過去拍手文

夜襲3

飛び出してきた白刃を走りながら外し、体を捻って腰車に薙ぎ払う。真っ向からの突きを己の鋼と合わせて押し返す。下腹を蹴り、バランスを崩したその面を一直線に振り下ろした。
大砲音からどれぐらい経ったのか――破壊された襖、斬り傷だらけの柱。そこら中に散らばる体の一部と腑、雪に埋もれる死骸……数十分の間でこれだけの惨状。
後片付けの事を考えると自然と口から溜め息が出る。

「トシ!!」

足元の死骸を地面に蹴り落としていると、近藤が駆け寄ってきた。

「狙撃者は弓を使える者が応戦しているが…如何せんこの暗闇だ」
「山崎を向かわせた。離れが苦戦していると聞いたが」
「やはりあの浪士か…俺達が思っていた以上に大物だったようだな」
「あぁ、巣に帰すわけにはいかんよ」

再び激しい銃声が鳴り響く。
ダダダダダ――と途切れることなく連射される銃撃音。土方は顔をしかめ舌打ちをした。

「ありゃあ天人産の飛び道具だな…俺は離れに行くぜ」

近藤は「あぁ」と言って頷く。

「新人の隊士達が心配だ。俺は屯所を回る」
「気を付けろよ」

土方の言葉に応えるように近藤は二カリと笑って彼の肩を拳で叩く。
小さな爆発音が鳴った。手榴弾を投げ込まれたのだろう。雪がいつの間にか止んでいた。







取調室がある小屋と拷問を行う小屋の間から原田は様子を窺うように屯所の屋根を見た。月明かりもなく真っ暗、目を凝らしても人影を確認する事はできなかった。
両者出方を窺っているといった感じか、遠くの方で金属の打ち合う音がするもこの辺りは静まり返っていた。
短く息を吐き、共に身を潜めている斉藤の方に顔を向ける。

「…下手な鉄砲も数打ちゃ当たるってやつか?」

雨霰と降ってくる弾丸に原田はうんざりといった様子。所々服は鉛に裂かれ血がにじみ出ていた。

「打ち合っている最中は誤射を恐れてか撃ってこない。間合いを空けず近場で攻める事だね」

斉藤は両肩を上下に揺らし、息を整えている。就寝中だった為かいつもは高めに結ってある長い髪は腰辺りまで垂らしていた。

「その足じゃあキツいだろ。俺が行くから終は中入ってろ」

二人の足元の雪は赤く彩られている。原田は足を撃たれた斉藤の身を案じ、避難するよう促した。

「足場さえしっかりしていればいける。門番させてもらうよ」

留置場に繋がる取調室前を守ると言っているのだろう。斉藤は前を見据えたまま言った。その目線の先には穴だらけの隊士達が無惨に放置されてある。

「…チッ!」

志半ばに銃の餌食となった仲間達を早く静かな部屋へと運んでやりたい。原田は顔をしかめ舌打ちをした。

ギュッ――と雪を踏み締める音がした。
来るか、と二人は刀の柄を握り締めて暗闇を見据えた。
がんどうの灯火が見える。忍び提灯とも言われるそれは光が正面だけを照らす為に持つ人の顔は見えない。

「来るならさっさと来いよ…!」

原田は苛立ち、早口になる。
橙色の光が次第に大きくなっていく。間合いを計り、そろそろ踏み込もうかと片足に力を込めたその時、

「!」

原田達と反対側の方向から人影が飛び出した。がんどうが飛び、刀が交じり合う音が響き渡る。宙を舞う橙色の光が飛び出した者を映し出した。

「沖田!」

亜麻色の髪が照らされ、原田はその名を叫ぶ。その横を小柄な青年が通り過ぎ、別の浪士に斬り掛かっていた。

「アイツ等…!」

原田はニヤリと笑い、剣戟の中に身を投じた。斉藤もそれに続く。

「おぉー原田。もしかして手こずってた?」

敵を斬り伏せた沖田がバカにしたように言い放った。原田はその言葉に顔を歪めつつ鼻で笑う。

「んなわけねぇだろ!」
「永倉ァーここは余裕だって。別んとこ行こうぜー!」
「嘘!嘘よ!総悟君!!よっ!救世主!!」

原田は何処かに行こうとする沖田を慌てて引き止めた。

「ったく…」

そんな寸劇に斉藤の元で刀を振っていた藤堂は呆れたように眉を寄せた。

「あ…マズいな」

斉藤が剣戟の場から離れた二人を見て呟いた――その刹那、藤堂の敏感な聴覚が銃を構える僅かな音を捉える。

「避けろッ!!!」
「!!」

藤堂が叫んだ瞬間、おびただしい弾丸の数が沖田達を襲う。寸前のところでそれぞれ横に飛び、無数の弾に貫かれる事から逃れた。

「お前等はそんなに命を懸けて漫才がしたいのか!!」

怒鳴る藤堂の顔には青筋が二つも浮かんでいた。

「戦場に笑いを」
「何言ってんの?」

ビシッ!と親指を立てる沖田に永倉は冷静に突っ込んだ。







屋根に積もる雪。その上を男が腹這いになって銃を構えている。

「!!」

突如、首に冷たい物が当たり、目を大きく見開いた。それが刃だと脳が認識したその時には首から鮮血が噴き出していた。


屋根全体に赤色が飛び散る。山崎は大きな赤い筋を作りながらずり落ちる狙撃手を一瞥し、周りを見回した。
離れ小屋では土方が到着し、代わりに足を負傷していた斉藤と疲労が激しい原田が身を引いた。
近藤が屯所中を周り、隊士達に指示を出しながら奮闘している。


(もう一踏ん張りかな)


山崎は小刀を手に宙を飛んだ。


[*前]








ただ、夜襲とちょっと苦戦している彼等を書きたかったので突っ込みどころが多々あるかもしれません。というかあります。
特に大砲。何故大砲。なんとなく市中を巡回している隊にも分かるようにって考えたらそうなってしまって。

個人的に丘君の槍捌きの描写が書きたかったのですが、入れるタイミングを失ってしまいました。
後、あまりキャラをたくさん出し過ぎると混乱するだろうな、とも思い止めました。


後片付けが大変そうです。



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