「璃和ちゃんが男の子だったらよかったのに」
「璃和ちゃんみたいな彼氏が欲しいなあ」


俺の彼女になってほしいな


中学のときから、たまに同性から言われていたこと。
その頻度は、高校に入ってから顕著に増えた。
どうして、私にそんな幻想を抱く人がいるのだろう。
付き合いは悪くないけど、いい方でもない。
メールや電話も、然程まめではない。
ただ彼女達の話を聞き、相槌を打ち、ときには慰めたり励ましたりはする。しかし、至って人並みの対応だ。
頼られるのは満更でもないといえばそうだが、男に振り回されて一喜一憂している姿を間近で見る度、心中では滑稽だと思っていた。
何度も何度も、懲りることなく恋に破れてはまた誰かをすきになる。
軽率な気がしていた。
決して、面と向かっては言わないけれど。

「大丈夫。きっと君の魅力を解ってくれる人が現れるよ」
「自信をなくさないで。これからもっと色んな人と君は出会うんだから」

あくまで優しいことばをかけるのだ。
ハンカチを差し出したり、背中を摩ったり。泣き出してしまえば放っておくことなど出来ないし、懇切丁寧に相槌を打って可及的速やかに落ち着いてもらうよう努める。
すると、私のそんな思惑など知らない彼女達は決まって冒頭のことばを口にした。
「男たちも馬鹿なのよ。ちょっと見てたら、彼女達のしてほしいや言ってほしいことなんて解るのに」
それを見落として恋人が出来ないだのと言う。
「マッチングしてないんだよ。見落としてるんじゃなくて眼中にないだけ。お互いね」
「恋人がほしいって点で一致してるなら誰でもいいんでしょう。高校生の付き合いなんて所詮は遊びじゃない」
「そうはいかないさ。人をいつ何処ですきになるかなんて解らないし、恋人っていうのは、本当に特別なものなんだ」
「面倒」
「そんなこと言うものじゃないよ、参宮さん」
「煩い。私を諭そうとしないで」
彼のことばを、一刀両断に切り捨てた。
しかし、目の前の笑顔は一切崩れない。
「というか、参宮さんはとても優しいんだね。そんなこと言いながら彼女たちを拒んだりしないじゃないか」
「はあ!?」
本当によく喋る口だ。
思わず手にしていたカップを握り潰してしまうところだった。
「人をお人好しみたいに言わないでくれる」
それじゃあ、私がいいように使われているみたいではないか。
「そうじゃないよ。なんていうんだっけ。日本で流行ってるんだよね?」
「?」
ええと、と彼は少し考え込んでから、「思い出した」と屈託なく笑った。
「ツンデレ!」
「違う」
間髪入れずに否定すると、彼は唇を尖らせる。
「えー」
「そんな日本語…誰の入れ知恵よ」
呆れて半目で見遣るが、やはり彼は動じなかった。
ストローでずずっとアイスティーを吸い上げる。さっさと飲み終えて帰ろう。
軽くなってきたカップを小さく振って残りの量を確認した。
「ノートは今週中に返してくれたらいいから」
「ありがとう。出来るだけ早く終わらせるよ」
数学と英語と地理は既に返却済みで、あとは古典と世界史だ。
(というか、全然気付いてなかったな)
私と彼が丸々同じ教科選択をしていたなんて。お陰で、部活の遠征で欠課した分の授業ノートを私が全て見せることになってしまった。
別に勉強を教える訳でもないしいいや、と思って貸したのが安請け合いだった。
お礼にお茶でもご馳走するよなどと言い出し、帰国子女ならではのスムーズな押しの強さで連行されてしまい現在に至っている。結果、シアトルスタイルカフェ・ブームの火付け役となった某有名コーヒーチェーン店で渋々こうして彼と向かうことになった訳だが、非常に彼はやりづらい相手であるとつくづく感じていた。
しかも、どうしてこんな話になってしまったのか。
(氷室くんが変なことを言うから)

三冊のノートを返そうとしていたとき、彼はずっとこちらの様子を窺っていたという。
「なかなか返せなくて参ったよ。参宮さんの周りには人が多すぎて」
「別に普通に話し掛けてこればいいじゃない」
そうなんだけど、と氷室くんは苦笑した。それしきのことで躊躇する程、彼の神経が細いとは思えない。
「なんか、周りの子が鉄壁の守備でさ」
「は?」
そんな理由で、私が一人になるのを待っていたらしかった。

「参宮さんって、沢山の女子から本当に慕われてるんだね」

それはそれはおモテになる彼が、そんなことを言ってはただの嫌味だ。そして言い返してやったら、こんな話題に。
「ずっと気になってたんだ、参宮さんのこと。どんな人なのかってね」
「ふうん」
確かにこんなノリの軽さでは、人の警戒心を掻き立ててしまうのも無理はないだろう。
「で、どう」
「どう、って?」
「気になってた私と話してみて。別にどうということもないでしょう」
帰国子女から見てなにが物珍しいのか、予測がつかないものだ。私が氷室くんの目にどう映っているかは知らないが、彼に興味津々の女子など、それこそ私の場合の比にならないというのに。
「うーん…参宮さんって、俺のこと嫌い?」
困ったように笑いながら、氷室くんは質問を質問で返してきた。
私は両肘をテーブルについて指を組む。その上に顎を乗せて、端正な顔立ちをまじまじと見つめた。
「はあ…」
「人の顔見て溜め息なんて酷いなあ」
「……」
困惑した表情すら絵になるなんて、一体どういうつもりだ。
「氷室くんって本当にイケメンね」
目を逸らしながらまた溜め息を漏らす。
「な、なにを急に」
「すきじゃないのよね」
「なにを急に……」
上げて落とされた彼は、明らかにがくっと肩を落とした。この反応、さては自分で自分の容姿に多少なりとも自信があるな。
これだからこの人種は。
「嫌いというのとは違う。好かないの」
「なんで追い討ちをかけるんだい」
コーヒーを一口飲んだ氷室くんの仕種を目で追いながら、細かくなった氷をストローでがらがらと掻き回す。
「信用ならないのよ」
「理由を聞いてもいいかな」
鏡を見て冷静に考えなさいよ、と思いつつカップをテーブルに置く。
「天は二物を与えないの。見て呉れもよくて性格もいいなんて、そんな都合のいい人間がいる訳ないじゃない」
椅子の背凭れに体重を預けた。
「?」
「胡散臭いってこと。その笑い方」
彼にご執心な女の子たちが聞けば憤慨しそうだが、愛想のいい氷室くんはどんな反応をするだろう。しかし理由を訊いてきたのは彼の方だからと、はっきりとそう言ってやれば。
「なんだそんなこと」
目を丸くしていた。
多分、ここで、これまでのやり取りの優勢と劣勢が入れ替わったと思う。
「外見は変えられないから、このままで悪いけど」
予想外の返答に、私の方が瞬間的に構えてしまった。

「性格が悪かったら、いいってことだよね?」

なんて顔をするのだろう。
勝負師が勝利の道筋を見出だしたときのような目で、氷室くんは私を見据えた。
性格悪かったらいいって、なにがいいんだ。寧ろ人間的にだめでしょうが。
「そういうことじゃないんだけど」
「でも、完璧な人間はいないって持論なんだろ」
参宮さんから見て俺の見た目がいいなら、性格に難あれば辻褄が合うってことだよねと、けろりと宣った。
確かに、そういうことにはなる…のか?
(いやいやよく考えろ)
彼の数多の胡散臭い笑みを思い出せ。
「参宮さんって、よく俺のこと見てるんだね」
「はあ!?」
「だけど、ちょっと惜しかったね」
自意識過剰にも程がある。
容姿がいいならあらゆる言動が許される、こんなことがあっていいのか。
「そんな風に捉えられてたとは思わなかったけど、まあまあ狙い通りだよ」
「…なに言ってるの」
「参宮さんはよく俺のこと見てるのに、話し掛けてはこない。だから、ずっと気になってたんだ」
「見てない」
「見てるよ。その度に俺は笑いかけてたんだから」
「なっ!」
なんですって。
彼だっていつも女の子に囲まれている。そうそう目が合うなんてことがあるはずない。
あるはず、ない。
「…そんな馬鹿な…」
しかし、思い返してみればみるほど思い出される表情は逐一こちらを向いている。
というか、思い出す程記憶にもあるというのがまずおかしい。
何故。
「そんなの、お互い見てるからに決まってるじゃないか」
だから、それが何故。
自信満々に断言したその根拠は、一体何処にあるのだろう。
「馬鹿馬鹿しい。帰らせてもらう」
付き合ってられない。彼の意図も意味不明だ。私は荒っぽく椅子から立ち上がった。
「そう。なら最後に」
引き留める素振りは見せず、氷室くんは私を見上げる。

