早く燃え尽きてしまいたかった。


それでは、信じるとしよう


(こんなの)
甘い甘い恋がしたいと思う、私の理想ではない。
そう言い聞かせて、諦めようとしていた。そうしている間に月日は流れていき、なのにその色が褪せることがない。それどころか、焦がれる想いはどんどん強くなっている気がする。
なんでだ、なんでだ。
いつまで経っても彼が私の視界から消えない。
(いつまで、こんな不毛な恋をしているのだろう)
一体、なにをしているのだろう。

解っているのに、諦められない。すきですきで、彼にも応じてもらいたくて。一方通行は、あまりに寂しくて。
三日坊主な性格の私が、彼にはもう三年も想いを寄せている。高校を卒業すれば、報われない恋など跡形もなく消え去るだろうと思っていた。


高校を卒業し、大学入学も迎え半年。
これから四年間、また苦しい思いをするなんて想像に易しいにも関わらず、彼と同じ学校を選んでしまった。
(愚かだ)
だけど、彼と離れ離れになることの方が出来なかった。傍にいて想っていても同じように辛いなら、後者でいい。贅沢な苦しみだ。彼がいれば、満たされる。
好意を伝えさえしなければ、いい距離で彼と接していられる。優しく話してくれて、気にかけてくれて、一緒にいられる。
そんなジレンマすら、もう慣れっこだった。
「お疲れ様、璃和」
彼は今日も優雅に笑う。
「玲央」
ついさっき終わった講義のテキストを鞄に仕舞っていると、私の席に玲央がやってきて話し掛けられた。
「お疲れ」
ペンケースも仕舞って、鞄の口を閉じる。
「今日は次の講義も一緒よね。お昼一緒に行かない?」
「行く」
私は、彼を見上げたまま立ち上がった。



お互いにお互いのことを「気の置けない親しい友人」だと思っている。
少なくとも、私はそう装っている。
玲央は、本気でそう思っている。
相手のことを遠くに感じているのは、私の方だけ。玲央は、他の友人たちよりも私を優先し、私との予定や連絡のやりとりを大事にしてくれる。親友、なんて言うと大袈裟だろうけど。
こんなに近しいなら恋人にしてよ、と何度思ったことか。


「明日も午後一は同じ講義だったでしょう」
学食の窓際の席で同じランチセットを食べていた玲央は、ふと手を止める。
「そうだっけ」
「そうよ」
よく覚えてるな。
勿論、とぼけて見せたけれど私も覚えていた。彼と重なっている予定は全て把握している。
「そのあとの予定は?」
「最終まで講義で夜はバイト。玲央は?」
スプーンでスープを掬いながら、問い返した。
「明日の午後は一つなの。そのあとバスケなんだけど」
彼はグラスを持ち上げて、水を口にする。
「けど?」
「夜は空いてたのよ。だから、璃和も空いてたらお買い物でもと思ってたの」
すらすらと答えはしたけれど一瞬視線を泳がせた玲央に、私はすぐにピン来た。今日は何日だっけ。
(そうか、一週間後は…)
こんな些細な違和感も見抜ける程、私は彼のことを知っている。
なのに。
「明後日なら、夕方から空いてるよ」
「本当?じゃあ、付き合ってもらえるかしら」
ぱっと安堵の表情に変わった玲央。
一週間後は、お姉ちゃんの誕生日だ。
どんな慰めも不要。呆れられるのだって承知の上で、私は玲央がすき。その彼は、私の姉・栞がすきだった。



今更、玲央と出掛けるのにめかし込む必要などない。寧ろなんでもない格好をして行った方が、自分自身の為だ。
(デートだと、錯覚してしまうから)
箪笥やクローゼットから何度も服を引っ張り出し、何通りも組み合わせて、何度も姿見の前に立つなど、時間の浪費。
お気に入りのスカートを当てながら、溜め息を吐いた。
(なにやってんだか)
いつでも想いと行動は相反する。諦めればいいのにと自棄になりながら、それでもかわいいと思われたい。
いい加減、この情熱を他のことに充てたいものだ。



