「ああ、つまらなかった」

私は読み終えた本をぽいと横に投げ置いた。
皮張りのソファに預けていた背中をずるずると滑らせ、更に姿勢を崩していく。
ローテーブルの脚に爪先をぶつけた。痛い。
向かいに座って同じく本を読んでいる征十郎が視線を上げる。
「行儀が悪いぞ、みはな。それに、いくら自分のものだからといって書籍を乱暴に扱うな」
顔を顰めて、ついでといった風に紅茶を啜った。
「はいはいすみません」
私は先程の本をテーブルによっこらせと置いて、ソファに座り直した。
いや、やはりこの姿勢はだるいな。
早々に征十郎からの忠告を捨てて、横になる。
三人掛けのソファいいな。うちにも欲しい。殆ど和室だから置くとこないけど。畳にソファはないわ。
「みはな」
征十郎は再びだらだらし始めた私を咎める。
「だってつまらなかったんだもの」
「なら何故読んだ」
本なら他にいくらでもあるだろう、丁寧に扱うのであれば俺のものも貸してやるのに、と彼は本棚を目で指した。
「取り敢えずは読まないと、批評出来ないじゃない」
例えそれがお粗末な文章でも、欠伸が出るような内容でも。一ページ目を開いたときから、読破する義務が私には生ずるのだ。
「端から批判するつもりで読んでいては、なんの肥やしにもならないだろう」
「あら驚いた。征十郎の肥やしになるような書物なんてまだこの世に存在するの」
もう十分賢いのに。
征十郎の方が、端から手に取る本手に取る本を鼻で笑っていそうなものだが。私よりも余程。
「馬鹿を言うな。俺にも好みの文章くらいある」
みはなのように捻くれてはいない、だってさ。あはは、酷い。
「ちょっと休憩ー。そのあと征十郎の本貸して」
「すきにしろ」
私に行儀の悪さを改めさせることを諦めた征十郎は、読書に戻った。
私も十分程目を休ませてから、本棚を物色する。よし、これにしよう。




「ちょっとなにこれ征十郎」
読み終えたそれを、目の前の彼にずいと差し出す。
「もう読んだのか」
決して薄くはないその長編小説を、私は何時間とかからず読みきった。
「より多くの本を効率よく読む為に、速く読む練習をしたのよ」
所謂速読というものとはまた少し違うのだが。
征十郎は驚いているようだったが、問題はそこではない。
「これまた酷い」
「…なんだ」
彼は静かに本を閉じて、姿勢を整えた。どうやら一応は私の話を聞いてくれるらしい。
「あのね」

全く関係のない人達の身体にいきなり異常が生じたまではよかったよ。私も興味を引かれながら読んだ。
だけど結局なに、あの終わり方。
ミステリーかと思ったら急に幽霊出してくるし、キーワードだったはずの英文も解釈が強引なこじつけすぎて納得出来ない。
盛り上げるだけ盛り上げてなんのきっかけもなく事態は収束しちゃうし。

「結局飛ばないの!?ってね」

一気にまくし立てる。
さすがに征十郎に向かって「趣味悪いわよ」とまでは言わないけれど、これ面白いと思って読んだのかしら。
征十郎からの返事を待つ。

「なるほどな」

しかし、
「……それだけ?」
たった一言で彼は唇を弧に結んでしまった。
「ああ」
「他になにかないの?」
私が不満を顕わにすると、わざとらしく肩を竦める。

「その小説は、まだ読んでないんだ」

なんと。
「それ早く言いなさいよ!ネタばらししちゃったじゃないの!」
思わず立ち上がって声を荒げてしまった。
「構わないさ」
「構うわよ!ああもうごめん!だけど言わなかった征十郎も悪いんだからね!」
どうしよう、なにか代わりの本を用意しようか。
「取り敢えず座れ。そんな大騒ぎするようなことじゃない」
「でも、これ征十郎の本…」
持ち主が、読んでいなかったのに。
私はソファに沈み込む。
「いいんだ。元は俺のものではないし、読む気も特になかった」
「……置いていただけってこと?」
「ああ」
なんだそれ。私はへらりと脱力する。
基本的に整理整頓は完璧な征十郎が、何故そんな不要なものを置いていたのかは疑問だが。
「気にしていなかったんだ。暇があるときに読むこともあるかと、なんとなく置いていただけだった」
一先ずはよかった。
「ふうん?」
落ち着きを取り戻すと、らしくもなく取り乱してしまったことが急に恥ずかしくなってくる。
なんか征十郎にやにやしてるし。

「みはなの珍しい姿が見られたから、不要な本でも捨てずにいた甲斐があったよ」

「お黙り」
要らないならさっさと捨てなさいよ。
紛らわしいことしてくれて。
首元に絡んだ髪を払い、ティーカップを手に取る。
「むう」
しかし中は空。
征十郎のそれも見てみると、同じようにお茶は殆どなくなっていた。
「淹れてくる。キッチン借りるわよ」
ソーサーごとお盆に載せて、再び立ち上がる。
「ああ、ありがとう」
征十郎も立ち上がり、ドアを開けてくれた。
「なにか勝手にお菓子持ってきていいかしら」
彼がドアの向こうに消える前に振り向いて訊ねる。
「キッチンの戸棚の端にクッキーがあるらしい。探してくるといい」
「やった」
色良い返事に頬が緩み、私はテンポよく階段を下りた。





「この本もだめだったか」
みはなの足音が聞こえなくなったのを確認し、俺は件の本を手に取る。
「つくづく一筋縄ではいかない許婚殿だ」どんなに彼女が好むだろうと吟味しても、なかなか琴線に触れることが出来ない。

(二つ年上なだけで、こんなにも攻略が難航するとはな…)


君の為のあの手この手


来週は何処か外へ連れ出してみようか。

[ 19/26 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -