バレンタインこわい

(※帝光時代)


 
「赤司くん!これ受け取って下さい!」

本日2月14日、企業の陰謀渦巻くカカオの日。
帝光中学バスケ部主将赤司征十郎は、顔を真っ赤にして自分にリボン付きの箱を差し出す女子生徒を前に立ち止まった。
登校中、これで何度目だろう。
零れそうになる溜め息を飲み込み、赤司は僅かな笑みを浮かべた。

「すまない、今は両手が塞がっていて受け取れなくてね。気持ちだけもらっておくよ」

その返事を聞き、隣を歩く同じくバスケ部の副主将緑間真太郎も溜め息を飲み込んだ。
これで何度目だろう、と。
緑間は呆れながら涼しい顔の赤司の手元を見下ろすが、現在に至るまで彼は一つたりとも差し出されたそれらを受け取っていない。
左手はスラックスのポケットの中、右手はバスケットボールを弄っている。
普段の赤司はそんなものを持って登校などしていない。断る口実にする為、わざわざ自宅から持って来たのだ。
緑間からすれば不自然極まりないが、身内でなければそれをおかしいとは思わないのだから便利なものである。

よって、赤司の断りを押し切ることの出来る者がいるはずもなく、女子たちはみな大人しく引き下がっていく。

「なにか言いたげだな、真太郎。一応聞こうか」
含みを持たせた笑みで、赤司はバスケットボール弄りを再開した。
「…明白すぎるのだよ。それでは知恵をつけた者が他の部員に預けるという手段に出るまで、時間の問題なのだよ」
緑間は眼鏡のブリッジを押し上げ懸念を口にする。とばっちりを喰らうのは御免だと言いたいのだが、
「他人に預けるようならくれてやるさ」
赤司の口振りでは、まるで自分が嫉んでいるかのようである。
無駄だとは解っていたが、緑間はいよいよ溜め息を吐いたのだった。

赤司が朝からいくら差し出されど頼まれど、下らない理由で女子からの菓子類を受け取らないのにはちゃんとした理由がある。
どうしても、本命として受け取りたい相手がいるのだ。
名を、櫻本みはなといい、バスケ部で二軍のチーフに当たる立場のマネージャーを務めている。
連絡を取り合う機会も少なくはなく、そうしている内に彼女のことが気になるようになったらしい。
詳しいことは緑間も知らないが、
「可愛いだけなら傍に置いておく意味はない。だが彼女は、傍に置いておけばいいというものでもない」
と言っていた。
取り敢えず、彼女に対し並々ならぬ執着があることは確かである。

「(櫻本もどうせ赤司へのチョコなりなんなりを用意しているだろう。さっさと渡すのだよ…!)」
今は期待を寄せている赤司も、早く彼女からのチョコレート手に入れなければ経時的に機嫌が悪くなっていくこと請け合いだ。
そうなれば、その苛立ちが発散されるのは他でもない部活動時。
緑間はまだ見ぬ恐怖に身震いを覚えた。


昼休みになっても、赤司はまだ彼女からのチョコレートを受け取っていなかった。
いつものバスケ部のメンバーで昼食を摂りながら、緑間の緊張は確実に高まっている。
賢明に極力発言は避けていたが、その緊張の糸を爆発させる人間が彼等の中にはいた。

「黄瀬く〜ん、これよかったら食べて〜」
「私も私も!」
「はい、黄瀬くんの為に作ってきたの!」
黄瀬くん黄瀬くん黄瀬くん黄瀬くん…

「(いい加減にするのだよぉぉおおお!!!!)」
緑間は群がる女子生徒たちの中に黄瀬を投げ飛ばして放り込んでやりたかった。
バスケ部入部前から元々知名度の高かった黄瀬のこと、現在進行形で引っ切り無しに彼の元に菓子類が届いている。帝光ではバレンタインとは黄瀬とそのファンの女子生徒たちの為のイベントと言っても過言ではなかった。
「すごいですね、黄瀬くん」
「こんなにもらっても、流石に困るっスけどね…」

「(だーまーるーのーだーよぉぉおおお黄瀬えぇえええ!!!!)」

緑間は無表情の下で滝のように汗をかいていた。
青峰も紫原もそれなりにもらってはいるようで、「食えりゃなんでもいいよな」「えー俺まいう棒がいいしー」などと会話を交わしている。
ここに、たった一人からのチョコレートを待ち侘びて、朝から夥しいほどの数の女子からの贈り物をのらりくらりと躱し続けている帝光中最恐の男がいるというのに。
このままでは最狂に格上げされてしまう。

