※大学生以上設定


 
私は、要らなくなってしまった。
彼にとって、私はもうただのガラクタでしかない。
そう解ってから身体が動くまで、随分と時間を要してしまった。


大切に出来ない


私は今日、漸くここを出ていく。

「じゃあね」

誰もいない部屋に独りごちた。
涼太には昨晩、出ていくと伝えてある。
彼は朝早くに仕事で出ていった。私が起きた頃には、もう彼の姿はなかった。

私がここで使っていたもので要らないものは捨て、必要なものを纏めてみるとなんとも寂しいものだ。
鞄一つ分しかなかった。といっても大きな旅行鞄いっぱいが一つ、だが。
それでも一年暮らしたにしては少ないだろう。
必要最低限のものを除き、手に入れた全てを置いていくつもりで分別したから当たり前か。

私は携帯電話をコートのポケットから出すと、電話をかけた。
「もしもし」
『みはなか』
「うん。今から出るんだけど―――本当にいいの?」
『ああ。今更なことを聞くな』
「…ごめんね」
『気を付けて来るのだよ』
「ありがとう、真太郎」
私は電話を切って、よいしょ、と鞄を持ち上げて玄関に向かった。
全く真太郎はお人よしだ。
出来の悪い馬鹿な幼馴染みを持つと苦労する。振り回している本人が言ってはいけないが。

私がなにかあるとすぐ頼るものだから、真太郎はなかなか彼女も出来ない。
「このまま私もお嫁に行けなかったら、真太郎にもらってもらうしかないかな」
万が一にもないことを呟いてみた。
私に真太郎は勿体なすぎる。

(天罰が下るな…)

靴を履くと再度鞄を持ち上げ、鍵を開けた。
そのまま振り返ることなく、ドアをくぐって外に出る。
鍵をかけて、錠の落ちる音を確認した。
冷たい金属となったそれはポストに入れ、マンションを出た。

もう少し後ろ髪を引かれ、離れ難いかと思ったのだが、そうでもなかったことに自分でも少し驚く。
何度か荷物を持ち直し、最寄りのコンビニに向かった。そこで、真太郎は私を待ってくれている。真太郎は、わざわざ私の荷物持ちの為に今日の予定を空けてくれたのだ。
家に帰ったら、昼食を振る舞ってあげよう。

「真太郎」
「みはな…荷物はそれだけか?」
私の鞄を見て真太郎はまず訝しんだ。
「うん」
私が頷くと、無言で手を差し出してきた。持ってやる、というサインだ。お願いします、と戯けて渡す。
「行くのだよ」
「うん」

「ごめんね、こんな朝から」
「構わん」
お前が放っておけないのは昔からだ、と真太郎は溜め息を吐いた。あまりにも馬鹿だから、両親も最早呆れている。こんな私を心配してくれるのはもう真太郎だけ。
今回実家に帰ることになったときも、真太郎が私の両親にフォローを入れてくれたらしい。
甘えるのもいい加減にしないとな、と解ってはいる。しかし、厳しくお説教したあとには必ず慰めてくれる真太郎から、どうしても離れ難いのだ。それこそ、涼太の元よりずっと。
「今日時間ある?お昼食べていってよ」
「…いいのか」
「うん。お礼にもならないけど、気持ちだけ」

電車に乗り込むと、さっき後にしたばかりの家の持ち主が中吊り広告の中で華やかに笑っていた。
がたんがたんと揺られながら、私はぽつりと脈絡もなく話した。

「涼太は、欲しいものが手に入ったら要らなくなっちゃう人だったんだね」
「ああ」
「私は、今でもすきだなぁと思うの」
「…ああ」
「だんだん心が遠退いていくのが解っても、あそこにいたかった」
でも、留まれなかった。
始めは、涼太の気持ちが戻ってくるはずもないのに、何処かで期待していた。しかしやはり、ありもしないの望みには縋れなかったのだ。
すきだから、傍にいれば欲が出る。
私を、見てほしかった。

