過去拍手文

夜襲1

夕刻から降り始めた雪は広庭の砂利を覆い尽くす。氷が張った池の側に佇む雪だるまのバケツ帽子にも白砂糖のような雪が積もっていた。
寒風は襖の隙間から侵入し、夜具をひく畳を冷やしていく。沖田は布団で全身をくるみ、眠りについていた。


「…ん」

誰かが遊興から帰ってきたのか、外が騒がしい。沖田は眠りを妨げる雑音に顔をしかめた。もぞもぞと体を動かしながら再び夢世界へと足を運ぶ。


――ドォーン!!


突如と鳴る大砲の音が耳に入った途端、夢の中から放り出された。枕元に寝かせてある佩刀を掴んで飛び起きる。
大砲は夜襲の合図だ。けたたましく鳴る目覚まし時計や屯所中に響き渡る上司の怒鳴り声に対して微動だにしなくともこの音には眠っていた五感全てが機動する。深酔いで潰れた者でも一気に醒め、火急の剣戟に身を投じる事ができる程だ。

勢いよく襖を開ける。まだ降る雪の中、もうすでに鋼のぶつかり合いは始まっていた。月の光がない闇夜の中、部屋からもれる明かりが打ち合う者達を照らす。いつもなら黒い隊服を着ている隊士達だが、夜間の奇襲の為に殆どの者が着流しだ。敵味方、双方同じような服を着ているが、恐らくたすきを掛けている者が敵方だろう。
剣戟の音と気合が交錯する中、縁板を踏み鳴らす音が近付いてきた。鯉口を切りながらそちらを見遣ると凍傷になりそうなハゲ頭の男が刀片手に駆け寄ってくる姿が目に入る。

「ったく!どこのもんだぁ?!」

沖田と同じく寝間着姿の原田は白い息を吐きながら怒鳴り散らす。
ここ連日、宿改めと討ち入りが交互に続いていた。恐らくそれを逆恨みした浪士組の一つだろう。

縁側にいる二人にたすきを掛けた男達が向かってきた。気合の雄叫びが闇を裂き、粉雪が宙を躍る。敵は刀をふりかざし、拝み打ちを掛けてきた。沖田は抜き打ちでそれを弾き、鞘で喉元を突いた。横合いから飛び出してきた敵の脛を薙ぎ払い、白から赤に染まった地へ蹴り落とす。
すぐ傍から木が割れるけたたましい音がした。見るとつい先程まで自分が寝ていた自室の襖に敵が頭から突っ込んでいる。

「…ハゲ。場所考えて避けなせェ」
「すまん、すまん」

そう言ってはいるが、悪いとは微塵も思っていないのだろう。原田はカカカ、と笑いながら突っ込んだ敵の襟首を掴み、襖から引き抜く。膝頭で敵の鳩尾を突き上げ、外へ放り投げた。

「寒い中、わざわざ来てくれたんだ。丁重にもてなすか」

原田は地に伏せる敵の背を踏みつけ、白刃が舞う雪夜へ消えて行った。



あちらこちらから刃を打ち鳴らす響きが聞こえてくる。さすが敵の本拠地に乗り込んできたとあって大人数のようだ。

「!」

縁板の下から足首を掴まれ、走っていた沖田の足が止まる。足元を見ると血で赤黒い顔をした男がニヤリと笑っていた。沖田は舌打ちをし、剣尖を腕に突き刺す。だが男は己の腕から噴水のように血が溢れ出ようとも沖田の足首を離そうとはしなかった。

――ならば切り離すまでだ。男の腕から刀身を抜き、横へ開く。そこへチャンスとばかりに二人の男が沖田を襲う。体を捻り左から来た男の眉間をしたたかに打った。骨が割れる冴えた音が鳴り、血潮が噴き出す。返り血を浴び、生臭い血の臭いが鼻をついたその時、突如ぐらりと上体が仰け反った。
足首を掴んでいる男が腕を引いたのだ。沖田は天を仰ぎ、背中を縁板に強く打ち付けた。

「っ!」

慌てて肘を突き、上体を起こす。がら空きとなっている胸を目掛けて敵の剣尖が迫る。身を捻って何とか胸を貫かれることは防いだが、避けきれなかった刃が寝間着を裂き、腕の肉を削いでいった。
鉄の棒で殴られたような衝撃が走る――だが、痛みに顔をしかめている場合ではない。敵が縁板を貫いた刀身を抜いている隙に、足首を持つ男の顔に蹴りを食らわした。

すると、赤黒い顔が宙をとんだ。自分の蹴りは首を飛ばす程の威力があるのかと一瞬思ったが、こちらを見てくる小柄な青年に気付き、腕を斬られても歪まなかった顔が自然と歪んだ。
沖田は自由となった足で縁板を踏み、右にいた敵を逆袈裟に掛ける。

「まだ夢の中か?」

永倉は敵の首を斬り落とした刀を肩に担いだ。

「チビ、助かった」
「最初の二文字余計」

ピシリと永倉の顔に青筋が浮かぶ。

「助かった、チビ」
「入れ替わっただけじゃねーかァァ!!!」

周りの剣戟音に勝るとも劣らない叫び声を上げ、刀を沖田に向けた。

「ついでにてめぇも」
「沖田!!永倉!!」

別方向から叫び声が聞こえ、何者かに体を抑え込まれた。それと同時に十数発の銃声が鳴り響く。
それが止むと隣にあった部屋へ突き飛ばされた。再び銃声が鳴り響き、先程逆袈裟に斬った男の亡骸が縁板と共に蜂の巣と化す。

「…お前ら…後で説教な」

怒ったような低い声色。見上げると藤堂が眉を潜めてこちらを見ていた。
沖田と同じく永倉も突き飛ばされたらしい。尻持ちをついたまま黒髪を掻き「ごめん」と申し訳なさそうに呟いた。


[次#]






- ナノ -