騙されている。
誰も彼も、あの甘いマスクに。
可愛いげがないのはお互い様
(本当は、腐れ外道のとんだ下衆野郎なのに)
私は横顔を眺めながら心中で罵詈雑言を浴びせた。
いやらしい程夕焼けに映える金髪がチカチカと視覚を刺激する。
天性の整った顔立ちを持っていて、加えて愛想がよければそりゃあ誰からも愛される。全くよく心得た奴だ。
「ん?俺の顔になんかついてるっスか」
ふいにその美貌を覆う笑みがこちらを向いた。今まさに私の視線に気付いたという風に、態とらしく尋ねてくる。
ずっと気付いてた癖に。
私の溜め息を吐くタイミングを図って口を開いたのだ。
因みに今の問いに関しては『なんでもない。見惚れてただけ』というのが模範解答だろう。
しかしこいつはそういう媚びには辟易している。
だからといって機嫌を取るような答えなど返してやる義理はないのだが。
彼女じゃあるまいし。
「そうだね。気持ち悪い目と鼻と口がついてるよ」
私は手元の本に視線を落として答えた。
ふはっと吹き出して奴は背もたれに預けていた上体を起こした。
「それ普通に顔っスよね」
「そうだね」
生返事を返すと、奴は頭を掻く。
「もー。みはなはぁ、そんなに俺のことが嫌いっスかー」
特に気分を害した様子もなく、ヘラヘラと笑った。どんな悪態も、あまりに常態化するとこいつには通じなくなる。
寧ろ、私がずけずけ言うから最近では面白がっている節すらある。
「私に嫌われるようなことしたの?あんた」
私は只管目で文字を追う。
(あーあ)
全く以て内容が頭に入ってこない。
「んー。そうっスねー」
その原因である奴は、目を斜め上に泳がせ考える素振りを見せた。
その白々しい様に、私は飽き飽きしながら返答を待つ。
聞かなくても、奴の答えなど解っているが。
「黒子っちの前でキスしたことっスかね」
「……」
「あ、笠松先輩の前でもしたっスね」
今日こそそのピアス引き千切ってやろうか。
全く悪びれることのない様子に、身体が震えそうになった。
こいつは散々私の恋心を踏み躙ってきた。許したことなどただの一度もない。
中学のときに好きだった黒子くんも、高校で出会って憧れを抱いた笠松先輩も、私がこいつと付き合っていると誤解して、遠退いていった。
想いを伝えることすら叶わなかった。
まさか、こいつと高校まで同じになるとは思っていなかったのだ。
中学でそんなことがあり、なにがなんでもこいつの手から逃れようとした。県外へ進学すれば解放されると思っていたのに。
私は、自分の短慮を呪った。
『京都や秋田もいいと思ってるんスよね』ということばをうっかり信じてしまった。挙がった地方に進学したのは赤司くんと紫原くんだった。
本当に狡猾なことをする。
神奈川のかの字も出さなかった。
否、抜かったのは私か。
『みはな、俺も受かったっスよ―――海常』
そう告げられたときは、必死に動揺と涙を堪えて『最低』と罵るのが精一杯だった。
あろうことかこいつはそれを聞いてこの上なくにこやかに笑ったのだった。
周りからは、あたかも私がこいつについてきたかのようなもの言いをされ、日々不愉快不本意窮まりない。
なにがお似合いなものか。
私はこんな奴と付き合った覚えはない。
「なんでそんなことしたの」
「聞きたいっスか」
「いや、遠慮しとく」
こんなやり取りも何度繰り返したことか。
こいつは全く悪びれることがないので、いっそ清々しい。私も、許しはしないが、最早怒りもしないのだ。
私は読書に集中することを諦めた。
これだけ付き合ってやったらもういいだろう。
本を閉じて立ち上がった。
「帰るから」
「そっスか。気をつけて」
私がこうしてある一線で拒めば、こいつもすんなりと身を引く。そのあっさりの使い方は、どうも考えても間違えてると思うが。
「あんたもさっさと部活行け。笠松先輩に世話焼かせんじゃねーですわよ」
私はさっきまで読んでいた本の登場人物を真似た語尾で言い捨てると、教室を出た。
「あー…また失敗した」
貼付けていた笑いがぽろりと剥がれ落ちた。これかな、みはなが言ってた俺の顔についてたものってのは。
「こんだけ嫌われたら、もう流石に戻んねーよな…」
最初は、本当にただすきなだけだったのに。
何処で間違えてしまったのだろうか。
(みはなが悪いんだ―――俺とは正反対のタイプばっかすきになったりするから)
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