そっくりの野良猫だったから

 
「みねこー?何処行ったのー?出ておいでーみねこー!」

ここは桐皇学園、時間は放課後。
私は敷地内を只管歩き回っていた。
がさがさと植え込みを掻き分け、建物の陰を覗き、みねこを捜していた。

「みーねーこー!」
…いない。
お昼ご飯の残りが入ったビニール袋を握り締めた。
何処行っちゃったんだろう。

「みはなちゃん、さっきからなにしてるの?」
途方に暮れて立ち尽くしていると、今から部活に向かうところらしい同じクラスの友人に話し掛けられた。
「さつきちゃん」
長くてきれいな髪を靡かせながら、こちらへ小走りでやってくる。
「なにか探してるの?」
「みねこ捜してるの!」
「(みねこ…?) 友達?」
友達、かな。野良にしてはよく懐いてくれてたと思うし。
「うん。フルネームはあお・みねこ、ここ最近学校の敷地内を闊歩してた雌のねこちゃんなの」
この時間この場所で餌をあげるのが日課になってたんだけど、今日はいなくて。
そう説明すると、さつきちゃんはへぇ、目を少し見開いた。
「あの猫、みねこって名前だったんだ」
「私が勝手に名付けたんだけどね」
胸を張って答えると、さつきちゃんが頬を引き攣らせる。
「みはなちゃんが?まさか、あお・みねこって…」
そう、そのまさかだよ、さつきちゃん。
「よくぞ気付いてくれたね!そう、あの健康的な茶色の身体、深い青の眼、ふてぶてしい表情、青峰くんみたいなねこで女の子だから――青峰子!」
「んだとコラ」
「ギャー!!」
頭に激痛が走った。
「青峰ぐ、いだいいだいいだいよー!」
思わぬ形の御本人登場に、私の頭蓋骨が悲鳴を上げる。手足をばたつかせて抵抗するも意味はなく、目尻に涙が滲み始めた。
「青峰くん、なにしてるの!みはなちゃんを離して!」
「ああ?うっせーよさつき。こいつが悪いんだろ」
「画は完全に弱い者いじめだよ!」
そーだぁそーだぁ!もうそろそろ私の脳漿が圧力に負けそうだ。ぶち撒けてしまう。
「チッ」
さつきちゃんの睨みが効いたのか、舌打ちをして鷲掴みにしていた私の頭を解放した。
「うぅっ、酷いよ青峰くん」
思わず頭を押さえて蹲る。さつきちゃんもしゃがみ込んで撫でてくれる。
みねこは青峰くんみたいで放っておけなくて、可愛がってたのに。
いなくなっちゃうし、青峰くんからはこの仕打ちだし、今日はなんて悲しい日なんだろう。
めそめそ泣き出すと、
「大ちゃん!みはなちゃんに謝って!」
「なんでだよ!」
さつきちゃんが青峰くんを叱ってくれた。
でもごめんね、違う。違うんだ。
みねこに会いたいの。
青峰くんには、さつきちゃんの声しか届かないから、私はみねこを大切にしたかったんだ。
「チッ」
未だ啜り泣く私に、青峰くんはまた舌打ちをする。
「面倒くせえな」
と吐き捨てると、私の腕をぐいと引っ張った。
いたた、今度は腕がもげる!
「ちょっと大ちゃん!」
さつきちゃんも慌てて制止する。が、彼は聞く耳を持たず私を無理矢理立たせると、引き摺るように大きな歩幅で歩き始めた。
「ちょ、ちょっと青峰くんや?」
「うっせー行くぞ」
私は足を縺れさせながら、なんとかついていく。
「大ちゃん!何処行くの?部活は!」
「行かねーよ。こいつほっといたらずっと泣いてんだろ」
「もう!今日だけ特別なんだからね!」
言っている間にさつきちゃんの声がどんどん遠くなって、気付いたらもう校門の外だった。

掴まれている腕はやっぱり力が少し強くて痛いけど、驚きの方が大きくて涙は引っ込んでしまっている。
「青峰くん?本当に何処行くの?」
「お前あの猫捜してんだろ」
「そ、そうだけど…」
「今日、校務員のオッサンに学校から追い出されてるとこ見た」
「え!?」
じゃあ、もう会えないんだ。
どうしよう、みねこ一人ぼっちになっちゃうよ。
渇いていたはずの涙がまた溢れそうになる。
「あーもう泣くな。俺が泣かせてるみたいじゃねえか」
「だって、だって」
鼻を啜ると、立ち止まってがしがしと乱暴に頭を撫でられた。本当に、彼は力加減というものを知らない。
「だから捜してやってんだろ。この近くの境内に猫の溜まり場があんだよ」
「え……」
おら行くぞ、と青峰くんが再び歩き始めた。
「うん!」


「あっ!みねこだ!」
青峰くんの推測通り、みねこはその神社にいた。他の猫と数匹、屯していたのだ。
「仲間に、入れてもらえたのかな」
「多分な」
じゃあ、もうひとりぼっちじゃないんだね。私がパンをあげなくても、逞しく生きていけるんだね。
「よかった」
これが、最後だよ。
私は今日の分、と手にしていたパンを袋から出して千切る。それを撒いて、私と青峰くんは神社を後にした。

「青峰くん、ありがとうね」
「…別に。泣かれたままだったらこっちが気分悪いだろ」
やーさしーい。
私はにんまり笑って青峰くんの顔を覗き込んだ。
「俺をからかうたぁ上等だなコラ。もっかいかましてやろうか」
鳴らされた指のぼきぼきという音にフラッシュバックが起こる。
「ごめんなさい」
青峰くんはわかりゃいんだよと手を下ろした。
暫く無言で歩いていたが、走り込みをしている野球部と擦れ違って青峰くんの部活のことを思い出す。
「ねえ、青峰くん」
「なんだよ」
「青峰くんは、部活いいの?」
「あ?」
「みんなのところに、戻らなくていいの?」
「……」
私の問いに、彼は黙った。
みねこのことがあったからさぼらせてしまったけど、本当は今日は行くつもりだったんじゃないのかな。
「ごめんね、私が邪魔しちゃったんだね」
そうだ、こんなの本末転倒じゃないか。
ことの重大さに気付いて素直に謝った。
「んだよ、気持ち悪いな。別にいんだよ」
なのに、青峰くんは私の懸念を一蹴する。
「心配そうな顔してんじゃねー」
「で、でも」
必死に食い下がる私を、青峰くんは鬱陶しそうに見下ろした。
「わーったよ。明日は出る。それでいいだろ」
「…!うん!」
おら帰んぞ、送ってやったらたらたら歩いてんじゃねえ。私が青峰くんのことばを飲み込んでいると、彼は先に歩き出してしまいみるみる内に距離が開いていく。
「待って!」
離れていく背中のその向こうで青峰くんが考えていることなど露程も知らず、私は慌てて彼を追い掛けた。

(みはなといる方が今日は大事だったとか、言える訳ねえだろ)



(猫の生態とか知らない)

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