過去拍手文

夜襲2

大砲音は江戸中の大地を揺らし、大気を震わす。夜の市中を見廻っている隊士達が気付かない筈はない。

「武田隊長、屯所の方に行かなくてもよろしいのですか?」

数十分前の夜襲の合図を聞いても屯所に戻ろうとはせず、巡回ルートを変えただけの隊長に五番隊隊士が問うた。武田は足を止めて振り向く。

「あの大砲、結構攘夷浪士の間じゃあ有名なのよねぇ…」
「?」

笑みが浮かんでいるその顔はとてもではないが仲間の心配をしているようには思えない、隊士は嫌悪感露わに顔を歪めた。

「真選組が今襲われてますよっていう合図。我も我もって押し寄せてくる浪士がいるかもねぇ」
「ならば尚更助けに行かなくてはならないのでは?!」

仲間の危機にこんな夜の散歩のような巡回をしている場合ではない。悠長に構える武田に対して隊士は声を張り上げた。

「巡回している方が良いと思うけど」

そう言い武田はクスリと笑う。
彼が刀を振るう事は滅多にない。いつもその有能な頭脳を活かし策を練っている。一度、巧みな話術で敵を同士討ちにさせた時は恐怖すら感じさせた。

「こんな時に見廻りなんて」

自分の身可愛さに何かと戦闘を回避しようとするこの男に反感を抱く者は少なくもない。不満を口にする部下に武田は眉一つ動かさず前方を見つめた。

「私が攘夷浪士だったら今の内に城を攻めちゃうわ」

武田は口元を上げ、話を続けた。

「だって真選組やるより将軍を討った方が良いに決まってるじゃない。邪魔者を抑えてくれてるんだもん、自分は良いとこどりって奴?」
「!」

そこで隊士は気付いた。今向かっている先には城があるという事を。

「今、屯所を攻めてる奴等はただの私怨よ。それとも…留置中の仲間を救出かしら」
「そんな有名になってしまった合図を変える事はできないのでしょうか?」
「変えちゃったら誰も起きないわよ。目覚めることなく三途の川行きね」

体が覚醒するよう刻み込まれた大砲音。
そのやり方は至って簡単。常日頃から火急の場合を想定し、大砲音を鳴らした後隊士達の寝込みを襲えばいい。そうすると嫌でも体に刻み込まれるのだ。

「あの男の策は慎重かと思いきや、実は大胆なものばかりで面白いわ」

クスクスと笑いながら歩き出した武田の背を隊士は唖然と見つめている。

「仲間を信頼なさい。あの男のように」

白い息が雪降る闇に溶けていった。







夜襲直前まで書類の相手をしていた土方の自室は電気がついていた。そこから漏れる明かりが血溜まりに反射し、不気味に光る。
迫る白刃を巻きおとし、股間を蹴り上げ横鬢を打つ。息を吐く間もなく、前方からの唸る刀身を弾き返し、肩から腹にかけて剣尖でえぐる。しかし浅かったのか胴を血潮で染めながらも雄叫びをあげ斬り掛かってきた。後方に飛んで自室に入り込み、つい先程まで赤々と燃えていた七輪を蹴り飛ばす。
肉が焼ける臭い――両の手で顔を覆う男の口から絶叫がほとばしった。

剣戟音の中、ひっきりなしに聞こえてくる銃撃音。土方は眉を寄せながら辺りを見回した。迂闊に庭へ飛び出そうもんなら的にされるのは目に見えている。鉄砲相手に刀槍では分が悪い。周りの状況が気になり始めたその時、

「副長」

雪の上に散らばった黒い炭の上に山崎が降り立つ。

「屯所内の浪士は85名、中に先日改めた組織の者がいました。恐らく捕縛された仲間の救出に来たと思われます」
「銃声は?」
「確認したところ北に1名、北東に1名。留置場近辺が多く4名、現在三番隊と十番隊が守ってますが苦戦しています」
「外の駆除を頼む」
「承知しました」

小さく雪が跳ねる。山崎が消えたと同時に土方は廊下を駆けだした。


[*前] | [次#]






- ナノ -