診断メーカーで拾った三題U

 
よくある嫌がらせだった。
私の不注意でもあった。
(痛い…)
血の滲む膝を水道で洗いながら、痛みに唇を噛む。

こんな生産性のないことをして、なんとする。
私には理解出来ない。
苛立つ。
しかし、まんまとしてやられた自分に、それ以上に腹が立つ。


数分前、体育館の外で洗濯物を籠にどっさり詰め込んでよたよた歩いていた。
丁度体育館の開放された戸の前を通り掛かったとき、ボールが一つ転がってきて足元をとられたのだ。
よく見えていなかったから地面に臥して初めてそれがボールと知ったのだが、籠の中身は盛大に放り投げられているし、受け身がとれなかった為に手も脚も打ちつけた。
直後に二、三人のマネージャーが「あーあ、やりすぎー」「あはは、ごめんねぇ」「まさかあんなに転ぶとは思わなくてさー」などと言いながらボールだけ回収していった。

この際、怪我は私の不注意だと認めよう。
しかし今ぶちまけたタオルもビブスも、悪戯に使ったボールも、選手が使うものだ。マネージャーが蔑ろにしていいものではない。
(まさか、さつきもこんな目に…?)

のそりと起き上がって、洗濯したそれらを軽くはたきながら集めていく。
洗い直しだ。
マネージャーが選手に迷惑をかけるなんて、こんな情けないことはない。
思わず悪態を吐いてしまいそうになった。

両膝は酷く擦り剥いていてじくじくと熱を持って痛み始める。
(ああもう)
これくらいで泣くな、あすか。
言い聞かせて籠を持ち上げたとき、さつきが私を探しに来てくれた。

「あすか遅いじゃない、どうしたの…ってその膝!」
「ちょっと転んじゃって」
「それがちょっと!?」

異変に気付いたさつきが、見事な速さで私の手から籠を奪う。

「保健室行ってきて。今すぐ」
いや、それ洗い直しだから。それだけ洗濯機に放り込んだら、と言いかけて、
「だめ。私がやるから。今すぐ行って」
反論は許さず睨まれた。
「でもさつき忙しいし」
「そうね、付き添ってあげられないけど、ちゃんと傷口洗って、早く保健室」
「……」
こうなったらさつきは引かない。申し訳ないがあとは任せることにした。


そして今に至っている。
(もういいかな)
痛いし、あとは消毒液で消毒してしまえば同じだろう。
蛇口を捻って水を止めたとき、

「あすか」

「…真太郎」

今一番会いたくない、怪我を知られたくない人物がやってきた。
「桃井から、怪我をしたと聞いた」
「……」
さつきめ。口止めしておくべきだった。そこまで頭が回らなかった自分を呪う。
「ちょっと不注意でね。大したことないよ」
真太郎が深刻そうにするものだから、軽く笑って練習に戻ってもらおうとした。
「大したことない?これがか?」
「わっ」
身体ががくんと浮いたかと思えば、彼に抱き上げられ、流し場の縁に座らされていた。
「いた、い」
そして足首を掴まれ、跪いた真太郎に傷口を凝視される。
「まず傷口はしっかり洗え。これでは不完全なのだよ」
と言って、持っていたなにかの薬液のボトルを空けた。
「な、なにそれ」
理科室で見るようなそれに、私は顔を引き攣らせる。なにをかける気だ。
「生理食塩水だ。今日のラッキーアイテムなのだよ」
言いながら真太郎はボトルを傷口の上で傾けた。
「っ」
私は先程と同じ痛みを覚悟したが、
「…?」
それをかけられていても刺激はない。
「痛く、ない」
「生理食塩水だと言っただろう」
あ、そうか…。
「すごいね、おは朝」
でもこれじゃあ真太郎じゃなくて、私のラッキーアイテムだね。なんて茶化すと、あすかの今日のラッキーアイテムは扇子なのだよと真面目に返された。更には、
「少しでもあすかの役に立てたなら、これは紛うことなく俺のラッキーアイテムなのだよ」
と言ってのける。
ラッキーアイテムってよく解らない。
まあ、おは朝占いに命運が懸かっているのは真太郎くらいだしいっか。

傷を両足とも洗ってもらって、「じゃあ保健室行ってくるね」と流し場の縁から下りると、その瞬間また身体が浮く。
「うわあっ」
「馬鹿め」
そんな足で歩いていては日が暮れてしまうのだよ、なんて罵られ、私はもう黙った。
口は、黙った。

(こんなに密着してたら、心臓の音聞こえちゃう…)

心臓は、煩く鳴った。

好きな人に所謂お姫様抱っこなんてされて、心臓が大人しくしていられる訳がない。
耳まで熱い。
保健室までもつだろうか。


「これは傷跡残っちゃうかも知れないわね。だめじゃない女の子なんだから」
養護の先生はピンセットでイソジン綿球を摘み、私の傷口に何度か押し当てた。
「っ、つ、痛いです、先生」
私は傍に立っている真太郎のジャージを反射的に握り込む。
「剥けちゃってるものねえ。大丈夫、この痛みがその内快感に」
「なりません」
この先生思春期の生徒の前でなに宣っていらっしゃる。
「それは残念。大きいガーゼ当てておきましょう」
先生が私の膝を冷静に観察しながら頷いた。


体育館へ戻る道すがら、また真太郎が私を抱っこしようとしたので慌てて断った。
本当に大丈夫なのか訝しんでいたが、なんとか押し切った。
「真太郎、ごめんね…。マネージャーが選手に迷惑かけるなんて」
「気にするな。普段のあすかの頑張りは多くの部員が知っている」
誰も私を責めたりはしない、と言う。
「それより俺は、その…」
「?」


「あすかに傷が残ることの方が、気になるのだよ」


なにこの優しい真太郎。
「真太郎…」
いや、本当は真太郎は優しいのだ。普段の言動からは解りにくいだけで。
つまるところ言い換えれば、これは普段の言動ではない訳で。
(無意識だから、質悪いよ)
憂鬱な気持ちが、一瞬で浚われていった。

「ありがとう。なんか元気出た」

真太郎は訳が解らないというような顔をしたけれど。




「へーえ。そんなことがあったんだ」

高尾くんから『中学のときの真ちゃんとあすかちゃんの想い出話聞かせて』って言ってきたのに、話し終えると彼は震えていた。
「高尾くん笑いすぎ」
いっそのこと声出して笑えばいいものを。
「ごめんごめん。ま、ご馳走様でっす」
高尾くんがぱちんと星を飛ばしてきた。
「この話したこと、真太郎には秘密だからね」
「オッケー!」



あまくほろ苦い想い出

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