診断メーカーで拾った三題V



『主将にはもう連絡したけど、ごめん風邪引いた。今日休む』

あすかが朝練に遅刻など、珍しいと思った。
部室で着替えているときにメールが届き、なるほどと一人頷いた。
号令がかかって、返信する間もなく俺は慌ててその場をあとにする。
帰りは見舞いに行かなければ。

「しーんちゃん!嫁さんが休みで寂しいねぇ」
「煩いぞ高尾。誰が嫁なのだよ」
にやにやしながら近付いてきたチームメイトを一蹴する。
「満更でもないっしょー」
ふざけるな。当たり前なのだよ。



『大丈夫か?今日は大人しく寝ていろ』

真太郎からの淡泊なメールを何秒間か眺めたあと、私は携帯電話を閉じた。
こんな短文でも、十分嬉しかった。
時間からして、丁度朝練が終わったところだろう。

それにしても、だるい。
風邪なんて滅多に引かないのに。
発熱まで至って食欲すらなくなるなんて、健康だけが取り柄の私にとって今回は重症だ。
まあ、そうは言ってもただの風邪。母が出勤前にお粥を作っていってくれたし、家には一人だが寝ていれば済む。
薬も直に効いてくるはず。

なのに、眠れない。

「こんな時間から寝られる訳ないって…」
そんな独り言を呟いて気付く。

(違う)

寂しいんだ。
真太郎に会えなくて。
明日にはきっと回復する。明日には会える。そう言い聞かせても、高が一日、されど一日なのだ。
そんなに寂しがりな性格ではなかったはずなのに。
メールじゃなくて、声が聞きたい。
電話じゃなくて、直接会いたい。

会った瞬間『自己管理がなってないのだよ』と怒鳴られてもいい。
会いたい。

先程から何度寝返りを打っただろう。
はあ、と力無い溜め息をついて仰臥位に戻った。
時間が全く進んでいないように感じる。
馬鹿なことを考えていないで、そろそろ本当に寝よう。真太郎には会いたいが、そもそも風邪を移す訳にはいかないし、なんにしたって今日一日は我慢だ。

そう思って布団を頭まで被って芋虫状態になったとき、枕元で携帯電話が鳴った。
けれどこれは真太郎の着信音ではなく、バスケ部用のものだ。
(主将かな…)
布団から腕だけ出して端末を探し、包まったままメールを開封した。

『大丈夫ー?旦那は大丈夫じゃなさそうだぜ。見てよこの切ない背中』

(高尾くん…)
誰ですか“旦那”って。

添付されたデータを再生すると、その写メに収まっていたのは、席についている真太郎の後ろ姿だった。
しかもこれ、授業中じゃないのか。
真太郎の後ろの席の彼なら、こんな隠し撮りくらいどうってことはないのだろうけど。

全く、寝付こうとしたこのタイミングでこんなものを送られては困る。真太郎に会いたいという気持ちを抑えようとしていたのに。

少し高尾くんを恨みたくなる気持ちを抱きつつ、『真太郎がどうかしたの』と返信した。
そして再度真太郎の写メを再生する。
やっぱりありがとう高尾くん。

程なくして彼からまたメールが来た。

『旦那スルーかよ!まあいいけど。今日の真ちゃん超面白いから部活前まで一時間に一枚写メ送るわ』

え、旦那って冗談だったのか。
それはごめん高尾くん。

そんなことより。
一時間に一枚真太郎の写メって。勝手に送るだけだから寝てて、と言われても寝られるはずがない。
今日の真太郎が超面白いって、どうしたんだろう。



いやー今日の真ちゃんは面白い。
超面白い。
嫁のあすかちゃんが風邪で欠席してる、それだけでこの様子。
後ろから見てるだけでもよく解る。頭が明らかに黒板の方を向いていないことが多い、板書を写す手が鈍い、溜め息をこれでもかというほど吐く、背中が傾いている。
あすかちゃんがいないと、こんなに真ちゃんってだめになるんだ。

(こりゃ部活で宮地さんに轢かれるな)

俺は笑いを堪えながら、携帯電話のカメラのシャッターボタンを押した。
本日二枚目。
あすかちゃんが早くよくなりますよーに!


