先々週から付き合い始めた、クラスメイトの黄瀬くんと約束をしていた。
「今日部活ないんスよ。一緒に帰ろ」
「いいよ。でも私今日ゴミ捨ての当番で」
「さぼれば?」
「そうもいかないよ。待ってて」



慎みってなんだっけ


がさがさと音をたてるゴミ袋を引っ提げ、私はゴミの収集場へ向かっていた。放課後の人波を避けながら、先々週の出来事を思い出す。
(なんで私だったんだろう)

クラスや学年どころか学校中で名を知られ視線を集め、女の子に絶大な人気を誇る黄瀬くん。
そんな彼に言われるがまま付き合うことになってしまった私は、クラスでも数人の友人としか話すことがなく目立たない存在だ。
日直が怠った仕事を担任に頼まれていたその日、私は誰もいなくなった教室で提出物を確認していた。
名簿と照らし合わせながら作業を進めていく。特に用はないからいいものの、たまたま提出物が多くそれは長引いていた。
そこへ、忘れ物をしたと黄瀬くんがジャージ姿で現れた。
「わ、人いたんだ」
「黄瀬くん」
「櫻本さん、なにしてんの」
歩み寄ってきた彼は私の手元を覗き込む。
「日直の仕事頼まれて」
「ついてないっスね。櫻本さん真面目だから」
目を細めて笑った黄瀬くんは確かにみんなが騒ぐ通り、所謂美形と形容するに充分な顔立ちをしていた。
(あんまり話したことなかったな…)
まじまじと見つめていると、
「櫻本さんて彼氏とかいないんスか」
不躾な質問が飛んできた。
「いたら、こんなことはしてないかもね」
悠長に押し付けられた仕事など、と。
ちょっと棘を含んでしまい、言ってから「しまった」と思った。恐る恐る彼を見上げると、僅かに目を丸くしている。
「へえ、櫻本さんもそういうこと言うんスね」
「はあ、まあ…」
気まずく感じて、すぐに視線を反らしことばを濁した。
「だったら」
彼が私の机に手を置き、屈む。え、と思わず顔を上げてしまった。

「俺と付き合わねっスか」



断れずに、だらだら来てしまった。
(普通に、優しいからいいんだけどね)
話し掛けようか迷っているとすぐに気付いてくれたりとか、流行ものの話題が尽きないとか、さりげないエスコートとか。
退屈をさせないとは、こういうことを言うのかと関心してしまう。
ただ、その慣れた感じが、
(寧ろなんか居心地悪いような…)
たくさん女の子と遊んでるって言ってるようなものな気がして。
もしかしたら私もその中の一人なのか。
異性と付き合ったことがない私が、ただ単に無知なだけなのか。

ゴミを捨て終え、一人うんうん唸りながら教室へ引き返す。
(考えすぎかな)
取り敢えず今日は誘われて約束してるし、そう構える必要もない。
「黄瀬くん、待たせて」
ごめんね、と教室のドアを開けた。
「あ」
そこで私が見たのは。

「ん…櫻本さん。早かったっスね」

黄瀬くんと、
「え?誰なの、涼太」
知らない女の子だった。
彼は、特に焦ることも悪びれることもない。
「今付き合ってる子っスよ」
うそだ。

今、キスしてた癖に。

私の倫理観でいうと、交際している特定の相手がいる場合、他の人物とのキスという行為は浮気にあたる。
「冗談。地味じゃない」
彼女は私を指差して笑った。
「そこがいいんじゃん」
黄瀬くんが、スクールバッグを肩に掛けて立ち上がる。その行儀悪く腰掛けていた机、私の席なんだけど。
勿論、彼はそんなことくらい知っていた。机の横に掛けていた私の鞄を持って、こちらへ近付いてくるのだから。

「ね?みはな」

その笑みから、なにを読み取ればいいのか解らなかった。
ただ、からかわれていることだけは解った。

「し、知らない。よ」

私は首を横に振り、彼の手から鞄を受け取ると「お邪魔しました」と頭を下げて踵を返す。
足速に靴箱まで辿り着くと、一度呼吸を整えた。人様のキスを見てしまった不快感に胸がもやもやする。
(人がいつ来るとも知れない場所であんなことするなんて、不謹慎だ)
そういうことって、もっと大事にしなきゃいけないと思う。無闇に人に見せるものではない。
(ああ、こういうとこが堅いって言われるのか)
もし約束通り黄瀬くんと帰っていたら、私も彼とキスをしていたのだろうか。
「それはちょっと…気が進まないな…」
端から、私と彼は合わなかったのだろう。
別に私でなくとも彼にはいくらでも相手はいる。


