こんな天気のいい日に、かったるい数学なんざ受けてらんねえ。授業をさぼりながら中庭で寝ていた。
昼休みのチャイムで目を覚まし、身体を起こす。
「飯か…」
地面についた手が冷たいものに触れた。


輝いた


「あ?んだこれ」
手に取ってみると、その四角い金属は所謂ロケットというやつ。
チェーンから外れたのか、他のパーツは見当たらずそれ一つだけが落ちていた。
やたらと古めかしい色をしていて、世辞でも高価なものとは言えそうにない。
(興味ねえな)
手に取ってみたものの、すぐに放った。小さな金属は再び元あった場所に転がる。
本人が落としたことを気付くかどうかわからねえもんを、どうこうしてやる義理はない。



「どうしよう…ない…ない……」
絶対にここで落としたはず。
通った場所を自分の足で辿っていくが、落としものは見つからない。さっきの休み時間、友達とここにいたのだ。廊下や教室で見つからなかった以上、落とした可能性があるのはここだけだ。
屈んで叢の中も覗き込む。
あれは大事なものだし、あまり人に見られたくもない。
しかも、さっきから目を合わせないようにしてるけど四時間目の授業をさぼったのであろうなんか怖い人がいるし。
「本当に何処行っちゃったの……」
彼がこちらを見ていると思うのは、気のせいだろうか。
どちらにせよ早く見つけたい。



昼休みに入って校内全体がざわつき始めた頃、俺もそろそろ食堂にでも行くかと立ち上がった。
そこへ一人の女子が忙しなく辺りを見回しながら中庭へやってきた。その視線は常に下を向いている。
(探しもんか?)
俺はさっき放ったロケットを再度拾い上げ、その様子を暫く眺めていた。なかなかかわいいじゃねえか。
もしかしたらこれを探しているのかもしれない。
爪を引っ掛けてそれを開いた。少し軋みながら蝶番が回る。
「あ?」
元々古そうなものだっただけに、一体どんな写真が入っているのかと思えば。
「なんだこれ」
小学生くらいのガキ二人が写ったプリクラだった。
一人は明らかに知っている顔。
「リョータかあ?」
最近バスケ部でやたらと調子乗ってやがる癪に障る野郎だ。こいつ小学生のときからこんなムカつく顔してやがったのか。
もう一人は。
(決まりだな)
見比べてみると未だに目の前で挙動不審に歩き回っている女だった。
「おい」


私!?
余程目障りだったのか、遂に声をかけられてしまった。
「ひゃいっ!」
声が裏返り、身体が固まる。
「わわわ私ですか!」
見た感じ弟と同じくらいかそれ以上に身体が大きく、人相も悪いし恐怖しか感じない。スリッパの色は私と同じだが、本当に同い年かと疑ってしまう程ヤンキーとしての柄の悪さが既に確立されていた。
「そーそー」
なにごとかを企んでいそうな笑みでこちらへ歩み寄ってくる。
「探してんのはこれか?」
間近で見下ろされ足が竦んだが、その彼の手中を凝視した。
「あっ…!」
私の探していた、大事な大事なロケット。古すぎてもうアンティークゴールドのような年季が入っているが、毎日肌身離さず持っていたものだ。
「そう、これを探してたの!ありがとう!」
気付いたら、怖がるよりなにより、彼の手ごとがっしり掴んでいた。
「お、おい!」
「もう見付からないかと…本当に、ありがとう!」
ついさっきまで怖いなんて思っていたのに、握ったままの手をぶんぶんと上下に振る。感極まってじわりと目に涙が浮かんだ。
「あなた、いい人なのね!」
何度もお礼を重ね、彼の手からロケットを受け取ろうとする。
「まあ待てよ」
しかし、長身の彼が手を掲げてしまった。
「はい?」
「大事なモン拾ってやったんだから、礼が先だろ?」
にい、と彼は笑う。