高尾くんから四枚目の写メを受け取り、もうそろそろ昼時であることを知った。
段々と汗で湿ったアンダーウェアが不快になってきたし、着替えてお粥を食べることにする。
朝はろくに食べていないが、正直お昼もあまり食べたくはない。かといってなにも食べなければ、薬は飲めない。
重い身体を起こし、だらだらと時間をかけて服を脱ぎ着した。
それだけで疲れてしまい、だるくてベッドに腰掛ける。そのまま横に倒れ、やっぱり臥位が楽だと解ると一気に起きる気がなくなった。
(真太郎、は…今昼休みか…)
お昼は高尾くんと食べてるかな。
あれから返信はしてないけど、真太郎からメールくれないかな。
私は足をベッドに下ろした側臥位のまま、携帯を探して開いた。
あと五分待ってメールが来なかったら、大人しく一階に下りてお粥を食べて薬を飲む。そして不貞寝だ。

「……」

来なかった。
端末を閉じ、ぽいと投げて立ち上がる。
私も返信しなかったのだから、仕方ない。
付き合い始めたからといってこんな試すようなことはするものではない、と考えを改めた。


母の作ってくれたお粥をお茶碗に少しとってレンジで温め、もそもそと食す。そのあと、普段見ることのない時間帯のテレビを、小さい音量にしてぼうっと眺めていた。

つまらない。

どんなに考えないでおこうと思っても、私の頭の中にはずっと真太郎がいる。
毎日当たり前のように会っていると、こんなにも物足りなくなるものなんだ。

ごほごほと咳をしながらテーブルに突っ伏す。
せめて声が聞けたらなあ。

でも多分、真太郎は私の休息を第一にして連絡を寄越さないだろう。
私も今連絡をもらったら心配させるようなことしか言わないだろうし、それでいい。
いい加減、堂々巡りな考えはやめよう。
椅子から立ち上がると、コップに水を注いで薬を飲む。
そのまま食器を流し台に置いて自室に戻った。

そそくさとベッドに潜り込んで、食後の眠気を待つ。薬も効いてこれば今度こそ夜まで寝ていられるだろう。

そういえば、昼休みも高尾くんはメールをくれているのだろうか。少なからず期待しながら、私は携帯電話を開いた。

「!」

受信トレイに新しいメールが二通。
バスケ部と、真太郎のフォルダに一通ずつだ。

勿体ぶって、私はバスケ部フォルダから確認する。案の定、差出人は高尾くん。
「こんなまずそうに飯食う真ちゃん初めてだわ」と添付されていたのは無表情でお弁当を食べている真太郎の写真。
これまで背中ばかりのショットだったから、正面から捉えられた姿にどきっとした。
そして思わずくすくすと笑ってしまう。

いつも基本的には無表情ではあるが、なにかしら汲み取れる感情はある。高尾くんには「ねえよ!」と言われているが。
しかしこの写真の真太郎は本当にどうとも形容出来ない顔をしている。
相変わらず整った顔立ちに長い睫だなあ、くらいだ。


続いていよいよ真太郎からのメールを開封する。

「……真太郎…」

そこに綴られていたのは、

あすかが休みで寂しいのだよ。
あすかの体調が心配で朝練も授業も身が入らないのだよ。
あすかに会いたいのだよ。
今日は自主練を早めに切り上げて会いに行く。
それまで大人しく寝ているのだよ。
あすか、お前がいないとこんなにも空しい気持ちになるのだな。
俺は改めてあすかのことがどれほど大切か気付いたのだよ。
あすか、だいすきなのだよ。


