「な、は…?」
妙にはっきりと紡がれた一言に美原を見遣り、俺は目を疑う。
決して崩れることのなかった無表情が、これでもかという程解り易く剥れている。
唇を突き出し、子供のような拗ね方だ。
(なんで、そんな顔してんだよ)
しかし、それはたったの一瞬で、すぐ元に戻ってしまった。
「美原ってさ」
思い切って聞いてみることにする。
「俺のこと嫌い?」
「…え」
「授業中、先生からの質問を俺に寄越したりさ。委員会サボるのも、俺と一緒が嫌だからだったりする?」
ここは一つ、考え方を変えよう。俺に非があるならはっきりさせて謝って、せめて授業の無茶振りをやめてもらおう。
と思っていたのだが。

「でええぇぇええい高尾貴様あああ!」

美原の返答を聞く前に鈴木の足が飛んできた。
「ってぇな!なんだよ鈴木!」
「そういうお前は高尾カスナリだな!」
「カ、カスっ!?」
プツン。
今までよく耐えた俺。
椅子から蹴落とされた背中を摩り、なんとか立ち上がって災いの根源に人差し指を向ける。

「もうマジ理解出来ねえよ美原!言いたいことがあるならはっきり言え!この前から話してみてもさっぱり伝わって来ねえの!俺が悪いんなら謝ろうって気もあったのによ!おまけに鈴木に蹴られるし!」

ノンブレスで言い切り肩で息をする。
どうだ。慌ててみやがれ。
美原は静かに立ち上がると、ぺこりと頭を下げてきた。
「ごめんなさい」
そして、そのたった一言の謝罪を残して教室を出ていく。
からからからからから、ぱたん。
引き戸が閉まった途端、俺は今更ながらクラス中の注目を集めていたことに気付いた。

「ああああ高尾ああああ…」
「なにやってんだよお前ー」
「高尾が美原さん泣かしたあ!」
「馬鹿なの?高尾くんは馬鹿なの?」
「女の子に怒鳴るなんて男の風上にも置けん」

みんながみんな、揃えて溜め息を漏らす。
なにこのバッシングの嵐。
いつからアウェーになったんだホームルームよ。
つかみんな、事情知ってんのかよ!?

「おい高尾カスナリ」

鈴木が俺の胸倉を掴む。その呼び方やめろ。
「な、なにすんだよ」
「追い掛けろ」
「なんで」
「いいから」
教室から蹴り出されてしまった。


俺は仕方なく走る。
ゆっくり歩いていた美原にはすぐ追い付き、
「美原!」
なんとか呼び止めることが出来た。
「高尾くん」
ゆっくりと美原は振り向く。しかしその顔に表情がなければ目に涙もない。

「泣いてねえじゃん!」

俺が音量を抑えず無意識に声を上げると、
「?」
本人はこてんと頭を横に倒す。
「クラスの奴らが…俺が美原泣かせたって!」
「泣いてない」
見りゃ解るよ。
「じゃあなんで教室出てったんだよ」
あのタイミングで出て行かれたら、誤解されるに決まってんじゃん。
俺完全に濡れ衣なんだけど。
「これ」
「は?」
美原は、スカートのポケットから百円玉を取り出して見せた。
「抹茶オレが飲みたくなったから」
確かに学校の自販機の抹茶オレって美味しいよな。
俺は廊下いっぱいに響く程叫んだ。

「はあぁあぁぁあ!?」

ただ飲み物買いに行くだけかよ!
あの『ごめんなさい』で美原としては全て完結していたらしい。
本当勘弁して。そういう紛らわしい行動の所為で俺は散々…。
「高尾くんも?」
「違えよ」
「そう」
項垂れる俺を尻目に、美原は硬貨をポケットへ仕舞いすたすた歩き出した。この焦りが全く通じないとはなんとも歯痒い。
「あ」
「?」
数歩先で、その背中が立ち止まる。
「百円玉もう一個あった」



そういう流れで、俺は美原と一緒に自販機に行くことにした。
曰く『なんかのお詫びに』とのこと。
なんかってなんだよ。
すごすご教室に帰るのも癪で、もうどうにでもなれと足を踏み出したのだった。
「美原、もう一回訊いてもいい?」
「なに」
階段を降りながら、俺は美原に問う。
「本当のところ、どうなんだよ。お前俺のこと嫌いな訳」
「ううん」
いや、やっぱこれは訊き方が悪かったな。嫌いか、と質問されてはいと答える方が稀有だ。
「俺、美原の行動が解んねえんだよ。授業中とかさ、委員会のときも俺を見てたとかさ」
俺の隣の席がしあわせとかさ。

―――俺のこと、すきな訳。

うっかりそんなことを言いそうになって、慌てて閉口した。黙って、返答を待つ。
しかし、美原は黙り込んでなにも言わない。
こうしてたら、結構かわいい顔してるのにな。でも、溢れ出る不思議感は全く隠せていないし、勿体ないものだ。

結局答えはもらえないまま、自販機の前まで来てしまった。
「高尾くんなにがいい」
「…カフェオレ」
本当はあんまり甘い飲み物とかすきじゃないけど、なんとなくの気分で選んだ。
あんまり悩むのも格好悪いし。
「つか、あとでちゃんとお金返すかんね」
がこん、とパックのカフェオレが落ちてきて、美原からそれを受け取った。
「別にどっちでもいいよ」
本気でどっちでもよさそうに言いながら、美原は今度は自分の抹茶オレのボタンを押す。
「いや、女の子に奢ってもらうとか俺の気持ち的にね」
早速ストローを差して俺より先に抹茶オレを飲み始めた美原に食い下がると、首を傾げられた。


「なら、これは私の気持ち」


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