本屋にでも寄ろうかと思案しつつ校門を目指していると、
「櫻本さん」
後ろから声をかけられ、振り返った。
「んー?えーと」
声だけが聞こえ姿が見えない場合は、よく目を凝らす必要がある。彼との付き合いの中で学んだことだ。

「ここです」

「いた。黒子くん」
今日は割と早く見つけられた方だろう。
「お疲れ様、部活?」
「自主練です」
ああ、そうだった。バスケ部は休みだった。黄瀬くんと約束していたから知っていたはずなのに、頭からすっぽ抜けていた。
「大変だね」
「楽しいですよ」
「それはよきかな」
黒子くんは図書館仲間で、クラスは違うが親しくしている。というか、クラスも違うのに親しいなんて彼くらいしかいない。
「櫻本さんは一人ですか。黄瀬くんが今日は一緒に帰るっス、と言っていましたが」
「一人で帰るよ。多分、もう付き合ってないから」


場所を中庭のベンチに移し、黒子くんにことの顛末を話した。
「そうだったんですか」
「そうだったんですよ」
ここへ来る道すがら自販機で購入したペットボトルのお茶を一口飲む。
「全然ショックじゃなくてびっくりしてるの」
おかしいのかな、とスポーツドリンクを飲んでいる彼に尋ねた。
「すきでもない相手と僅かでも安易に付き合ってしまって、恋愛遍歴に傷が付いたことにはショックを受けて下さい」
なんとも辛口な答えが返ってきたが、正論の為に反論は出来ない。
「私もうお嫁に行けない」
「棒読みですね」
嘆いてみせるが、一蹴。
「これで精一杯よ。ってあれ?」
ペットボトルのキャップを閉めながら、私は首を傾げた。
「どうしました」

「私、黒子くんに黄瀬くんと付き合い始めたって言ってたっけ」

当然のように話していたが、黄瀬くんから告白されたことは彼に言っていなかった気がする。
何故か、知られたくなくて言い出せなかった。
「櫻本さんからは聞いてません。黄瀬くんからは聞きました」
「やっぱり」
黒子くんには、故意に黙っていた。
「ショックでした」
「ごめん。なんか、言いたくなくて」
基本的に彼に対して隠し事なんかしていなかったのに。黄瀬くんのことだけは、言えなかった。
「そっちのことでは…いや、もう別れたんならいいです」
口調が冷たい気がして、重ねて謝る。
「ごめんってば。怒らないで」
彼に顔を向ければ、肩を掴まれた。
「怒ってません」
なら、この手はなんなのか。
あと、距離が近い。
「安物の唇に汚されなかっただけ御の字なので」
「はい?」
ずい、と顔を寄せられた。その目には、見たことのないような光が宿っている。

「櫻本さんの唇が、です」

黒子くんの掌が、熱い。怒ってないなんて嘘だ。
「付き合い始めたことは隠すのに、別れたらすぐ喋るんですね」
なんでですか、と至近距離で問われる。
身を引こうにも、それは叶わない。
「あ、あのね、黒子くん」
「なんでしょう」
「黄瀬くんのことは、黒歴史ということで一つ手を打って下さいませんでしょうか」
敬語になりながら片言で懇願すると、彼は「そうですね」と目線を余所へやって考える素振りを見せた。

「手っ取り早く、僕と付き合いましょうか」

ふ、と笑ってやんわり迫られる。
「いやもう私お嫁に行けないから」
さっきそう言ったのに。
「だから、もらってあげます」
「どうして私なの」
黄瀬くんも、黒子くんも。
特に黒子くん。
私なんか、やめた方がいい。しかし彼も引かない。
「黄瀬くんは断れなくて僕はお断り。その心は?」

「黒子くんは…大事だから」

安易に付き合っていい訳がないのだ。
「なら、どうしても真剣に付き合いたいと言ったら?」
真剣に、をやけに強調して更に彼は圧してくる。
「こ、困るよ!それこそ本当に断れない」
俯いてぶんぶんと何度も首を横に振った。

「今のことば、本当ですね?」

「えっ、ちょっ…」
黒子くんはいきなり私の顎を掬って顔を上げさせる。なにをされるのかと固く目を瞑った。
そして、唇に温かくて柔らかい感触。
(だから、こういう公衆の目があるようなところで…)
キスなんかしちゃだめだって。
意識が遠退きそうになる。

「という訳で黄瀬くん。遊ばれていたのは君の方でしたね」

「な!?」
彼の一言により、一瞬で意識がはっきりと戻って来た。
しかし、視界の端に驚いた表情の黄瀬くんを捉え、やはり私は、
(見られてた…)

卒倒したのだった。




乱れてるよ、こんなの

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