他に誰もいない

 
なんで私だったんだろうね?



「はは…」
机に肘をついて窓の外を眺めていると、渇いた笑いが漏れた。

(いた)

校庭で体育の授業を受けている、恋人の姿。
目で追っていたら、いつの間にかどんな場所にいても見つけられるようになってしまった。
元から、赤い髪なんてそうそう人混みに紛れられるものではないけれど。

なにとも混じりたくない、誰とも関わりたくない。
只管海の底を這うように生きていたかった私の怠慢を唯一人許さなかった人、赤司征十郎。
煩わしいと厭世を気取っていた私を囲む嘘を、彼は無遠慮に打ち破って私を引っ張り上げた。
視界が鮮明に拓けた明日が待っている訳でもなく、褪せた日々の綻びをただ持て余していた私の狡さを、彼は見逃さなかった。

「本当は、怖いんだろう」

酷いことを言うものだと思った。
そっとしておいて、と喚かずにはいられなかった。
なにものにも囚われまいと鈍らせていたはずの感情を、片や赤司は引っ掻き回して不敵に笑った。

「転げ落ちて来い。君に触れていいのが、僕でなければ他に誰がいる?」

立ち止まっていることなど出来なかった。我が儘な振る舞いを許してくれる人が、欲しかったから。

誰の腕からも突き放された記憶しかなかった。
いつも、何度も、赤司はそれを塗り替えてくれる。

「君が自らくすんでいくのを、看過出来ない。未来を無色に塗り潰してはいけないよ」

おかしなことばかり言っては私を困らせるが、そのことばの羅列は私を濯ぐものであり、耳に心地好い。
繋いだ手を強く握られれば握られる程、私は上手に呼吸が出来るのだ。

終業のベルと同時に、私は教室を飛び出した。
自由に生きたい気持ちは変わらなくても、自棄になったように過ごすのとは違う。
緩い日々を辿って、拙く笑って、赤司の傍から決して遠くへは離れていかない。
否、もう離れられない。

「赤司」
廊下の向こうから歩いてくる人の波に呼び掛けた。
「赤司、赤司」
私の為に、重たい空を切り裂いてくれる人。
なに一つ返せなくても、待っていてくれる人。

「どうした、みはな」
彼に向かって広がっていく感情が、愛しさであると教えてくれた人。
私を見つけて、手を引いてくれる人。

それが、私にとっての赤司征十郎。

「教室から体育してるの見えたから」
まだ息が整わない内に対峙してしまい、
「そうか」
「うん」
「走ってきたんだね。髪が乱れているよ」それに気付いた赤司は苦笑した。
「別に、髪くらい」
赤司の手が、私の髪を何度か梳いて撫でる。
「これでいいよ」
「ん」
その手が、今度は俯いて頷いた私の手をとった。
「冷たいものが飲みたいんだ。みはな、自販機に買いにいこう」
「しょうがないから一緒に行ってあげる」
「ああ」
下を向いたままでも解る。
赤司がふ、と口元で笑みを作った。


この焼けるような感情を鎮めてくれるのも、見なくていいものを隠してくるのも、私を埋めてくれるのも。

(全く以て赤司の言う通りだよ)

あなたじゃないなら、誰がいるだろう。



(♪Stone/天野月子)

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