「で、緑間っちはぁ、いくつもらったんスか〜」

唐突に振られた物騒な話題に、緑間は危うく口に含んだばかりのお茶を噴いてしまうところだった。
向かいに座る黄瀬が、テーブルに肘をついてニヤニヤと彼を見ている。
その問いに答えたのは、盛大に噎せた緑間の隣に座る赤司だった。
「二つだよ」
今度こそ噴いた。
「うわっ汚ぇな緑間!」
青峰の非難も耳に入らない。

何故知っている。

その疑問が一瞬にして緑間の頭を占めた。
本当は、赤司のこともあって断ろうとしたのだ。しかし、何処かで赤司が見てはいないかと辺りを警戒しことばを詰まらせている間に押し付けられてしまい、結果手元に二つの箱が舞い降りた。

「へ〜やるじゃないっスか」
という嫌味にしか聞こえない黄瀬のことばも、やはり耳に入らない。

緑間は横からの圧力に身構えた。

「(……?)」
赤司は、機嫌が悪くなるどころか今朝よりテンションが上がっているようにすら見える。
勿論平生とは微々たる違いしかなく、気付いているのは精々緑間か黒子くらいだろう。
却って不気味であることこの上ない。
どんな伏線かと緑間が戦慄したとき、

「あ、赤司くんだ。みんな今日はここで食べてたんだね」

今の彼の緊張を解す唯一の人物、櫻本が現れた。

「みはな」

彼女を呼ぶ赤司の声は明らかにテンションの高さを隠しきれていない。
さすがこれには青峰たちも気付いたであろう。

友人と二人で食堂に寄ったらしい彼女は、赤司の元へ歩み寄ってきた。
しかしまず黄瀬の収穫が目についたようで、
「黄瀬くんすごいチョコの量。一軍に上がってますます人気者だね」
「はは、食べきれないっスわ」
などと世間話を交わす。
そしてその黄瀬と比較するように赤司を見る。否、赤司の手元やポケットを観察している。彼もそれを咎めない。
やがて、なにに納得したのか彼女はうんうんと頷く。
「誰からも受け取ってないみたいだね」
「当たり前だろう」
「その調子で、放課後、部活終わるまで頑張ってね」
「ああ」
ひらひらと手を振ると、友人の元へ戻っていった。

「あれ誰?」
紫原が食後のお菓子を咀嚼しながら尋ねた。
「二軍マネージャーの櫻本みはなだ」
赤司が静かにお茶を啜って答える。しかし尋ねた割に、紫原は興味なさげにふーんと返すのみ。
「なんスか、誰からも受け取ってないって」
食いついてきたのは黄瀬だった。
「彼女とは今日ゲームをしているんだ」
「ゲーム?」
「部活が終わるまで誰からもバレンタインの菓子を受け取らなかったらオレの勝ちで、みはなからチョコレートがもらえる」

緑間は絶句した。
今朝から今までに消費したエネルギーを返せと言いたかった。

そんなゲーム、赤司がクリア出来ない訳がないだろう。
元から解っていて、櫻本もチョコレートを用意しているに違いない。



彼の予想は的中、その日の部活終了後、二軍体育館の片隅で櫻本からチョコレートを受け取っている赤司の姿を見掛けた部員が数名いた。

「はい、赤司くん。ゲームクリアおめでとう」
「当然だろう。みはなからの手作りチョコレート、有り難く頂くよ」
「赤司くんに受け取ってもらえるたった一人なんて、嬉しい」
「それはオレの方だ。オレはみはなからしか欲しくなかった。みはなのたった一つを手に入れられて嬉しいよ」

しかしその部員たちは見て見ぬ振りをしたという。


そして部室に戻ってきた赤司は黄瀬に、
「哀れなことだな、涼太。果たしてお前は帰宅後にそれらを食しながら、何人の顔と名前を思い出し一致させることが出来るのだろうな?」
と傍迷惑に勝ち誇ったとか。


この一連の出来事がきっかけで、緑間はバレンタイン当日を迎えると反射で身体に緊張が走るようになったとか。

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