当日

 
まだ日の昇っていない早朝、時計のアラーム音で目を覚ますと、ゆっくり上体を起こした。暗く寒い部屋で点滅する光に気付き、光源を手繰り寄せる。手にした携帯電話を開くと、目が眩んだ。
深夜に何通もメールが届いていたことを知り、
「(そうだった)」
脳が少しずつ覚醒していく。
通学中に返信することにして一旦携帯電話を閉じ、ベッドから下りた。

今日は、僕の誕生日。
毎年特に楽しみにしているという訳ではないが、今年は違う。
心が何処か浮かれているのを自覚していた。油断すると、脳裏に映し出される一人の顔。
同じ図書委員の、参宮璃和さん。
彼女は今日、僕の誕生日を祝ってくれるのだという。
偶然、同じ委員会だったというだけで知り合った女の子だけれど、すきな本や作家の話をしていて気が合うし楽しい。最初は単純にいい人だなくらいにしか思っていなかったのだが。
他の人と決定的に違うところがあった。
彼女は何故か僕を見失わない。図書館でしか殆ど会うことはなくても、必ず見つけてくれて、優しい声で僕を呼んでくれる。
誰にでもそうなのではなくて、僕だけにだったらいいのに、なんておかしなことを最近では考えてしまう。
参宮さんに名前を呼ばれるとなんだか擽ったくて、この感情が所謂“恋”だと知ったのは、彼女がクラスメイトと話しているところを見かけたときだった。
知らない男子と話していて、何故かショックを受けた。いくら彼女が大人しいからと言って、話をする相手が限られている訳ではない。
もやもやしたのは、多分参宮さんとの距離を感じたからだろう。自分の知っている彼女は、委員会でのみ会う限られた一部でしかない。現実を思い知ったのだ。
図書館で会って話す時間を、とても大切に思っている。でも、いつの間にかそれでは足りなくなってしまっていた。
もっと色んなときに会って話したい。もっと近付きたい。もっと彼女のことを知りたい。もっと自分のことを知ってほしい。
そうして、自覚したのだった。
「(ああ、僕は参宮さんのことがすきなのか―…)」

そんなことを思うようになってから暫く、進展はなかった。
しかし、ある日。
彼女が図書委員の当番の日、いつもなら二人で座っているはずのカウンターにペアの佐々木さんの姿がなかった。
いつものように声をかけて尋ねると、佐々木さんは欠席しており、一人で熟しているとのことだった。
代理を申し出、遠慮を押し切って隣に座った。下心が全くないと言えば嘘になるが、いつも真面目に、それでいて楽しそうに委員の仕事を務める参宮さんの役に立ちたかったから。
よく見ているはずの光景が、違うものに見えた。傍にいられて、嬉しいと思った。

そんな彼女が誕生日を祝ってくれるのは、僕の些細な行いのお礼らしい。
友人や先輩からかけられたことばも嬉しかった。けれど、僕はなによりも彼女からのことばを心待ちにしていた。
そうして時間を過ごし、現在昼休みに至っている。
「お前今日おかしくねぇ? なんか落ち着きがねぇっていうか」
遠慮なく眉根を寄せながら、火神くんが言った。あの火神くんに悟られてしまうとは。
「そんなこと…あるかもしれませんね」
「はあ? なんだそりゃ。別にいいけどよ、部活で怪我すんなよ。誕生日にそれじゃ笑えねぇ」
「そうですね」
火神くんにしては真面目なことを言いますね、と言いかけてやめる。
「あ」
「んだよ」
代わりに断りを入れておくことにした。
「今日の放課後、少し用があるので火神くん先に部活行ってて下さい」
珍しいな、と彼は僅かに目を見開いた。
「別に俺は構わねぇけど。あんまり遅れっとカントクにどやされんぞ」
「…そうならないように努めます」
誕生日にトレーニング3倍は確かに笑えない。
「それでは、委員会の当番があるのでそろそろ行きますね」
「おー」
お昼の跡を早々に片して席を立った。

その日の昼休み、彼女は図書館に現れなかった。
放課後のことを思い、顔を合わせるのを恥ずかしがっていたからだなどと知る由もない僕は、
「(連絡先、とか聞いたら…嫌がられたりするんでしょうか)」
本気で悩んでいた。

終業のチャイムが鳴ると、先生はすぐに教室を出ていった。
僕もすぐに荷物をまとめ、再び図書館へ向かおうとして廊下に出る。階段のある方へ足を向けたとき、
「黒子くん」
肩をとんとんと叩かれ振り返った。こんなに人でごった返す放課後の廊下で、迷いなく僕を見付けてくれるのは彼女しかいない。
「参宮さん」
「約束通り、図書館で待っていようと思ったんだけどね。部活動遅れたらだめだと思って、来ちゃった」
眉を下げ、申し訳なさそうに参宮さんは笑った。不覚にも心臓が締め付けられて、一瞬息が苦しくなった。
「ここで渡しても、平気?」
彼女は辺りをきょろきょろ見渡した。
「はい」
人目を気にしているのだろうが、どうせ誰にも見えていない。見せつけたいという思いがないといえば嘘になるが、ああ、そんなことより早く受け取りたい。
参宮さんの思いを。
「あんまり自信はないんだけど、シフォンケーキ焼いてきたの」
彼女は手提げの鞄から淡い水色の紙袋を取り出すと、おずおずといった感じでそれを僕に差し出した。
「お誕生日おめでとう」
ちらりと覗く白い箱は、バスケットボールのシールで留められている。
「ありがとうございます」
どうしようもなく参宮さんが愛しく見えて、自惚れそうになって、受け取る手が震えた。
「美味しくなかったら、無理しないでね」
彼女は完全に縮こまっている。そんなはずがない。微かに手元から漂ってくる甘い香りが、僕の嗅覚を擽っているというのに。
「とてもいい匂いがしています。食べるの、楽しみです」
紙袋を持つ手に少し力を込めた。
「そんな…あ、ほら、もう部活に行った方がいいんじゃない?」
照れているのか、話を逸らそうとして参宮さんは自身の腕時計を指した。
「そうですね。その前に、僕からも一ついいですか」
「な、なに?」
もし誕生日に免じて許されるのなら、委員会でしか接点のない彼女に、もう少し近付きたい。緩やかにではあったが、今ではすっかり彼女のことをすきになってしまっているのだ。思っていたよりも、ずっと。
「参宮さんの、連絡先が知りたいです。教えてもらえませんか」
「私の、連絡先?」
「はい」
参宮さんは一瞬ぽかんと口を開けたものの、僕の頷きを確認すると慌てて鞄から携帯電話を出して僕の方へ向けた。
「赤外線で、送るね」
僕も同じように端末を手にして彼女に向ける。
「ありがとうございます。メールしますね。よかったら登録しておいて下さい」
本当は、メールはあまり得意ではないけれど。
「うん…うん!」
顔を赤くしながら参宮さんは二度も首を縦に振った。自然と笑いが口元から零れて、
「また当番が一人だったときは、呼んで下さい。手伝いに、すぐ行きますから」
一方的に約束を取り付けてしまった。
「く、黒子くんてば!」
その笑みが、あんまり素敵だから僕は欲張りになってしまうのだ。

参宮さんと教室の前で別れ、体育館に歩を進める道すがらメールを打った。
勿論、彼女に。

『黒子です。先程はありがとうございました。もしよかったら、来週末一緒に何処かへ出掛けませんか』

[ 2/22 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -