すきになったけど相手が悪かった
(帝光時代)

 
なんかその子ってよく笑ってた。



それだけで宝石みたいに見えた。
自分の紛いものの笑顔じゃなくて、なにがそんなに楽しいんだろうっていうくらい、“本当に”笑ってた。
気が付けば、「ああ、いいな」なんて思ったりして。

「はー…いいな」
ほら今だって。

「んだよ黄瀬、気持ち悪ぃな」
「ちょ、青峰っち酷いっス!」
彼女に見惚れていると、隣にいた青峰っちが悪態を吐いてきた。
「で、なにを見てたんですか」
「うわあ黒子っち!いたんスね!」
黒子っちも視界の後方から現れる。
「はい、ずっと」
「ご、ごめんっス…」

練習の合間に水分補給をしながら、開け放たれた戸の内の一つを見遣ると、いつもそこにその子はいる。
その場所は、彼女の指定席なのである。

「で、“誰を”見てたんですか」
「えっと…」
結構本気の恋だから、口にしづらい。
吃っていると、鋭い黒子っちは悟ったようだった。
「もしかして」
「あ?」
「あの子ですかね」
御名答、黒子っちは彼女を指差して青峰っちに教えてしまった。
「くくく黒子っち!やめて下さいっス!」
「図星のようですね」
「鎌掛けたんスか!」
青峰っちがニヤニヤしている。黒子っちは何処か憐れみを帯びた目で俺を見てくる。
「ふーんへーえほーお」
「だめですよ青峰くん。黄瀬くんはまだ知らないんですから」
となにやら意味深な様子の二人。
「なになに、なんスか!あの子知ってるんスか!知り合いなんスか!」
「いや知り合いっつーか…もう呼んじまえ」
俺の質問には答えず、面倒そうに青峰っちはその子に呼び掛けた。
「おーいみはな!お前ちょっとこっち来い!」
「青峰っちいいぃいい」
止めようにももう遅かった。

(みはなちゃんっていうんスね。かわい。)

じゃなくて。
呼ばれた彼女は、靴を脱ぐときちんと揃えて体育館に上がる。
憧れた笑顔が、近付いてくる。
うわぁ、うわぁ。心臓がドキドキしてくる。

「なあに、青峰くん。黒子くんも、こんにちは」
「どうも」
青峰っちを見上げたくりっと大きな猫目がキラリと光った。
「こいつがさあ」
こんなに可愛い子に上目遣いされても青峰っちは全く動じず、俺をくいと差した。
なにを言わんとしているのか大体予想がついたので、阻止すべく手の平でガッと彼の口を押さえた。
「黄瀬涼太くん、だよね。初めまして!」
その上目遣いが、今度は俺を映す。
「お、俺のこと知ってるんスか!」
フルネームで覚えてもらってるなんて。
「勿論。有名人だし、やっぱり実物は写真より格好いいんだねえ」

遠くから見ているだけだったキラキラの笑顔が、今まさに俺に向けられた。
『格好いい』なんて、言われ慣れているはずなのに、めちゃくちゃ嬉しい。

「黄瀬くんのことは、お兄ちゃんからも聞いてるよ」
「お兄ちゃん?」
タメ口ってことは同い年なんろうけど、兄がこのバスケ部にいるということだろうか。
俺が首を傾げていると、

「お前たち、なにをしている。週末に練習試合を控えてさぼりとは、いい度胸だな」

「げっ」
「噂をすれば、ですね」
後ろから、舞い上がっていた頭を瞬間冷却する声。青峰っちが露骨に顔を顰める。
なんせ、そこに立っていたのはこのバスケ部で絶対的な権力を振るう赤司っちだったから。
部外者であるみはなちゃんを体育館に上げ、立ち話をしていたと彼にばれたらただでは済まないだろう。みはなちゃんも巻き込んで。
「あ、赤司っち、これは、その」
一人勝手に慌て始めたと同時に、そんな俺を余所に彼女は赤司っちの前へ飛び出した。

「お兄ちゃん!」

「へ……?」
思わず馬鹿口が開く。後ろで青峰っちがげらげらと派手な笑い声を上げた。
「青峰くん、そんなに笑っては黄瀬くんがかわいそ、ふっ、ですよ」
黒子っちまで噴き出した。
まさか、“お兄ちゃん”って。

「みはな、また来ていたのか」
言われてみれば、猫のような目とか。
「うん、青峰くんが呼んだから。あ、ごめんね、なんの用だった?」
光が当たると赤みを帯びる髪とか。
「俺じゃねー。黄瀬がお前見て誰だっつってたから」
似て、いる。
「そうだったの。そういえば、自己紹介まだだったね。私、赤司みはな!赤司双子の妹の方です」
お兄ちゃんがいつもお世話になってます、とみはなちゃんは頭を下げた。

(えええええ―――!!!!)

赤司っちが般若を背にニヤリと笑った。
読み取れるのは、殺意。
つまり、『妹に手を出したら殺す』と声なき声で通告しているのだ。
無知な俺に。
そんな無言のやりとりを露程も知らないみはなちゃんは、にこにこと花を飛ばしている。
「よ、よろしく、っス」
赤司っちの表情の変化に怯えながら、やっとそれだけ返した。
なにがあってもどんなやつからも妹を守る、いいお兄ちゃんの顔をしている。
殺気を纏う程に。
赤司っちが双子だなんて、そんなこと初めて知った。

「涼太」
「なん、スか、赤司っち…」
半歩後退って構えながら、笑みを湛えている彼の次のことばを待つ。

「外周だ。すきなだけ走ってくるといい」

ですよね―――!!!!
「はいいいぃい!」
俺は体育館を飛び出した。


その後、俺は改めて知ったのだった。
みはなちゃんはやはりよくモテるのだそう。そしてよく告白をされては必ず同じ返事をするという。

「私、お付き合いするならお兄ちゃんよりバスケ部が強い人じゃないとだめなの」

そして1on1をするよう勧めると、相手は逃げ出すか返り討ちにされるか、二つに一つの末路を辿る。
因みに、そのみはなちゃんとの交際条件を設定したのは赤司っち自身だが、部活中に時間を割くのを良しとしない為に休憩時間に受けて立っている。
俺は今まで何度かそれを見かけていたのだが、部員を指導しているのだと思っていた。
さすが赤司っち熱心っスねーと呑気に見ていたが、言われてみればあれは指導の1on1などではない。
いつも本気で瞬殺し、相手は顔面蒼白で逃げ出していたのだから。
思い出して背筋に悪寒が走った。


俺の淡い恋はこうして打ち砕かれ、再び彼女を眺めるだけの日々。
練習中に赤司っちに会いにくるみはなちゃんをこっそり目で追いながら、肩を落とすのだった。

「黄瀬くん、早くお兄ちゃんより強くなってね」と言われて闘志を燃やすようになるのは、まだ少し先の話。

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