「じゃあ高尾、美原の代わりに問三を解け」
「高尾、お前が美原の代わりに答えろ」
「あー、高尾。美原のご指名だ、この主人公の心情を述べてみろ」



隣のめんどくさがりすと


「お、終わった…昼だ…」
チャイムが鳴り、教師が教室を出ていくと俺はぐったりと机に突っ伏した。
(畜生…!なんだよ、美原の代わり美原の代わりって!)
首を左に捻って、隣の席のクラスメイトを睨む。
彼女―――美原あすかと先日の席替えで隣になってからというもの、その自由奔放な振る舞いの代償を、俺が払い続けていた。

兎に角、自由すぎる。
一挙手一投足が緩く、友人たちの空気をも完全に自分のペースにしている。
否、親しい友人だけならよかった。
(何故俺が…)
授業で美原が指される度、彼女は俺に振ってくる。

「美原、余所見をしていただろう。問五を解け」
「そうですね……高尾くんと同じ解です」
「だそうだ、高尾。答えは?」

「美原さん、次の段落から要約してみて」
「はい、高尾くんの答えを支持します」
「そう。じゃあ高尾くんお願いね」

「美原、先生の解説を聞いていたか?訳してみろ」
「訳は…高尾くんと同じです」
「そうか、高尾。どんな訳文になった」


高尾くん高尾くん高尾くん…。
(いっくら面倒だからってよおおお!)
大体なんで先生も許容してるんだ!
授業に集中していないから、美原は兎角指名される。その美原はどういう権限があってか、隣の俺を指名する。
次の席替えまでこの流れは断ち切れないだろう。

俺の平和を掻き乱している張本人は、至極平和そうにおにぎり片手にパックのお茶を啜っている。
さぼりはしない癖に、真面目に授業を受けるつもりも全くないようで。
ノートはまばらにしかとっていないし、それどころか教科毎に分けてすらもいない。それは本人なりのやり方なのかも知れないが。
どうしてこうも彼女の自由が罷り通るのか。
理不尽だ。

(前に隣だった奴もそうだったっけ)
隣になるまで意識したことがなかったから、記憶にない。
(特に、目立つ奴って訳じゃねえんだよなあ)
あんだけ高尾くん高尾くんと言ってくる癖に、休み時間に話し掛けてくることもないし。
勿論詫びの一つだってない。
無駄だと解っているから、こっちも最早怒る気にもならない。

次の席替えいつかなあ。
溜め息を吐きながら弁当を開けた。
端に納まっている卵焼きを摘もうとしたとき、
「高尾ー、美原ー!」
クラスメイトから名前を呼ばれる。
美原とセットって、嫌な予感しかしない。
「なんだよー」
「環境委員。今日の放課後、臨時委員会だってよ」
ああ、委員会か。
「って美原!お前同じ委員会だったのかよ!」
知らなかったぞ。俺は衝撃の事実につい立ち上がる。
「そうだけど」
「いたことあったっけ!?」
「ないよ」
くそ、しれっとしやがって。
通りで知らない訳だ。
俺もいつも「あれ?環境委員ってクラスで一人だっけ?」とか思いながら出席してたけど!
「絶対帰るなよ!サボるなよ!」
「あー、うん」
あ、出る気ないな。
絶対ぇ逃がさねえ。




放課後、俺は用心深く美原の様子を観察していた。
席を立った瞬間に捕まえる。
―――がたり。
(今だ!)
俺も席を立つ。
「美原!委員会行くぞ!」

「……………チッ」

おいいいぃ!今!今『チッ』て!
舌打ちした!
やはり適当に返事して、帰る気満々だったな。
気をつけていてよかった。
「同じ委員会と解ったからには、もうさぼらせねえぜ」
そんな嫌そうな顔してもだめだ。
真ちゃんに「俺今日委員会だから遅れるって主将によろしくー」と声を掛け、美原を引きずって教室を出た。




正直、俺も委員会なんかかったるい。
美原を出席させることが出来ただけで目標は達成されている訳で、いざ委員長からの話が始まると途端に睡魔が襲ってきた。
手元のプリントの文字が何重にもぼやけて、手からかつんとペンシルが滑り落ちる。
どうせ美原もろくに聞いちゃいないだろうし、後々やべえな。
しかし、解っていてもこの強度の眠気の前ではなにもかもがどうでもよくなる。
俺はゆっくりと意識を手放した。



「んん……」
無理な体勢で寝ていた所為か、肩や背骨が痛い。目を開けていきながら意識も覚醒させていく。
ここ何処だよ…何時?なにしてたんだっけ?
すげえ教室オレンジなんだけど。
…………。
「っあああー!!!ぶかっ…つ…」
一瞬で血の気が引いていく。
そして身を起こして初めて気付いた。

「美原…なにしてんの」

俺の目の前に、美原が立っている。
無表情で、ただ立っている。
「よく寝てるなあと」
けろりと美原はどうでもいい感想を寄越した。
「おいいい!委員会終わってどんくらい経ってんの!?起こしてくれよ!」
俺はがたがたとやかましく立ち上がる。
「三十分。よく寝てるなあと」
対照的に、顎に指を遣って美原は関心した風で落ち着いていて。
「それさっき聞いた!」
流石の俺もいらっとする。
「ごめん起こすの面倒だったから」
畜生いけしゃあしゃあと。そういうこと本人に言うなよ。
「そんでなにしてたの!まさか、三十分間ずっと」
「ここにいた」
おいそのまさかかよ。語尾被せてきやがって。
「いや起こさないなら帰れよ!こういうときだけなんでいんだよ!」
「見てた」
「は?」
なにを。
「高尾くん」
「俺?」
「の、つむじを」
つむじ!?
俺見てたとか言うから、うっかり一瞬どきっとしそうになったじゃねえか。
「意味解んねえよ」
「触りたいなと。三十分間葛藤してた」
「まじなんなのお前」
俺のつむじなんか触ってどうすんだよ。触らせねえけど。
「ついてるよ」
今度はなんだよ。
「なにが」
ほっぺたに、寝てた跡。
そう言って、美原は自身の左頬を指差す。俺も自分の右頬に手をやって触れてみる。
いや、解んねえな。