「俺は、参宮さんが男だったらなんてとんでもないと思ってるし、君を取り巻く女の子たちを煩わしいと思ってるよ―――嫉妬深い性分なんだ」

毒気のない笑顔で彼の唇から紡がれたのは、濁った感情。
「なに言ってんの?」
「人の才能を嫉んだりするし、自分の足らなさや自己嫌悪を他人にぶつけることもある」
にこにこと、笑みはやはり一切曇らない。不審すぎて鞄を掴んだ手に思わず力が入った。
「なんの暴露?」
「性格がいいと思われたままじゃ心外だからね。あと、喧嘩も結構強いよ」
「…ああ、そう…」
そんな“わる”アピールなどされずとも、生憎と今日のこの時間で既に氷室くんの印象は180度変わっている。十数分前から、「性格歪んでるな」くらいは思っていた。
いや、元々胡散臭いとは思っていたし、360度巡り確信となって戻ってきたと言った方が正しいかもしれない。
「どう?俺みたいな男」
こういう口説き方がアメリカでは主流なのだろうか、と余所事のように考えながら私は彼を睨みつけた。
「やっぱりイケメンは嫌い」
「厳しいなあ」
どんな言動も許されると思ったら大間違いだ。私は決してそんな風潮には乗らない。氷室くんの軽い笑いを背で聞きながら、足早にその場を後にした。



翌日、私が一人だろうと女の子に囲まれていようと構わず氷室くんは話し掛けてくるようになった。
これは全く以て平和ではない事態で、双方の圧力の掛け合いが目の前で繰り広げられている。昨日をきっかけに、彼は遠慮をしなくなったらしい。
「ちょっと、鬱陶しいんだけど」
鞄から出したチョコレートを一粒口に放り込みながら、余所でやってくれと頭を抱える。
「私が璃和ちゃんと話してたの。氷室くんはあっち行ってよ」
「俺も参宮さんに用があるんだ」
「デートにでも誘うつもり?残念!今週は私と約束してるの」
「違うよ。ま、俺は昨日二人でカフェに行ってきたけど」
「なんですって?」
これまた小学生レベルのやりとりで厄介この上ない。
(はあ…)
五人の女子を相手に全く引き下がらない氷室くんは、ずっとこんな調子で興奮を顕わにする彼女たちを飄々と躱し続けていた。
どっちも面倒くさい。
因みに、日曜日の約束は私が観たい映画があると言ったら「じゃあ私と行こうよ」と言われて流れで決まっただけの予定だ。
早くチャイムが鳴らないかと時計を見上げるも、あと五分はこんな調子だろう。
なにが彼らをそこまで熱くさせるのか、全く理解できない。

「璃和ちゃんはね、私たちの理想なの。こういう彼氏がいたらなーって憧れなの。氷室くんに渡してたまるものですか!」

ヒートアップした子から発せられたお決まりの台詞。
(またか)
実際こんな彼氏いたって別にどうもしないと思う。私が同性で、叶わないと解ってるから安易にそう言っているだけのこと。しかしこれが氷室くんに火を点けたようだった。
「下らない勝手な押し付けだね。そんなことは有り得ない。璃和は今のままが一番魅力的だ」
声を張り上げていた子たちがぴしりと固まる。周りのクラスメイトも耳を欹てたのが解った。

「大体君たちは、そう言いながら自分に恋人が出来たらあっさり璃和の傍を離れるじゃないか。別れたらまた戻ってきて、調子よくそうやって祭り上げる」

薄情な付き合いだね、と彼は敵意を剥き出しにする。
(あーあ…)
気付いていたけど言わなかったことを、氷室くんは遂に口にしてしまった。
「璃和が優しいからって随分酷いことをする」

「氷室くん、それは言いすぎ」

絶句してしまった彼女たちを見ていられず、私はとうとう口を挟む。別に適度な距離を保ってそれなりに付き合っていればよかったし、ぞんざいに扱われている訳でもないのだ。
「それ以上の文句なら私が聞く。だから落ち着いて」
女の子たちを解散させて、彼を宥める。
いつの間にやら呼び捨てにされていることなど、この際気にすまい。
「璃和に文句?」
「それで氷室くんの気が済むならね。どうぞ」
「そうだな…」
しばし考え込んだ氷室くんの目をじっと見据えて、続きを待った。



強いて言うなら



彼をすきになるなんて、まさか


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