「帰ってきて、よかったのだよ。留まれば、いずれみはなの心は壊れていた」

真太郎があまりにも優しく頭を撫でるから、私は静かに涙を流した。
私は間違っていると、否定してくれた方がよかった。胸が潰れそうだ。

それきり、家に着くまでお互いに一言も話さなかった。


「ただいま」
用があれば帰ってきていたが、今日の帰宅は違う。
今日、母と父は出掛けていると聞いていた。返事は当然ないが、靴を脱げばほっと無意識に息が漏れた。

「このままみはなの部屋に運んでいいのか?」
「あ、お願い」
私の家の中など当然真太郎は知っているが、先を歩いて案内する。
「埃っぽかったらごめんね」
「いや、おばさんが軽く掃除をすると言っていたのだよ」
「ほんと?うわー申し訳ないな」
階段を上がりきって、久方振りの自室のドアを開けた。
「この辺りに置いておくぞ」
「ありがとう、真太郎」
鞄を床に適当に置いてもらい、再び階下に向かう。 
冷蔵庫の中を確認し、首を傾げた。
「うーん、ちょっと食材足りないかなぁ」
「疲れているだろう。やはり今日は帰るのだよ」
「え?でも私も結局作らなきゃお昼ないし、買い物…」
私が真太郎を振り向くと、彼はすぐ後ろに立っていた。

「真太郎?」

「無理をしているな」

見下ろされて、その瞳に映っている私が変な顔をしていることに気付く。
「真太郎…」
私は、納得してあの部屋を出たんだよ。
もう辛いことなんかないんだよ。
真太郎がいてくれて、よかったよ。
「無理なんてしてない」
真太郎が辛そうな顔をしてるから、移っただけ。
「ごめんね。私の所為だよね」
「違う」
「違わないよ。いつまで経っても真太郎を頼ったりするから」
私のことで、振り回されて、心を痛めて。
「もう、顔も見たくないよね」
私は顔を伏せた。
「違う」
「優しい真太郎。私、馬鹿でごめんね」

「違うと言っているのだよ!」

突然真太郎が声を荒げた。それと同時に身体に強い圧を感じる。
「真、太郎…?」
抱き締められているのだと、解るまでそう時間はかからなかった。
「落ち着いてからでいい。俺のところへ来い」
「な、なに言ってるの?」
そんな冗談、言っちゃだめだよ。

「本気なのだよ」

なら尚更だめだ。
恋い慕う人の心が手に入らない辛さを、私は知っているから。
私は、涼太に戻って来いと言われたらきっとまだ頷いてしまう。
「ずっと、みはながすきだったのだよ」
「…だめ」
私なんか、だめ。
真太郎は、傷付けたくない。
真太郎だけは、失いたくない。
今まで積み上げてきた過去だけは、捨てられない。

「だめだよ、真太郎。」

私は何度も首を横に振る。しかし、私が拒否を示せば示す程、真太郎の腕の力は増していく。
「俺はみはなのなにもかもを受け入れる覚悟があるのだよ」
「だって、私は、」
涼太が、涼太のことが。
「どれだけ時間がかかろうとも、待つ」



「すきなだけ悩んで迷えばいい」
だが、これだけは言っておくのだよ。
前置きして、真太郎は腕を解いた。

「必ず、みはなは俺の元に戻ってくる。俺がみはなの最後の場所なのだよ」

真太郎は静かに家を出ていった。
私はその場に泣き崩れる。

真太郎の触れたところが、痛いほど熱をもっていた。私は今でも、涼太がすきなはず。
なのにこんなにも心が揺れ動くのは何故なのか。
気持ちが今弱っているだけなのか。
真太郎の元へ行くことは、自分に正直になることなのか、自分を騙すことなのか。
自分の想いが何処にあるのか解らない。

「真太郎ぉっ…!」
もし昨日までの私を殺して許されるのであれば、真太郎のその優しい腕に縋りたかった。

だけど。
真太郎を思えばこそ、そんなことが出来る訳がなかった。

私は、真太郎だけはすきになってはいけないのだ。

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