あの古いプリクラから察するに、こいつはリョータの女かそれでなくともリョータを追い掛けて帝光に来た女か。何れにせよ中学以前からの知り合い。
必死にロケットを探していた様子や、それを見せたときの異常な反応からして、並々ならぬ関係があるに違いねえ。
横取りしてやるだけの価値はある。
見て呉れはいいし気に入った。
加えて単純で扱い易そうだ。探しものを拾ってやったというだけで、俺を“いい人”だなんだと勘違いしてくれて。
「お礼?」
「ああ」
それもそうだね、と女は腕を組んで俯き考え込む。
「お昼奢るとかでいいかな。今購買で売ってる苺サンドなんてどう?限定品だけど、私あれほぼ百パーセント手に入れられるの」
得意げにふふんと口角を持ち上げたこいつは、俺の腕を引っ張った。
はあ?マジで馬鹿か。
「なに言ってんのキミー」
礼っつったらそうじゃねえだろ、と続けようとした。
しかしそれは背後から飛んできた声に妨げられる。
「璃和!こんなとこにいたんすか!」
リョータか。いいところで邪魔しやがって。
「チッ」
(あ?)
今の舌打ちは俺じゃねえ。女だった。



「私が何処にいようとあんたには関係ないでしょ。一体なんの用よ」
目つきが鋭くなっていくのが自分でも解る。声のトーンも一気に落ちた。脳天気な様子が本当に癪に障る。
「なにって、お昼っすよ!一緒に食べよ!って、ショウゴ君…?」
彼が誰であるかを認識したらしい涼太の語尾が、失速した。
ふうん、涼太とこの彼って知り合いなの。ショウゴ君っていうのか。
「なんで、璃和とショウゴ君が一緒にいるんすか」
「別になんだっていいじゃない」
驚いて駆け寄ってきた涼太を突っ撥ねる。
「裏切り者のあんたには関係ない!」
「そ、それは!悪いって思ってる…っす、けど」
「あんたのことなんか、知らない」
ヒートアップした私は、呆気に取られているショウゴ君の手から一瞬の隙をついてロケットを奪った。これは、涼太にだけは見られてはいけないのだ。
そして更にぐいっとその腕を掴んで引き寄せる。
「私、今日からショウゴ君とお昼食べるから!」
堂々と宣言して、涼太の誘いを振り払った。
「はあ!?」
「はあ!?」
涼太とショウゴ君の声が重なる。
「なに言ってんすか璃和!ショウゴ君と付き合ってるんすか!」
「そ、そうよ」
我ながら言い過ぎたかと思った。なんせ私とショウゴ君は出会ったばかり。しかしもう引っ込みなどつかない。彼をキッと睨み上げ、話を合わせるよう目で訴えた。



璃和というらしい、リョータが現れてから人が変わった女は俺を痴話喧嘩に巻き込んだ。
「は!?そんなの絶対ダメっすよ!俺が許さないっす!」
リョータの反応が面白えから、乗ってやるのも悪くねえか。
「別にお前の許可なんざ要らねえだろ」
璃和の肩を抱いてやると、リョータは悲鳴じみた声を上げる。
「ぎゃー!ダメなモンはダメっす!璃和そいつから離れて!孕まされる!」
おいリョータふざけんな。お前も人のこと言えねえだろ、と口を開こうとした。
「涼太こそショウゴ君に失礼なこと言わないでよ!」
しかし、俺が言い返すより先に身を乗り出して璃和はリョータに噛み付く。
「いい加減にしないとそろそろ俺も切れるっすよ!戻って来いよ!」
リョータも更に吠える。
「なんで私があんたに切れられなきゃなんないの!いい加減にするのはそっちでしょ!」
こいつ、かなり威勢がいい。第一印象が吹っ飛ぶ。段々口が挟めなくなってきた。
「戻って来いってなによ…いつもいつも…私から離れていくのは涼太の方でしょ!!」
相当感情が高ぶったらしい璃和が遂に切れながら泣き出す。
「ちょ、璃和…!」
リョータもリョータで女が泣いたくれえでおろおろすんなよ鬱陶しい。
軽率だったわマジ。そういや痴話喧嘩って犬も食わねえもんな。