待ち合わせの時間まで、あと十五分。
腕時計を見たり、スカートの裾を整えたり、ネックレスの飾りを触ってみたり。
二人で出掛けるなんて、もう珍しくもなんともない。なのに、玲央を待っている時間はいつも期待と不安で胸がいっぱいになる。
いつか、もうお姉ちゃんのことは諦めたって言ってくれるんじゃないか、私のことがすきって言ってくれるんじゃないか。
否、今度お姉ちゃんとデートをするとか付き合うことになったとか、そういう類の報告をされるんじゃないか。
好かれる努力もしてない癖に、想像力だけは逞しかった。

「璃和、お待たせ」

後ろから肩を叩かれて、振り返るといつもと同じきれいな笑み。
「待ってないよ」
私のものにはならない。



「これなんてどうかしら」
今日の玲央はおかしい。
次から次へと手に取るものが、姉の趣味と少しずれている。カップも、ストラップも、ストールも。お姉ちゃんの好みを熟知しているはずの普段の彼なら有り得ない。
「いいと、思うよ」
確かにセンスは相変わらずいいし、私はそのグロスの色もネックレスもすきだ。でも、お姉ちゃんならコスメはもう少し淡い色がいいし、モチーフはシンプルな方がいい。
「ちょっと違うかしら。璃和、これは?」
ほらまた。そのシリーズのアクセサリーなら、お姉ちゃんは隣にディスプレイされているシルバーのブレスレットの方がすきそうだ。
(わざとやってるみたい)
ピンクゴールドをよく身につけているのは、私の方。
「かわいい。でも…」
そろそろ指摘するべきだろうかと、違うものに手を伸ばそうとした。
「これいいわよね」
しかし、それを阻むように後ろからすっとネックレスを掛けられる。玲央の指先が、一瞬だけ首に触れた。目の前の鏡に、驚いた顔の私と、屈んで高さを合わせた玲央の整った顔が映り込む。

こんな、こんなひどいことって、ない。

私は無言でそのネックレスを外した。
「璃和?」
「これは違うんじゃない」
訝しんだ彼の掌にそれを返し、そう言うのが精一杯だった。
いくら“友達”だからって。いくら私の気持ちを知らないからって。
私をお姉ちゃんに見立てるなんて―――私とあの人では、全然違うのに。
やっぱり、今日の玲央はおかしいよ。
「お姉ちゃんは、こっちの方がいいと思う」
ブレスレットを手に取って見せた。
「栞さん…?」
私からそれを受け取った彼は、首を傾げる。

「ごめん、急用出来た。埋め合わせするから、今日は帰る」

目を合わせずに早口で伝えると、私は踵を返した。人込みに紛れるように足早に帰路へ帰路へ、只管急ぐ。
玲央が私を呼ぶ声など、聞こえなかった。
(やっぱり)

さっさと諦めていればよかったんだ。



帰宅して部屋に閉じ籠もると、押し寄せてきたのは自己嫌悪だった。
明日からどんな顔をして、玲央に会えばいいのか解らない。自分勝手な気持ちで、彼に怒りをぶつけてしまった短絡さが恨めしい。
自分で選んだ道だったのに。想いを押し殺してでも玲央といることを選んだのは、確かに私の意志だったのに。
好意を伝えることを選んでいたら、それだけの勇気が私にあれば、なにか違ったのだろうか。
じわりと目尻に涙が浮かんでは、歯を喰い縛って堪える。

「璃和、どうしたの。体調悪い?大丈夫?」

目敏いお姉ちゃんが、心配して様子を見に来てくれた。ありがたいけれど、複雑だ。
(私がお姉ちゃんだったら、きっと玲央は私を好きになってくれたんだろうな)

何度も何度も考えた戯言。
「大丈夫。ちょっとした頭痛だから」
膝を抱えて顔を埋めた。ごめん、ごめんねお姉ちゃん。今は、目を見られない。醜い嫉妬を、向けてしまう。
「そう。玲央ちゃん来てるけど、会えない?」

(えっ!?)

