「いつも思ってたんだけど、なんでいつも俺の口見てんの。特に食事中」


彼女のリクエストに応じるということ


「そんなの、和くんの口元がどうしようもなくエロスだからに決まってるでしょ!」

訊くんじゃなかった。
俺の彼女は変態さんなのだ、嫌な予感しかしていなかった。
なのについうっかり問ってしまい、後悔する。彼女、みはなちゃんはよくぞ訊いてくれたと言わんばかりに語り始めた。
「和くんはね、食べてるときの口が一番かわいいの!咀嚼してるその動きはうさぎみたいで愛らしいのに、唇は溜まらなくセクシー!はあ…垂涎ものだわ」
彼女の言ってることがこれっぽっちも理解できない。日本語なのだろうかなんなのだろうか、全然頭に入ってこない。
ただ一つ言えるのは、ここが教室でなくてよかったということ。そんなことをこんな大声でクラスメイトたちの前で言われたら、なんだか色々終わりな気がする。
「よく解んね」
そんなにかと思い人差し指で唇を触ってみるが、なんとも思わない。
俺からすれば、みはなちゃんの唇の方が余程かわいい。ふっくらしてて、血色がいい。乾燥してがさがさしているということがないのだ。女の子だからっていうのもあるだろうけど、やっぱ自分の彼女だし、一番かわいいよな。近付くと、リップクリームの甘い匂いがほんのり嗅覚を擽ったりして。
今日のようにたまに作ってきてくれる弁当も美味いし、俺は完全なるリアル充実者。
みはなちゃんが、大好きだ。

「はああああその仕種愛らしすぎて辛い!」

その性癖を除けば。


付き合って暫くしてから知ったことだった。
最初は周りの女子より大人っぽい容姿で、近寄り難いと思っていた。そんな子に顔を真っ赤にしながら、「すきです、付き合って下さい」とストレートに言われたらあっさり落ちるに決まっている。
男なんてそんなものだ。
まあそれはさておき、事件が起きたのは初めて手を繋いだ日のこと。
そろそろかな、と帰り道に手を握ってみた。
どんな反応だろうかと表情を伺い見ると、鼻血をだらだらと流して固まっている―――あれは本当に怖かった。
「みはなちゃん!?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃって」
「興奮!?なにが!?」
慌てる俺とは対照に落ち着いてポケットティッシュを鼻に当てたみはなちゃんは、鼻血が止まってから明かした。

曰く、彼女は俺をすきすぎるのだという。
以降、鼻血を噴く程ではないが手を繋ぐ度にみはなちゃんはそわそわする。
そして人目がなくなれば、それまで鳴りを潜めていた性が顕わになり俺の手を撫で回すのだ。
「和くんの手…骨ばったこの造形美…爪の形もかわいいよ…特にこの小指…」
それはそれは、恍惚の表情で。

今現在も自分の箸を止めて食い入るように俺の口元を見つめて、
「みはなちゃん、息上がってきてねえ?大丈夫?」
「大丈夫…じゃないかも知れないけど大丈夫。はあああん和くんが私の作った卵焼き食べてる…」
この様である。
二人きりのとき以外は至ってクールであり、尚且つそれが素だ。だから、気を許してくれていると思えばかわいいものなのだが。

「ねえ、今度の休みに和くんの家遊びに行ってもいい?」
俺の鑑賞を終えたみはなちゃんは、自分もゆっくりとお弁当を消費しながら訊ねてきた。
「もちろん」
暫く先の予定を思い浮かべながら、快諾する。確か再来週の土曜日は監督の都合で部活が休みになっており、丁度俺もデートに誘おうと思っていたところだった。
「何処か出掛けるとかじゃなくていいの」
折角の休みなのだから俺の家じゃなくてもいいのにと思い、訊き返す。しかしみはなちゃんは「うん」と頷いた。その上で、一つお願いがあるという。
「なに」

「出来れば、ご両親がいらっしゃらないときがいいのだけれど」

「え」
箸を手から落としてしまった。食べ終わったあとでよかった。
(じゃなくて!)
「どどどどうして」
平静を装おうとしながら訊いてみるが、明らかに吃り上手く動かない俺の舌。
「したいことがあるの」
そこには触れず、彼女は対照的にさらりと答えた。
「な、なに!?」
反射で口から疑問が飛び出したが、もうこれは訊くまでもない。親のいない家に恋人を呼んですることなんて一つしかない。
ましてや俺達は高校生なのだ。
しかしそれにしたってみはなちゃん、積極的すぎるよ。
「当日になってからのお楽しみ…と思っているのだけど、知りたい?」
やめろ、やめておけ自分。
今聞いてしまったら、再来週までメンタルが持たない。邪な考えが頭を占めた始めた己を目一杯律したが、
「知りたい」
口はそうはいかなかった。
みはなちゃんはふふ、と微笑みながら「えっとね…」と焦らす。
(いや、なんか違う)
え、ちょっとなにいきなり照れてるの。
さっきまでの俺を翻弄するような上目遣いは何処へ行ったのか、少し俯いて膝の上で指遊びをしている。
「あのね」
口籠もってなかなかその先が出てこない。
「実は」
生唾を嚥下した喉が、ごくりと鳴った。なにがしたいのか、さあ言ってくれ。

「和くんの歯を磨きたいの」

「……」
きゃ、と両頬に手を当てて恥ずかしがるみはなちゃん。「言っちゃった」じゃないよ。俺は数秒前までの自分を殴り倒したいような、宥めてやりたいような、つまりは居た堪れない気持ちでいっぱいだ。
そんなことは露程も知る訳がない彼女は、早くも興奮しているようで身を乗り出してくる。

「歯ブラシと歯磨剤とね、フロスと舌ブラシも揃えたの。あ、タフトブラシも買ったのよ。和くんのお口の中、私がきれいにしてあげるからね!」

俺の口元がすきとかさっきの話の延長なのだろうか、突き詰めるとそこまで行ってしまうらしい。
「ねえ、いいでしょ?」
そんなことを頼むのに、上目を遣うんじゃない。
俺が、俺が。
「い、いいよ」
だめと言えないのを知ってる癖に。
大人びた顔立ちにミスマッチなその表情に、俺は滅法弱いのだ。
「やったあ!」
みはなちゃんは、諸手を上げて喜んでいるし、「まあいいかな」なんて思ってしまう俺も大概流され始めているが。
最初は受け入れられないと思っていた彼女の変態さんっぷりにも耐性がついてきたのかも知れない。

と思った自分が甘かった。
彼女は今までで一番の爆弾を落としてみせたのだ。

「あああ和くんの寝かせ磨き…私の太股に和くんの頭が乗るのね!」



相互理解とはなんぞ

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