一週間前

 
彼とクラスの違う私は、委員会を通してしか接点がない。
しかしそのチャンスをずっと活かせずにいた。
お互いに当番の日以外も図書館にはよく足を運ぶ為、私がカウンターにいたり彼がカウンターにいたりと目線はよく入れ代わりつつも、会話も全くないという訳ではないのだが。
クラス別で割り振られている当番制では、一緒にカウンター内に入ることは殆どなく、いまいち距離が縮まらない。
つまり、今日はとてもラッキーだということだ。
「どうかしましたか、参宮さん」
僕の顔に、なにかついていますか。
眺めていた横顔がふいにこちらを向いた。
「あ、ううん。やっぱり、申し訳ないなぁって思って」
「気にしないで下さい。取り立てて予定があった訳ではないので」
穏やかに微笑まれて、私は顔が上気するのを抑えられない。こんな風に黒子くんが隣にいるなんて、俄かには信じられない。

ことの起こりは、今から10分程前。
今日当番の当たっていた私は、一人でカウンターに座っていた。ペアを組んでいるささちゃんこと佐々木さんが欠席しており、必然であった。
運よく利用者は比較的少なく、特に困ってはいなかったのだが、やってきた黒子くんが、
「こんにちは、参宮さん。一人ですか」
「うん。ささちゃんがインフルエンザに罹ったらしくて」
「そうなんですか。じゃあお手伝いしましょうか」
「え、悪いよそんなの」
「一人では大変でしょう。カウンター入りますね」
と代理を申し出てくれたのだ。はっきり断れずにわたわたしている内に、彼は失礼します、と私の隣に座ってしまった。
密かに想いを寄せている彼の限りなく近くにいると思うと、落ち着かなくてそわそわしてしまう。おかしいと思われないだろうか、そう表情を窺ってはいたところで今に至る。

彼と出会ったのは、入学して初めての委員会が開かれた日だった。
ささちゃんが担任の先生に呼び出されていて、一人先に図書館へ向かうと既に先輩がずらりと並んで席についていた。なかなか入室出来ずにいたところ、
「図書委員の方ですか」
後ろから突然声をかけられた。
「わっ、そ、そうです」
「中、入らないんですか」
全く気配がなかったことと緊張の為に必要以上に驚いてしまった。しかし彼は淡々としていて、第一印象は『不思議な人』だった。
「ごめんなさい、少し入り辛くて…」
対面してお互い一年生だと知り、僅かに緊張が解けたのを覚えている。私が苦笑いでそう返すと、「大丈夫ですよ」
とドアを開けて先に入ってくれた。
席に着こうとしたときも、どうぞ、と自分の隣の椅子を引いてくれた。
気の配り方がさりげなくて、優しい人なのだと思った。
自己紹介で彼の名前を『黒子テツヤ』くんであると知ると、顔と一緒にしっかり覚えた。
委員会が終わると、ささちゃんに少し待ってもらって黒子くんを呼び止めた。
「黒子くん、さっきはありがとう」
「いえ、あれくらい…同じ一年ですし、助け合いです」
この瞬間、彼の微笑みに私の胸は射抜かれたのだった。
「こっ、これからよろしくね」
手に汗がじんわりと浮かんで、思わず握り締めた。
「はい、よろしくお願いします」
一目惚れに近いと思う。彼がキラキラ眩しく見えたのだった。

以来、タイミングが合えば話し掛けるように努力した。元々引っ込み思案なところがあって、声をかけるのも一苦労なのである。いざ話してみるとその物腰は柔らかく、本の話もよく弾む…と私は勝手に思っているが、彼はどうなのだろうか。
話し掛けるよりただ眺めていることの方が多いようにも思うし、恋はなかなか進まないのだ。
そうしてただ時間を重ねていっても、すきだなぁとふと思う。
彼の落ち着いた雰囲気を温かく感じ、想いは膨らんでいく。

「今日は、利用者少ないですね」
回想を止めた現実の声に、私の胸は跳ね上がる。
「そうだね。黒子くん、本途中でしょ? 私は大丈夫だから」
読んでて、と言おうとして、
「あれ、黒子じゃん。今日当番だっけ」
同じ委員会の降旗くんのことばに遮られた。彼は黒子くんと同じバスケ部であり、親しげに話し掛けてきた。
「佐々木さんが欠席しているそうなので、代理です。降旗くんこそどうしたんですか」
「へえ、お疲れ。参宮さんも。俺は来月の当番表もらいに寄ったとこ」
軽く降旗くんに会釈をし、用向きを知ると傍にあったプリントを取って差し出した。
「あ、ありがと」
彼は愛想のよい笑みでそれを受け取り、カウンター上のカレンダーと見比べる。
「黒子、代理なんだったら31日代わってもらえば?」
「31日、ですか」
「誕生日だろ。そういう日くらいさぁ」
委員会の仕事することないじゃん、ということなのだろう。しかし黒子くんは特に考える込んだ様子もなく丁重にその提案を却下した。
「いえ、誕生日だからといってそういうことは…それに、これは僕が勝手にしていることなので」
「真面目だなぁ」
苦笑しつつ軽く手を振って、降旗くんは図書館を出て行った。

来週の、31日。
「黒子くん、誕生日なんだね」
当たり前といえばそうだが、知らなかった。
「はい」
「お祝いしないと」
口をついて出てきたことばに、黒子くんが疑問符を浮かべた。
「え?」
私も言ってしまってから気付く。特に親しい友人という訳でもないのに、私が彼の誕生日を祝うなんて。不自然だし、厚かましいのではなかろうか。
「えっと、違くて!部活でなにかあるんじゃない?もし代わってほしいなら、私代わるから!」
慌てて弁明するが、さすがに苦しい。
「いいですよ。参宮さんがそこまでする必要はありませんし、気にしないで下さいと言ったはずです」
「ご、ごめ…」
「僕は、参宮さんとカウンターに座れるだけで十分です」
「…え?」
今度は私が首を傾げた。
「それに、僕と代わったら参宮さんは僕とペアの人と当番をすることになるんですよね」
それは困るので、代わってもらわなくて結構です。
「く、黒子くん…?」
真意の解らないことばに、頭がプチパニックを起こす。
「以上、独り言です」
一人の生徒がやってきて貸し出しの手続きを始めた為、彼はそこで会話を切った。
「(独り言って、言ったって)」
全部聞こえちゃったし。
頭で反芻する内に、徐々に鼓動が速くなってきた。
「あのね、黒子くん」
もし、もしも。こんな私にもチャンスがあるなら。僅かな望みに懸けてもいいなら。
「私も、黒子くんとこんな風に隣にいられるのって、不思議だけど嬉しい」
黒子くんの誕生日を、お祝いしたい。
「はい」
おめでとうって、顔を見て伝えたい。
「今日の、お礼がしたいの。31日に、そう、ケーキとか…焼いてくるから、受け取ってもらいたいなぁなんて」
声がだんだんと震えてきて、ちゃんと伝わっているか解らない。彼は、私のこんな気持ちを迷惑に思うかもしれない。
目を固く瞑って返事を待つ。
僅かな沈黙を破って、黒子くんが口を開いた。
「お礼をしてもらうほどのことは、していませんが」
「う…」
「参宮さんに、祝ってもらいたいです」
無意識に、肩に入っていた力が抜ける。
「いいの?」
「はい。というか、こちらこそいいんですか」
いいに決まっている。私が、そうしたいのだから。
「うん」
大きく頷くと、
「お言葉に甘えて、お願いします」
黒子くんも笑ってくれた。

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