「もう今年も終わるね」
「そうだな」

ゆく年くる年

二人で炬燵に入りながら、年末特番を眺めていた。
「征くんてどんなの見ると面白いの」
バラエティがなんとも不似合いで、かと言って紅白歌合戦に興味がある気もしない。否、そもそもテレビを見るのかどうかも解らない。情報収集は新聞で行っていそうなのだ。
「璃和の中で僕は一体どんなイメージなんだ」
私より先に蕎麦を食べ終えた征くんは、リモコンを手にチャンネルを切り替えながら唇を尖らせる。ごめんごめんと謝って私もあと少し中身の残っている丼に箸を起き、カセットコンロの上の土鍋の蓋を開けた。
「そろそろいいかな」
「ああ」
そのタイミングで、結局テレビ画面は紅白歌合戦に落ち着く。彼はリモコンを炬燵テーブルの端に置いて、僅かに表情を綻ばせた。
お出汁の香りが湯気と一緒に狭いリビングに立ち込め、私も目を細める。
「ちょっとは上達したかな」
今年は、征くんが家に来る度湯豆腐を振る舞った。最初の頃は湯豆腐という料理を甘く見ており、なかなか彼の思うような味を出せずに苦労した。征くんが不満を口した訳ではない。しかし私も勉強して趣向を凝らせるようになると、食べたときの表情が変わっていった。やはり当初は食べられないことはないが可もなかったのだろう。
思い出しながら、私はおたまで湯豆腐を掬い上げる。
「璃和は初めから美味しい湯豆腐を作ってくれていたよ」
「えっ」
取り皿を落としそうになった。
私を見上げているその顔が、あまりにも優しくて。

「ああ、今はもっと美味しいよ」

私が固まった理由を勘違いしたのか、彼は更にフォローを入れるような一言を放つ。
「せ、征くん…」
そんな風に褒めてくれるのは、やはり年末だからだろうか。彼なりに、特別を感じてくれているのだろうか。
私は赤くなった顔を隠すように俯いてお皿を差し出した。年越しを二人で、しかも私の部屋で過ごせると決まったときにもう充分嬉しかったのに。
「来年も、もっと練習するね」
自分の分も装い、炬燵に座り直す。
征くんが「楽しみにしているよ」と手を合わせ箸を持った。


食器を洗って片付けテーブルの上が篭に入った蜜柑だけとなって暫く、二人とも大人しくテレビを見ていた。除夜の鐘が遠くから聞こえ始めると、征くんが小さく欠伸をする。
「征くん眠たい?」
「ああ、こうも温かいとついな」
からかうように訊ねたが、彼は頷いた。私は何度か瞬きをして征くんを見つめる。瞼が少し重そうだ。
私は無言でテレビのリモコンを手繰り寄せてスイッチを切った。
「璃和?」
怪訝そうにする彼の隣にごそごそと移動し、腕を引いてカーペットに倒れ込ませる。手を伸ばしてクッションを引き寄せると、枕代わりにするよう征くんに差し出した。意図を察して彼はそこに頭を載せるが、依然私を不思議そうに見ている。私ももう一つあったクッションを征くんの頭の隣に置いて、横になった。

「今日くらい、怠惰に過ごしても誰にも咎められないよ」

ほんの少し目を見開いて、それから彼は「ああ」と私に身を寄せてくる。
「悪くない」
なんでもない過ごし方だけど、だからこそ安らげる―――征くんに知ってほしかった。いつも気を張っている彼に、私の前ではその必要はないと教えたかった。
伝わるだろうか。

こんなにも、征くんを愛しく想う気持ちを。

手を伸ばして、赤い髪に触れてみる。
さらさらと指を擦り抜けて、私の指先は彼の頬の輪郭に辿り着いた。
「璃和」
征くんは閉じていた瞳を薄く開け、私のその手に自身のそれを重ねる。

「璃和には、今年一年感謝することばかりだよ」

そっと握られて、手がぴくりと反応した。
「感謝だなんて…そんな」
「本当さ」
そのまま、手は彼の心臓へ連れていかれる。

「僕に言い寄って来る人間はみんな、僕の後ろにあるものを見ている。慣れていたことだったが、璃和に出会って少し変われたよ」

知っている。彼はいつも寂しそうにしていた。
だけど、征くんが思う程、私はなにもしていない。
私がただ、彼をすきになったから。
征くんの傍にいたくて、征くんの色んなことを知りたくて。そうする内に、単純に彼を温めてあげたいと思うようになって。
烏滸がましいことだとは解っていた。
でも、想いは止められなかった。
「私は…本当にそんなのじゃないの」
「謙遜しなくていい。僕は、璃和だけに気を許していられるんだ」
まるで私が大きな愛を持っているかのような、完璧な愛を与えているかのような、ニュアンス。そこまで彼が言葉にしてくれるなんて誰がいつ予想出来ただろう。
じわりと涙が滲む。

「違うよ、征くん」

私は、征くんを独り占めしたかっただけ。普段はみんなのものならば、彼は何処で休むというのか。その場所になりたかっただけ。
完璧の仮面を外して微睡む征くんを、今だけは誰からも隠しておきたい。彼は、世界の誰にも渡したくない、誰にも秘めておきたい、私だけの宝石なのだ。
征くんとでなければ、私だってこんな時間にも価値があるなんて思えない。
「この瞬間は、ただの私の我が儘だよ」
つうと雫が目尻を伝った。
「強情だな」
彼は眉根を寄せる。しかしその口元はふっと笑っていた。

「僕がそうと言ったらそうなんだ」

そういうところがすきなんだよ、と抱き寄せられる。
耳元に囁かれた今年最後の約束は、


来年も、こうして過ごそう

[ 22/22 ]

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