向かい合って席につきながら、私は本を読む振りをしていた。
この状況で本など読める訳がないのだ。
(黒子くんの髪、きらきらしてる…)
目の前に、黒子くんがいるのだから。


栞を挟んでいく


昼休みの図書館、窓際のテーブルで二人して本を開きながらその穏やかな日差しを享受していた。
私たちは先日付き合い始めたばかりで、まだお互いに手探りなどことが多々ある―――すきなもの、苦手なこと、頑張っていることや休日の過ごし方。
本の好みなら解るのに。
早く沢山知りたい。
いつでも、彼のほしいことばをあげたい。

しかし、お互いに控え目な性格をしている所為か交わすことばは多くない。
そこからいつも私は黒子くんの優しさを汲み取り、必死で注意深く表情を覗き込む。そうして、裏表のない彼は何処までいっても誠実だと知ってますますすきになっていくのだ。

(私からも、もっと話しかけてみたい…)

結局待つばかりだけれど。
黒子くんは私を焦らせるようなことを言わない。
(甘えすぎかなあ)
クラスが違うから、彼は部活が忙しいから、委員会しか接点がないから、言い訳なんて探せばいくつもある。黒子くんは、どう思っているのだろうか。今どんな顔をしているのかは伏せられていて解らない。しかし瞬きの度に黒子くんの睫毛が揺れるのを見つめて、私はふと口元を緩めた。

なんでもない瞬間を大事に思う。
その一方で、現状に満足していない自分に気付いて、最近はどうも考え込んでしまっている。
(例えば、私は…)
彼のなにを知りたいだろう。
本を読むことは既に諦めた。
再び黒子くんの髪に戻した視線をゆっくりと下げていく。
ふと、ページを捲る手に目が止まった。
手を繋いだことは、ある。
二、三度だけだが。
決して大きな手ではない。勿論わたしのものよりは大きいが。温かくて、骨張っていて、爪は綺麗に切られていて…自分の手に残る感覚に勝手に赤面してしまった。
(触りたい、なぁ)
ふとそんなことを思って、いやいやと慌てて考え直す。
なんてセクハラ紛いな思考だろう。本人を前にして、そんな邪な目で見られているなんて黒子くんは思ってもみないはず。

「参宮さん、そんなに見られていると恥ずかしいです」

ですよね。
って、え!?
「なんで、知っ、え、」
黒子くんが少し頬を赤く染めて、困惑気味に微笑んだ。
こちらは驚くどころではない。まさか、考えていたことまでは読まれていないとは思うが。
「僕も見てたからです」
「へっ?」
思いもよらない答えに、間抜けな声が出た。
「参宮さんの手」
「っ!」
黒子くんによると、彼も何度か私の手を見ていたらしい。その度に一向にページを捲らず読み進んでいないのを不思議に思って、私の目線の先を追った、と。
「は、恥ずかしいな…ばれてたんだ」
私は彼と目を合わせられず、視線を外しながら髪を耳に掛けた。
「お互い様ですよ」
と黒子くんは笑って本を閉じ、立ち上がる。
「?」
まだ昼休みが終わるまで時間はある。どうしたの、と尋ねたら「ここではお話しできませんから。外へ出ましょう」と彼がドアの方を指差した。
訳はよく解らなかったが、私も本に栞を挟んで席を立つ。
図書館を静かに出ると、黒子くんは私に手を差し出した。
「繋いでも、いいですか」
「…うん」
願ってもない申し出に、私もおずおずと手を伸ばす。
遠慮がちに握られ、私は歩き出した彼の少し後ろをついて歩いた。

暫く移動を続け、図書館ほどではないが午後の日が差し込む渡り廊下で黒子くんは立ち止まった。
ここには殆ど人気がなく、騒がしい声は遠くから響いてくるのみ。
「すみません、突然」
「ううん」

(話ってなんだろう…)

さっきの沈黙とは違う、二人きりの空間。
嫌じゃない。でも、落ち着かない。俯いて落ちてきた髪を意味なく撫でつけた。
くすり、と隣から小さく笑う声が聞こえてくる。
「?」
私が顔を上げると、彼はすみませんとまた謝った。
「参宮さんは、照れると髪を触る癖があるんですね」
「えっ」
思わず私は自分の左手を見る。
そういえば、そうかも。
「よく、見てるね」

「参宮さんが僕を見ているよりも、多分見てます」

「く、黒子くん…?」
私が黒子くんを見てるのもばれてるし、いきなりカミングアウトされてるし、正直今の事態を理解出来ない。
彼は「気の利かせ方が、解らなくて」と切り出した。
「うん?」
「一緒にいられるだけでいいと思って、図書館しか思い付かなかったんですけど…」

やっぱり、声も聴きたいし、君の手に触れたいです。

躊躇いながら告げられた、私と同じ願望。
「そう思って、参宮さんの手を見てたんです」
きっと私たちは今、同じ表情をしていることだろう。
上手く言えないけど、もしこれが以心伝心というものなら。
「同じ、だと思います」
私は先日の彼のことばを思い出す。
「参宮さん?」
どうか、どうか知ってほしい。
「私も黒子くんに触りたいって思ってた…なにを話せばいいのか解らないけど、黒子くんの声が聴きたいって思ってたの」
私から、もっと黒子くんに歩み寄りたいのだと。
「おんなじだと、思わない?」
私たちは、もっともっと、近付けるはずだと。

「おんなじ、ですね」

そう彼が微笑めば、私たちの手は自然に繋がった。
体温を共有して、互いの胸の内を知っていく。
「テツヤくん」
彼の名前が、口をついて出てきた。

「…璃和ちゃん」

少し目を見開いて、彼も私の名前を呼んでくれた。
初めて名前を呼び合ったのに、それが自然なように落ち着いて。

すきです、と伝えるよりももっと、温かい響きを持っている気がした。



栞を挟んで、少しずつ進んでいく私たちの日々

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