一週間後

 
『もしよかったら、来週末一緒に何処か出掛けませんか』

これは、二人で、と捉えてよいのだろうか。
「(黒子くんからの、お誘い…)」
彼とは先程、彼の教室の前で別れたばかりだ。部活に向かう途中で、メールをくれたのだろう。
タイミングもさることながら、内容にも驚きながら快諾の返事を打つ。
「デート、みたい…」
とごちてみた途端、顔から蒸気が上がった気がした。
「(まさかそんな、で、デートだなんて)」
悲しいかな黒子くんは友人だ。友人なら、休日に一緒に出掛けるなんて普通だ。

約束の日まで何度か会ったりメールのやり取りもあったが、日時と待ち合わせ場所を決めた以外は全く普段の彼の様子と変わらなかった。
自分だけが、過剰に意識しているのかもしれない。
「(いや、態度がなにか変わったら変わったで対処出来る自信ないからいいけど…)」

気持ちに靄がかかったまま、その日を迎えた。待ち合わせは駅前。
一歩一歩足を近付けていくにつれ、心臓が制御出来なくなっていく。
ちゃんといつも通りの顔で挨拶をして、それから誘ってくれてありがとうって言って、それからそれから…
「(あれ? いつも通りって、私どうしてたっけ)」
足がぴたりと止まった。
「わからない…?」
どうしよう。こんなのじゃ、会えない。
自分の下心に気付いてしまった。
折角、黒子くんが誘ってくれたのに。わざわざ、私が見たいって言っていた映画を選んでくれたのに。
一日彼と一緒で、普通には過ごせない。
そんな重要なことに今更気付いてしまい、急に怖くなった。
しかし時計は止まらない。
「(遅刻は、だめだ)」
なんとか足を前に出そうとしたそのとき、
「参宮さん」
「わあぁあっ」
後ろからぽんと肩を叩かれた。
「く、黒子くん…」
振り返ると、彼だった。
「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが」
「ううん、私遅かったかな」
心の準備が出来ていない。黒子くんの顔を見ることが出来ず、俯いて首を横に振った。
「いえ、僕の方が後から来ました」
「そ、っか」
彼は、やはりいつも通りだ。私も落ち着かなくては。初めて見る私服にときめいている場合ではない。
そう思っていた矢先、
「行きましょうか。僕、今日ずっと楽しみにしてたんです」
ゆっくりなスピードで歩き始めた彼は容易く爆弾を投下してみせた。
「っ…、うん、そそそ、そうだね」
映画のことだよね? 映画を楽しみにしてたんだよね?
「すごく評判いいもんね、原作に忠実に描写されてるって」
吃りながら相槌を打つと、黒子くんが首を傾げた。
「映画のことではありません」
「へっ?」
「映画も楽しみですが、僕は参宮さんと出掛けるのを楽しみにしていました」
なんでそういうことさらっと言えちゃうんだろう。
穏やかな笑顔は学校で話しているときと全く同じもので。
「黒子、くん…」
私もって言わなきゃ。彼のことばが例え社交辞令だったとしても。
今日はまだ一回もまともな会話をしていないどころか、目だってちゃんと合わせていないのだから。
「と、思ってたんですが」
そうこうしている間に、遂に私の態度を不審に思ったらしい黒子くんが徐に足を止めた。
「参宮さん、体調悪いですか」
「えっ、全然! 元気だよ」
「そうですか? いつもと様子が違うので…目も、合わせてくれませんね」
もしかして、無理していますか。
僕と出掛けるの、嫌でしたか。
そう言う彼の表情が曇った。
「ちが、」
「すみません、僕ばかりが浮かれてて」
違う、そうじゃない。
私だって今日をすごく楽しみにしていた。
最近会話が増えた気がして、ずっとずっと、浮かれていたのは私の方。
私の為の映画を選んでくれたことも、黒子くんの私服を見ることが出来たことも、なにもかもが嬉しかった。
言いたいことはたくさんあるのに、喉の奥から出てこない。
「帰りますか?」
覗き込んできた彼の顔は本当に私を心配していて、申し訳なさそうに眉尻を下げている。
そこまで彼に言わせて、
「いやだ…!」
漸く声が出た。
同時に涙も。
「ごめ、黒子く、私も今日のこと、ずっと…楽しみに…ごめん、なさ、ごめん、ごめんね」