反射のように、重たかったはずの頭が持ち上がる。
玲央が?
「璃和。入れて頂戴」
足音が一つ遠ざかった代わりに、さっき別れたばかりの人物の声。
「どうして、来たの。玲央」
「話がしたいのよ。なにか誤解があるようだから」
誤解?なにが。
「大事な話よ。どうしても、早く話したいの」
嘘を吐いて逃げ帰ってきたことは、言うまでもなくばれていた。
「……」
「体調が悪くてだめなら、出直すわ」
それでも玲央は、私を責めない。
「……」
今彼の話を聞かなかったら、私たちはどうなるんだろう。
さっきまでのような並んで街を歩く二人には戻れなくなってしまうのだろうか。想いを告げることすら、出来なくなるのだろうか。

「だめじゃないよ」

私は静かにドアを開けた。



「この頃のこと、覚えてるかしら」
私の向かいに座った玲央は、二人で挟んだテーブルの上に一枚の写真を置く。
「?」
恐る恐る覗き込んで確認すると、洛山高校のバスケ部のみんなと撮ったものだった。玲央と私の他、赤司くんと永吉と小太郎と黛先輩、そしてお姉ちゃんが写っている。みんな楽しそうに、気負いのない笑顔で。
「覚えてる」
これは、三年生が引退する前にとお姉ちゃんの希望で撮ったのだ。私は遠慮して撮影係を申し出たけれど、玲央が「璃和も写らなきゃ」と手を引いてくれた。
「この間偶然出てきたの。そして思い出したのよ」
微笑ましい紙の中の彼とは対照的に、苦しそうな表情を浮かべる玲央。一体、どんな記憶が蘇ったというのか。

「私ね、高校一年の頃から璃和のことがずっとすきだったの」

静かに待っていた話の続きは、突然の告白だった。
返すべきことばが、真っ白になった頭の中では生成されない。聞き間違いでなければ、彼は私をすきと言ったのだ。
「友達の好意じゃないわ、あなたの彼氏になりたいという意味よ。勿論、今もそれは変わらない」
真っ直ぐに見つめられ、その目の熱さは私に逸らすことを許さない。
(嘘、嘘だ)
玲央はずっと、お姉ちゃんのことを見てたもの。今日のお買い物だって、タイミングから考えればお姉ちゃんへの誕生日プレゼント選びとしか思えなかった。
「……」
呆然として黙りこくっていると、彼はゆっくり写真を鞄に仕舞う。
「友達の振りをしていてごめんなさい。ずっと、今の関係に甘えていたの」
「友達の、振り…?」
私の考えがそのまま読み上げられたかのような、謝罪だった。
「でも、あの写真が出てきてこのままじゃいけないって思ったから、今日告白するつもりだったの」
そんな嘘を吐く理由もないと解っていながら、疑ってしまう。恋愛という意味に於いては、私はずっと玲央の眼中にはないと思っていたのだ。
「玲央は、お姉ちゃんがすきなんじゃないの」
彼は、私のことばに一瞬だけ目を見開いてから肩を落とす。
「やっぱり、そう思っていたのね」
だから、私だって今日まで諦めようとし続けていた。
「玲央はお姉ちゃんのことばっかり見てたでしょ」
すき、だいすき、すごくすき。
心ではいつも叫んでいた。なのに、言えなくて苦しくて。早くこんな気持ちなんかなくなってしまえと暗示すらかけて。
胸がざわついて、熱くなってくる。
「格好悪いけれど、あの頃は栞さんの目を盗むのに必死だったの」
玲央の声は、それを宥めるどころか更に掻き立てた。
「私に対する目は兎に角厳しくってね」
肩を竦める表情は、私が彼を困らせたときに浮かべるよく知った苦笑い。
「どういうこと?」
いつも「仕方ないわね」と折れてくれる優しい玲央。大学に入って人間関係が広がっても、決して私のことを等閑にはしなかった玲央。
それがもし、お姉ちゃんとの繋がりの為だったのではないとしたら。
本当に、私に沢山の感情を注いでくれていたのなら。
「璃和への下心が、栞さんにはお見通しだったのよ」
これ以上、私からはなにを言えばいいのか。
(玲央から言ってよ。全部、全部)
そう念を込めて視線を送ると、漏れなく汲み取ったかのように彼が手を伸ばしてきた。

「信じてもらえないなら、何度でも言うわ。私は、璃和がすき。あなたとともだちじゃなくなってしまってもね」

玲央の体温が、私の頬に触れる。
「…本当なの?」
「ええ」


砂糖のように甘くはなくても


鎮めようとした火を、彼が掬い上げた瞬間だった。

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