「……」

凡そ真太郎からとは思えないセンテンスの数々。
白目を剥きそうになりながら、私はアドレス帳を開いて電話をかけた。

2、3コール目で応答があり、向こうが喋る前にこちらから刺すように切り出した。

「ちょっと高尾くん」

『やっぱばれたか』

電話の向こうで、彼はからからと笑った。真太郎からのメールを装って悪戯を仕掛けてきた高尾くんは、隠すつもりが全くない。よくも病人の弱ったメンタルを弄んでくれた。

「当たり前でしょう。真太郎の携帯でなにしてるの。真太郎、今いないの?」

『真ちゃんは今担任に呼び出されてるとこ。携帯置いてったからさあ、つい』

ついじゃないよ高尾くん。
自分の携帯電話からもしっかり送っておくなんて小細工をしておきながら、文面は全く真太郎になりきる気がない。
やるならしっかりなりきったらどうだ。

(いや、それもやだけど…問題そこじゃないし)

『でも大体それ真ちゃんの本音だぜ。お見舞い行く気満々』

高尾くんの声はますます楽しそうだ。

「移すからそれはだめ。明日には学校行けるんだし、高尾くん止めて」

『えー、どうしよっかなー』

彼もそれなりに私や真太郎のことを心配してくれているのだろうが、ここは“秀逸バスケ部のエース様”を優先してもらいたいところだ。

「あのね、高尾くん」

それを告げようとして、急にがさがさと雑音が耳に入ってくる。
高尾くんの慌てた声も少し遠くから聞こえて、私は眉根を寄せた。

「もしもし?」


『あすかか』


応えたのは、
「真太郎?」
誰よりも聞きたかった声。

『ああ』

さっきのおかしな間は、戻ってきた真太郎が高尾くんから端末を奪ったところだったのだろう。

『体調はどうだ』

「あ、えっと…うん。さっき薬飲んだとこ」
本物の真太郎の声だと実感すると、ほっとした。それと同時にことばに詰まり始める。

「そうか。夜は見舞いに行く。それまでちゃんと寝ているのだよ」

え、いやだからそれは。
だめだよ。
そう断ろうとしたとき、電話の向こうの遠くから高尾くんが『真ちゃーん、風邪移すからお見舞いはだめだってさっきあすかちゃん言ってたぜー』と割って入ってきた。

何故この場で。
本当に止める気ないな。面白がっているとしか思えない。
真太郎が少し怒気を含んで反応する。

『なに?』

「明日には登校出来ると思うし、大丈夫だよ」

気持ちはすごくありがたいし、勿論私だって真太郎に会いたい。
でも、その所為で彼の自主練の時間が減ったり、風邪を移すようなことがあってはならない。


『そういう問題ではない』


しかし真太郎はそんな私の懸念をばっさりと切り捨てる。


『あすかの顔を見たいのだよ』

「なっ…」

『毎日会っている所為か、いざ一日でも会わないと落ち着かないのだよ』


ブツリ。
私はつい通話を切ってしまった。
なに今の。
心臓がばくばくと異常な脈を打つ。ぐっと蹲って真太郎のことばを反芻する。

私がいないと、落ち着かない?
高尾くんの声真似?
目が回りそうな中、携帯電話がけたたましく振動して鳴った。
真太郎からの、着信音。
「も、もしもし…」
恐る恐る電話に出ると、真太郎は取り乱していた。

『大丈夫か!』

「え、うん…急に切ってごめん」

『全く、突然切るな。なにかあったかと思うだろう』

いや、あなたになにがあったのかと思って切ってしまったのですが。


『とにかく、必ず見舞いに行く。俺に移したくないというのなら、今からしっかりと寝て少しでも回復しておくのだよ』

いいな、と念押しされて私は遂に頷いた。

(あーあ、今頃高尾くん大爆笑してるんだろうな…)

机をばんばん叩いて。
想像すると恥ずかしい気もする。
でも、そんなことよりずっと嬉しさが胸を占める。



そうだね、真太郎。
会えない日は、こんなにも非日常的だね。
私たちは、

きっと依存してる



From:高尾くん
Sub:な?
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俺の言った通りだったっしょ!

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