診断メーカーで拾った三題T

 
高校受験は、人生の大きな岐路の一つだと思う。
三年間私立の中学に通った訳だが、義務教育を終えて新たな道を自分で選択するのだ。

私の成績はまあぼちぼちオッケー。
とはいえ、何処かのモデルが何処かのガングロと張り合う成績の癖に宣った『オッケー』とはまた異なる次元なので誤解のないように。
定期試験の度に部内で開いている勉強会にはきちんと参加し、真太郎や赤司くんの指導を受けてきたのだから。
私はバスケ部のマネージャーも疎かにしないよう心掛けながら、勉学も要所要所で点をとってきた。
勿論、二人程優秀ではないけれど。

「進路ねえ…」

部活も引退し、私は何度目かの提出を迫られた進路調査票を睨む。
バスケ部で親しくしたみんなは、当然のように部活推薦で進路を決めている。
高校が選り取り見取りってすごいな。私もある程度は選べるように、成績は維持してきたがなかなか踏み切れない。

そう、志望する高校は勿論ある。
進学先でも、バスケ部のマネージャーは続けたいのだ。
しかし、バスケ部であればなんでもいい訳ではない。

私には、高校までついていって支えたい人がいる。

けれど、そこまで必要と必要とされている自信がなく、決心出来ずにいるのだ。

早く帰って勉強しなければならないのに、帰れば親と進路の話でピリピリする。
何処へ行けとは言われないが、なかなか決められないことに親が焦っているのだ。
『ちゃんと考えているのか』と。ただぼうっとしている訳ではないのでやや心外であり、つい私も苛々してしまう。
バスケ部のみんなとはあまり顔を合わせることもなくなってしまい、さつきにも相談出来ない。

「忙しそうだもんなあ」

静寂が支配する教室で私は机に突っ伏した。
そろそろ寒くなってきたなあ。
あったかいおしるこが飲みたい。
おしるこ。
おしること言えば、

「真太郎ぉ…」

会いたい、会いたいよ。

本当に、行きたい高校はただ一つ―――秀徳高校。

調査票に書いては消し、書いては消しを繰り返した。
飽きることなく溜め息は漏れる。


「あすか?」

途方に暮れていたとき、ふと誰もいない教室に転がり込んできた声。
顔を上げて声の主を捜すと、教壇側のドアから彼は入ってきた。
「赤司くん」
「少し久し振りだね」
「うん」
柔らかく微笑んで、赤司くんは私の前の席に座る。
「進路で悩んでいるのか」
「うん…」
机の上の私の調査票を手にとって彼は目を通した。

「真太郎だろう」

「……」

やはり彼に隠し事は出来ない。
私は黙って頷いた。
「秀徳に行く為の成績は足りているんだろう」
「一応ね…維持出来れば」
俯いて答える。
今から受験に向けてみんな本気で勉強を始めるから、油断は出来ない。
だから早く、進路は決めなければならないのに。
「何故迷っているんだ?」
「真太郎の傍にいたい…動機は勿論それだけじゃないけど、でも、やっぱりそういう気持ちが大きくて。そんなので志望校を選んでいいのかなって」
真太郎から必要とされてなかったら、私には意味なんてないのに。
私は机の下で手を握り締めた。

「なんだ、そんなこと」

赤司くんはふっと笑った。
ひどい、本気で悩んでいるのに。
「そんなことって、赤司くん、」

「だったら」

「え…」
彼は、人差し指で私の顎をくいと持ち上げた。

「僕と一緒に洛山に来ればいい」

その両目に射抜かれそうになって、思わず息を飲む。
流石キセキの世代を率いた主将、催眠術にでもかけられたかのようにうっかり頷いてしまいそうだ。

「俺は、誰よりも必要としているよ。あすかのことを」

なんて精悍な顔立ちだろう。見惚れてしまい、まるで時がとまったように感じた。

(だめ、流されるな)

私は慌てて気を持ち直す。
赤司くんのことばを真に受けてはいけない。
からかわないで、と軽く睨みつけた。
「あのね、赤司くん、」
私は、私は―――…

「赤司、と…あすか…?」

真太郎がすきなの、と言おうとして口を開いたときに、正しく本人が現れた。

「真太郎」
赤司くんがくすりと笑う。
目が、ちっとも笑っていないが。
「じゃ、邪魔して悪かったのだよ」
気まずそうに真太郎が目を逸らして、人差し指と中指で眼鏡のブリッジを持ち上げた。
え、もしかしてなにか勘違いされてる?
「別に構わないよ。ねえ、あすか」
赤司くんが立ち上がってじゃあねと手を振って出て行く。
「僕たちはただ、大切なことを話していただけだからね」
「え」
なんで無駄に含みを持たせた。


(放置された…)
残された私は、真太郎となにを話せばいいのか解らなかった。そもそも、どうして今ここに真太郎がいるのか。赤司くんと二人でいるところを見られて、なにかあらぬ誤解をされた可能性も多分にある。
「担任が、早く進路調査票を出すようにと言っていたのだよ」
「あ、これね…ありがとう」
どうやら伝言を預かってきたようだった。私は曖昧に笑って手元の紙をひらひらと示した。
「志望校が、決まっていないのか」
「…行きたいところは、あるけど」
真太郎と同じところだよばかやろう。

「洛山か?」

「……はっ?」
突拍子もない選択肢に、私はつい大きな音をたてて椅子から立ち上がる。
「赤司と、話していたのだろう」
確かに進路について話を聞いてもらってはいたけれど。
なによ、赤司くんも真太郎も。
「……京都なんか行かないよ」
絞り出した声が僅かに震えていた。この鈍ちん、驚かないでよ。
(だって、私が行きたいのは)

「秀徳だよ」

「なに?」
真太郎の眉がぴくりと動く。

「私は!秀徳に行きたいの!」

「それは、本当か」

「本当だよ…でも、自信がなくて、」
だから迷ってるの、と言っている間に真太郎は真っ直ぐ私の方へつかつかと歩いてきた。

「自信がないなど、らしくもないことを言うな」

「ちょっと、なにして…」
勝手に私のシャープペンシルをひっ掴んで使い始めたかと思うと、更に私の調査票になにごとか書き込んでいく。

「普段のあすからしく、人事を尽くすのだよ」

ずい、と差し出されたそれの第一志望欄が真太郎の字で埋められていた。

『秀徳高校』、と。

「真太郎、」
なんて勝手な。いや、確かに希望に間違いはないけれど。
「これで提出出来るな」
「はい?」

「行くのだよ」

真太郎は私の調査票を持って教室を出て行こうとする。
「ま、待ってよ!」
私は慌ててペンケースを鞄に詰め込み、それを肩に掛けて走り出した。
一緒に、完成した調査票を提出する為に。


真太郎と並んで歩きながら気付く。
(…なんだ)
こんな風に背中を押してもらうだけで、私は決められたんだ、と。



覚悟は出来ている



(目指せ秀徳!あなたの背中を追いかけて)

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