「かわいい」

ふいに近所の子猫を愛でるような目で微笑んだ美原は、小さく小さく呟く。
「は?」
かわいい?なにが?
全く意味の解らない発言に戸惑っていると、美原は前の席に置いていた鞄を肩に掛けた。そして何事もなかったかのように、すっと教室を出ていこうする。
「お、おい!」
本当になんなんだこいつのペース。
掴み所なさすぎだろ。
これだったら真ちゃんの方がよっぽどコミュニケーションが成り立ってる。
「なに」
なにじゃねえよ!ここまできて無言で置いてくか!?
あー、と随分鈍い気付きを示し、美原は口を開いた。
「高尾くんって」
鞄にプリントも筆記用具も詰め終わり、俺も慌ててドアの前にいた美原に追いつく。
「なに!?」
「面白いよね」




「真ちゃん…俺弄ばれてる気がする」
「遅刻してきていきなりなんなのだよ」
練習に合流すると、真ちゃんは蔑むような目で俺を見下ろした。
「俺の隣の美原あすかっていんじゃん」
俺は、休憩してる真ちゃんの横で柔軟を始める。
「ああ」
「あいつなんか俺に恨みでもあんのかな」深く息を吐きながら身体を徐々に解していく。
一連の出来事を掻い摘まんで真ちゃんに話し、「あいつって絶対頭の螺子飛んでるよな!?」と同意を求めた。
「おい高尾うっせーよ!轢くぞコラ!」
「すんません!」
しかし得られたのは宮地先輩からの怒声。
俺は立ち上がってボールハンドリングに移る。
あーあ、釈然としねえなあ。
元から期待してなかったけど、真ちゃんは興味なさそうだし。
「そうでもないのだよ」
「興味あんのかよ」
とてもそういう風には見えない。
「いや、実に面白い」
それ今俺の禁句なんだけど。
真ちゃんはスリーポイントを撃ちながら言い放った。
「誰とでもそれなりに上手くやるお前が苦戦するとはな」
それお前が言っていいと思ってんの?




翌日、俺の災難は続いていた。
「あのー、なにか?」
昼休みの現在、見知らぬ女子生徒がやってきて俺の前で仁王立ちをしている。
弁当食わせてくれ。
もうこの感じは昨日存分に味わったんだ。
しかし昨日以上に見られている。
舐めるように値踏みをするように無遠慮に。
「あんたが高尾和成ねえ…」
「いやいやその前にそっちが誰だよ」
「美原あすかのダチの鈴木ともみだ。よろしく」
無愛想にそいつは名乗った。よろしく出来る顔はしていない。そういうんなら少しは殺気を隠すべきだ。
大体、美原のダチだって?
当の本人を見遣ると、静かにサンドイッチを食べている。あれはたまにしか購買に並ばない期間限定苺サンド。
すげえなどうやって手に入れたんだ。
じゃなくて。
鈴木は構わず続ける。
「あすかが御執心だっていうから?高尾和成っての?どんなもんかと思って見に来てみたら?」
はーん?となんとも悪い人相でメンチを切ってくる。
美原が俺に執心?なんだそれ。
「仰っていることがよくわかりませんね」
真ちゃん助けてくれ。後方の席にいる相棒を振り返る。
その瞬間、相棒はマッハと言ってもいいくらいの速さで目を逸らした。
背後は水だったか…ひでえよ真ちゃん!
「だから!元からなに考えてるか解らないあすかがあんななっちゃった責任を取れって言ってるの!」
「俺!?なんもしてねえし寧ろされてる側だから!」
しかも“あんななっちゃった”のビフォー知らねえから。変化とか知らんて…。
大体友達まで「なに考えてるか解らない」とか言っちゃったらもうだめだろ。
反撃するなら付け込むしかない。
「俺が悪いことして友達が怒鳴り込みに来た、という状況だとしよう」
「その通りだこの野郎」
鈴木口悪いなおい。仮定だぞ。
「美原本人はなんて?」
「ぐっ……」
鈴木は唇を咬む。
やっぱりな。こいつ一人で突っ走ってたか。
「なー美原」
俺は美原に話を振った。
美原は、もぐもぐと口を動かしたまま緩慢に俺らの方を向く。そしてサンドイッチを嚥下したあと、
「ともみちゃん」
声を発した。

「人に迷惑かけちゃ、だめよ」

俺、もうそろそろ叫びそうだわ。
どの口が、と。
口角が引き攣るのが解った。
一方鈴木は俺の目の前から一瞬で消え、パックのカフェオレを持つ美原の手を両手でがっしり握っている。
「ごめんねえええあすか!そうだよね、例え相手が高尾でも!あすかは優しいから!」
なに涙ぐんでんだ鈴木。
もう茶番だよな。
俺美原に優しくされたことねえよ。
平凡な日常は、何処で歪んでしまったのだろうか。
「高尾くん」
「……なに」
美原の声は相変わらず抑揚がない。


「高尾くんの隣、しあわせ」

俺は目が点になった。


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