俺と彼女と彼女のドッグデイズ

 
「そういえばみはなって」
「ん?」
久々に二人の予定が合った放課後、私は涼太の家にお邪魔して寛いでいた。
「毎月いつ生理来てるんスか」
「はぁ!?……よっと」
ばこっ。
いきなり何を言い出すかと思えば。私は捲っていた雑誌を筒に丸めて涼太の頭を叩いた。
「いてっ!なにするんスかぁ〜」
「そりゃこっちの台詞だ。なに聞いてんだ。聞いてどうすんだ。あ?」
「みはな怖い!目ェ怖いっスよ!」
女の子が瞳孔開いてあ?とか言うものじゃないっス!と喚く。
「デリカシーの欠片もないこと聞いといて女子語るな」
「だ、だって」
「だってなによ」
ぎろりと睨む強さは変えず、少し涼太から離れ、手近にあったクッションを抱え込んで続きを促す。涼太は明らかに傷付いたリアクションをとりながら口を開いた。
「女子って生理中はイライラしたり痛かったり、辛いんスよね?俺、みはなのそういうとこ見たことなくて、気付けてないなんて、彼氏失格なんじゃないかって…思ったんス」
「いやいや直接『いつ?』って聞いてくるのもどうかと思うけど」
どうやら変態カミングアウトではなかったようだ。口ではそう言いつつも、ほっと違う種の温かさが私の胸に広がる。
「辛かったら当たられたって構わないし、摩って欲しかったら甘えられたいんス」
「涼太…」
「あんまりみはなは我が儘言わないから」
少し肩を落とす涼太がなんだか可愛らしく見える。長身の割に線細いしなぁ。なんて呑気に考えながら、私は涼太と過ごしているときの自分を思い返してみた。
「そう?」
二人でいるときは、勿論私がそうしたくて結構くっついたりしているのだが、どうやら私と涼太で“甘える”の基準が違うらしい。
「遠慮してるんだったら…俺、頼りないかもしれないけど、傍にいるから言ってほしいっス」
段々と声が小さくなって、顔も俯いていく涼太。
確かに女の子の生理事情なんてものは、男の子には理解できないだろう。
クッションを抱えたまま、私は少しずつ説明していく。

私は生理中だからといってイライラして周りに当たることは殆どない。生理痛もあったりなかったりだ。勿論ぐったりしているときだってある。が、薬が割と効き易い為酷くはならない。加えて運がいいのか悪いのか、酷いときに限って涼太とは予定が合わず一人で存分にぐったりしている。そういう醜態を見られるのは本意ではないので、私にとっては好都合だと思っていた。
恐らく、そういうのが涼太からすれば「甘えてほしい」ところなのだろうが。
そんなこんなで、隠してきた訳ではないが私の周期の変化を涼太は知り得ることがなかったのだ。

「そ、そうだったんスか…」
「ばか。こんなこと説明させないでよ」
「ごめんっス」
私はクッションをぽんと投げつけ、さっき空けた距離を躙り寄って詰める。
「こーんなに甘えてるのに、誰が頼りにしてないって?」
涼太の胸にゆっくりと体重をかけていく。
「みはな…」

いつだったか、涼太に凭れかかったままうたた寝をしてしまったことがあった。「重たかったでしょ、ごめんね」と目を覚ました私が慌てふためいて謝ると、「これくらい平気っスよ!全然重くないし!」と涼太がキラキラ笑った。そのとき、私は信じられないほどときめいたのだった。

それ以来、身体を預けることに抵抗がなくなった。私からすればこのコミュニケーションは最大限の甘えなのに。
「そんなことにも気付いてないなんて、」
「やっぱ彼氏、失格っスか…?」
「とんだ誑しよ」
「た、誑し!? 俺にはみはなだけなのに!」
「ほらそういうとこ。どれだけ私を誑し込めば気が済むのよ」
「…っ、みはな、それって」
ことばの真意を理解した涼太の顔が段々赤くなっていく。
「あのね。確かに私は甘え下手なのかもしれないけど」
私はぶに、と涼太の頬を指で摘んだ。
「ひひゃいっふ」
「すきよ、涼太」
摘んでいた頬を解放し、反対側にそっと口付けた。
「っ…みはなから、キス…!」
一層顔を赤くする目の前の恋人。
「ちょっ、もっかい!今度は口にして!」
一拍間を置いて身を乗り出してきたのでその肩を、腕を限界まで伸ばして押し返す。
「馬鹿犬。調子に乗らない」
くっ、こいつ力強いな…!こんなところで男女の力の差を思い知る。
「え〜じゃあ俺からするっス」
「わわぁっ」
突然だった。腰から抱え上げられて、自然と肘を張っていられなくなる。
「あはは、みはな軽いっスね〜」
無邪気な笑顔が私から余裕を奪っていく。なんせ身体が中途半端に浮いているのだから。
「ちょ、っと!下ろしてよ!」
「いーやーだ」
「むかつく!」
なんだよ『いーやーだ』って。可愛いと思ってんのか。可愛いわ。
「今ならなんて言われても大丈夫っスよ、俺。ねー、みはな」
最早この体勢では抵抗も叶わない。私と涼太の距離がなくなっていく。
「んっ」
ちゅっ。
「んんっ」
ちゅ、ちゅっ。
「ちょっ、りょ、ん、」
エスカレートしていくキスに、さすがに危機感を覚えて制止しようと声を上げたとき、低い声で名前を呼ばれた。
「みはな…」
そして。
どさっ。
身体が又もや浮遊、視界もなんかおかしい。目の前に涼太の顔があるのはまぁいい。しかし何故、その後ろが天井なのだ。
「こら、涼太」
そういう展開か。窘めると、
「いいっスよね…?」
耳に唇を寄せて囁いてきた。静かなトーンなのに、熱の篭った吐息。
いやいやいや。
「よくない。」
私は流れ始めた甘い空気を一瞬で打ち崩し、ぺちんと涼太の額を叩いた。
「へっ!?」
呆気に取られて間抜け面を晒している隙に、私を組み敷いていく身体の下からもぞもぞと抜け出す。
「な、なんでっスか!? 今すっごいいい雰囲気だったじゃないスか!!」

「今生理中だから」
あと自分でいい雰囲気とか言うな。

と付け足したが涼太の耳には既に届いていないようだった。

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