私より先にモデルを始めた涼太。
それまではいつも一緒にいたのに、途端にお互いの生活がずれてしまった。それを寂しいと言ったら、涼太は私に提案した。
「双子でモデルやろうって、誘ってきたのは涼太だったじゃない!」
一緒に仕事をすれば、一緒にいられる。きっと話題になるし売れるっすよ、と。
「二卵性だけど、璃和もかわいいから出来るっすよ」なんてことばを、私はそのまま信じた。
「なのに、あんたは勝手にバスケ部に入ってモデルの仕事をろくにしなくなった!なんで私が一人でモデルやってるの?意味がない、馬鹿みたいじゃない!この裏切り者!どう責任取ってくれるの!」
罵声を浴びせると、涼太は怯んだ。
「バスケ部なんて、認めないんだから!」

「ちょ、話見えねえわ説明しろ今すぐ」

興奮して腕を掴んだままであることを忘れていた。
ショウゴ君が顔を引き攣らせている。



「なに?双子?モデル?」
こいつら痴話喧嘩かと思ったらきょうだい喧嘩かよ。
「ご、ごめん」
璃和がぱっと手を離した。
リョータが目を細めて疑惑の視線をこっちに向ける。
「ショウゴ君、あんた知らねえの。黄瀬璃和って今売り出し中のモデル。で、俺の双子の姉」
モデル…。ああそう。二卵性の双子でリョータとは殆ど似てねえ。それでもやたらとキレーな顔してると思ったら。
「あんたら、付き合ってるって嘘だろ」
付け込む隙を見つけたリョータは、形勢逆転とばかりに璃和を睨む。
「言っとくけどショウゴ君もバスケ部っすよ。もうじき俺が倒すけど」
面倒になってきたが、それは口が過ぎんじゃねえの。
「調子乗んなよリョータぁ」
誰が誰に負けるだと。
「お前は俺に勝てねえよ」
「いーや勝つ。なんなら今すぐにでも」



そうだ。
涼太はいつもなにを始めてもすぐに簡単に出来てしまい、「つまらない」と言ってやめてしまう。入部してすぐ一軍に上がったとは言っていたけれど、バスケットボールだってきっとそうなる。
若しくは、ショウゴ君が涼太を負かし続けて向いていないことが解れば退部して。
(モデルに戻ってくるはず)
私は確信した。
「涼太はまだ始めたばっかじゃない。帝光のバスケ部は強豪って聞くし、勝てっこないわ」
目の端に残っていた涙を拭い、俯けていた顔を上げて涼太をビッと指差す。
「ねえ、そうでしょ。ショウゴ君!」
ショウゴ君の腕を引き、顔を覗き込む。
「私が毎日応援に行くから、負けないでよ!」
ほら、頷いて。と再び目で訴えた。



なんつー目で見やがる。
リョータに負けるつもりはねえが、バスケを真面目にやる気もさらさらねえ。
ちょっと冷やかして遊んでやるだけのはずが。
ああくっそ、面倒なことになった。
こいつのアホな思惑はなんとなく解る。
きょうだい喧嘩に人を巻き込んで、そんな上目遣いをかましてきやがって。ちょっとかわいいからって人を振り回していいと思ってんのか。

「お、おう」

気迫に負けて頷いてしまった。
しゃあねえからちょっとだけ付き合ってやる。
その代わり、礼はきっちりもらうぜ。
こっそり心中でにやついていると、璃和が嬉しそうに手を叩く。

「ほら!涼太!ショウゴ君が目にものを見せてくれるって。あんたはショウゴ君に負けてモデルに戻るのよ!楽しみね!」

「……」
ロケットを泣きそうになりながら探す程大事そうにしてる癖に、こいつの姉弟愛歪んでんな。
リョータ、俺が頷いた瞬間の璃和の目見たかよ。


清々しい程に



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