不安がる

(※帝光時代)


「赤司くん、帰らないの?」
今日は部活が休みで、私と彼は一緒に帰ろうと約束をしていた。全中も終わり、冬の大会までまだ暫く時間がある為、一度休みをとろうということになったのだ。
クラスのみんなが少しずつ減っていき、談笑の声もすっかり遠くなった。
夕日が差し込むオレンジ色の教室で、席についたまま赤司くんはぴくりとも動かない。憂いを帯びた横顔が佇んでいる。昼休みからどうも様子が変だった。
今声を掛けてみても反応がない。聞こえてはいるのだろうけど。
私は赤司くんの前の席の椅子を向かい合わせて座った。
「どうしたの?」
「なんでもない」
「なんでもなくないでしょう」
今にも重い溜め息を吐き出しそうな顔をして。
「うるさいオレに話し掛けるな」
食い下がる私を煩わしく思ったのか、彼は鋭く私を睨んだ。
「らしくないもの言いね。私なにかした?」
赤司くんって機嫌が悪くなるとこんな風に感情的になるんだ。
「…なんだそれは」
「?」
「『オレらしい』とは、なんのことだ」
「いつもなら…赤司くんは理論的に話をするでしょう。どうしてそう感情的な言葉が出て来たのかな、と思っただけ」
気に障ったのならごめんね。そう付け足して私のターンは終了する。

「お前になにがわかる」
赤司くんは俯いてそう絞り出した。思いがけないことばに私は隠すことなく驚いた。

「どうせお前も、オレの許を離れていく癖に」

手元から、ぐしゃり、と音がした。
「赤司くん、それ…」
白い紙。歪んだ退部届の文字、黒子テツヤの署名。
―――ああ、そうか。
赤司くんは今、不機嫌なんじゃない。
不安定なんだ。
感情的なんじゃない。
感傷的なんだ。

「テツヤの力を見出だしたのは、オレなのに」
「そうだね」
「テツヤにバスケ部での居場所を与えたのは、オレなのに」
「そうだね」
私は赤司くんの握り締めているそれを、手をゆっくり開かせて取り上げた。ブレザーのポケットに仕舞って、彼の燃えるような赤い髪をそっと撫でた。
「っ…、やめろ!」
しかしすぐに振り払われてしまった。
「本当は、オレのことを嘲笑っているんだろう!」
「?」
「お前の前では何一つ上手く繕えないオレを…本当はもうとっくに愛想を尽かしているんだろう!」
音を立てて赤司くんは椅子から立ち上がった。いつもの貫禄あるバスケ部主将の欠片もない、動揺を映した瞳が私を見下ろしている。
「―――…」

だめだよ、赤司くん。
そんな可愛い駄々の捏ね方は。
平生の彼とのギャップに、思わずくすりと笑いが漏れた。
私もゆっくり立ち上がる。そして机を避けて赤司くんの傍に立つ。じりじりと距離を詰めていくと、ほんの数歩で彼を窓ガラスに背中を付けさせることができた。
「な、なんだ…」
「赤司くん」
触れてみると彼の肩は小さく跳ねた。
「忘れないでいてね」
どうか、どうか。
「私と赤司くんが離れ離れになるときは、一つだけ」
私は自分から赤司くんとの別離を選んだりしない。
だから、それは、

「赤司くんが私を捨てたときだけ」

「みはな、っ…」
赤司くんが私の名前を呼んでなにかを言おうとしていたけれど、させなかった。
左右のブレザーの襟を掴んで強く引き寄せる。不意のことに反応できなかったらしく、私はあっさりと彼の唇を奪えた。
いつもは私が奪われてばかりだから、してやったりだ。
時間が止まったように唇をくっつけ続けていると、彼の方から腰を抱き寄せられた。「っ、あ、かしく…っ、」
ぐ、と覆い被さるように体重をかけられ、背中が反る。いとも簡単に形勢逆転を許した私は、手を赤司くんの両頬に添えた。
角度を変えて唇を貪られていると、いつもの彼に戻ったかのように思えた。
「みはな、みはな…」
一つ違うとすれば、その声が縋るようであること。応えるために、私は少し背伸びをした。

どれくらい、そうしていただろう。
漸く私たちは離れて呼吸をした。

「ねぇ…何処へでも連れていってよ」
何処へでも、ついていくから。
だって、どうしようもないくらい赤司くんのことがすきなんだもの。
赤司くんにとって私が要らなくなるときがきたとすれば、それは私が終わるときなのだ。
ずっとそう告げたかった。漸く言えた。
何故だか解らないけど、今まで言うことが出来なかった。
「みはな…」
赤司くんが私の肩に額を乗せた。両手は、指を絡めて握られる。

「絶対に離さない」

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