ひっくひっくとしゃくり上げて途切れ途切れにことばを紡ぐ。
緊張のあまり泣き出してしまうなんて最悪だ。人目もあるのにこんな醜態を晒して、これでは本当に黒子くんは帰ってしまう。
そんな私の予想を、彼は打ち砕いて背中を摩ってくれた。
「参宮さん、大丈夫ですよ。何処かで休みましょうか」
温かい手に引かれ、ファミレスに入った。端っこに席をとってくれて、私たちは向かい合う。涙は引いたが名残でまだ少し落ち着かない私を気遣って、ある程度騒がしいところを選んでくれたのだろう。
ここなら、誰も人のことなど見ていない。
「温かいものでも飲みましょうか。ココアでいいですか」
「ん…」
私が頷くと、黒子くんが店員さんを呼んで注文してくれた。降旗くん曰く彼は影が薄いらしく、店員さんが少し戸惑っていたが。店内の片隅で私が一人座っているように見えたのだろうと黒子くんは苦笑した。
「すみません、なんか格好悪いですね」
「そんなことないよ、私こそ…ごめんね」
「いえ、元はといえば僕が」
「ううん、私が」
「僕が」
「私が」
お互い譲らない謝罪の被せ合いになって、どうも決着がつかなさそうになったとき注文していた二人分のココアが運ばれてきた。二人で顔を見合わせて、思わず小さく噴き出してしまう。
「可笑しいね」
「ですね」
「(…あ、これだ)」
いつもの感じだ。
肩の力がすっと抜けた。こんなに簡単だったんだ。
なんでもなく楽しくて、嬉しい。私はマグカップのそれを一口飲んでから、口を開いた。
「あのね、黒子くん。私、今日すごく楽しみにしてたの」
でも、一日黒子くんと一緒だと思うと緊張しちゃって、いつも通りに出来なくなっちゃったの。
黒子くんはいつも通りなのに、私ばっかり意識してて迷惑までかけて。
ごめんね。
呼吸を整えて訳を話すと、彼は丁寧に聞いてくれた。
「そうだったんですね。参宮さんがそんな風に思ってくれてて、嬉しいです」
「え?」
「でも、迷惑だなんて思ってませんから」
僕も緊張していましたしね。
そう付け足して、黒子くんもマグカップに口をつけた。
「嘘だ」
「嘘じゃありません」
私が断言すると、彼は小さく唇を尖らせる。あ、かわいい。
「参宮さんとこんな風に過ごせることをすごく大事に思っている分、失態があってはならないと」
「ど、どうして…」
ふと私が疑問を口にすると、
「それを訊きますか」
黒子くんは少し困ったように笑った。
「訊いたらだめだったら、訊かない」
だめではありませんが、と彼は前置きをしてから姿勢を正した。私も釣られて手を膝の上に載せ、背筋を伸ばした。
「僕は、君のことがすきなんです」
「………え?」
「だから、委員会で代理をしたのも親切なんかじゃありません。ただ、参宮さんに近付きたかったんです」
言い終えると黒子くんは申し訳なさそうに少し萎縮した。
すみません、こんなのって迷惑ですよね、と。
一方の私は必死に彼のことばを理解しようとする。
「(すき? 黒子くんが…私を?)」
それは、私が黒子くんをすきなのと同じなのだろうか。そんな都合のよい解釈をしてもいいのだろうか。
「一応、答えだけもらえませんか」
あ、とか、う、とか金魚みたいに口をぱくぱくさせている私を、彼が見据えた。
「こ、答え…って、あの、黒子くん」
「はい」
「私も、黒子くんが、すき」
だけど、本当に?という疑いの気持ちが拭えない。
「おんなじ“すき”なのかわからなくて…私、浮かれていいのかな?」
勘違いだったらどうしよう。熱くなる頬を抑える。
黒子くんは声もなく目を見開いたあと、
「僕は、同じだと思います」
ふ、と笑って肯定をくれた。
「僕と、付き合って下さい」
その一言が私の心の靄を晴らして、指先にまで熱が広がる。それなのにまた涙が溢れてきた。
「うん…私も、黒子くんの近くにいたいよ」
涙を拭う手に一回り以上も大きな手を添えられた。
私は、こういう彼の温かさをすきになったのだ。
「是非、よろしくお願いします」
自然と、この笑顔は私の為に向けられたのだと信じることが出来た。

(手を繋いで、歩きませんか)

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