過去拍手文

何を護る

数年前の話

血表現有り




――いつかはくると思っていた。


誰の物か分からない腕、足、壁に飛び散るは赤い血と内臓――そんな惨状もやっと慣れてきた、そんな矢先だった。


「山崎ィッ!」

隣の部屋にいる沖田が叫ぶ。複数の浪士に囲まれている彼は自分自身を守るのに精一杯だ。


刀を持つ手が震える。


――やれ、やれ、と心の中で自分に命令を出すが聞かない。聞いてくれない。


山崎は目の前を見据えた。心臓の波打つ音が剣戟の金属音を消す。



土方の喉元数センチのところまで剣尖が迫っている。片膝で胸元を押さえつけられ身動きができない土方は両手でその刀身を掴んで己の喉を突ら抜かれる事を防いでいた。
当たり前だが刀身には刃が付いている。強く握っている両手からは血が流れ刀身を伝って土方の喉へ落ちていった。


そんな状況が今山崎の目の前で起こっているのだ。普通なら上司を命の危機に追いやっているこの浪士を斬らなくてはならない。


しかし――、


「…っ!!足だ!!足を狙え!!後は何とかする!!」

そんな山崎を察したのか土方はそう叫んだ。

徐々に剣尖は土方の喉へ近付き死へのカウントダウンが始まる。
今、そのカウントダウンを止める事ができるのは自分しかいない。


隣の部屋にいた藤堂が助けに入ろうと駆け寄る…が、複数の浪士にその行く手を阻まれた。


「山崎ッ!!やれ!!」

再び沖田が叫ぶ。


そうだ、やらなくては、斬らなくては。


山崎は震える剣尖を頭上まで上げた。

敵もそんな透きだらけの者を放っておく筈はない。一人の浪士が山崎に向かって走ってきた。


「うああァァァ!!!!」

山崎が叫びながら刀を振り下ろす。土方に乗りかかっていた浪士の肩を深々と斬りつけた。浪士の悲鳴と共に飛び散った鮮血が山崎の顔にかかる。

「!」

浪士の背中の中心辺りで刀が止まった。刃が背骨に食い込んだのだろう。しかし人を斬ったこともなかった山崎には知る由もない。それに加え冷静に判断できる思考ではなかった。

浪士の体に食い込んだまま動かない刀を持って混乱している山崎の背後を浪士の白刃が襲う。
土方は咄嗟に両手で掴んでいた刀を回転させ柄を持つ。そして乗っていた浪士を柄の頭で殴り落として跳ね起き、やっと刀を離した山崎の背後の敵に向かって突きを食らわした。

殴り落とされた浪士から何かが飛び出し音を出しながら床を転がる。

山崎は弾かれたように後ろを振り返る。浪士は断末魔の叫びを上げ絶命した。
敵をしとめた土方はそのまま何も言わずに隣の部屋へと走り去って行く。

山崎は顔についた返り血も拭かず呆然とその背を見た。そして刀を持っていた震える両手を上げ見つめる。

人を斬る時の感触は斬る対象の年齢や性別による、と聞いたことがある。山崎が斬った二十歳過ぎの者は水を斬るようにあっさりとしていた。




「コラ」

どれぐらいそうしていたのか分からない。ふと頭に何かが軽く当たったことに気付き振り返る。その先には拳を上げたままこちらを見ている藤堂がいた。返り血で赤い山崎の顔を見た藤堂は眉を下げ、バンダナ頭を掻くと山崎の肩に手をポンと置く。

「焦らすなよ…」

情けない声でそう呟き頭を垂れ溜め息を吐いた。そこへ刀を納めた沖田がやってきて山崎の顔を覗き込む。

「山崎ィ、どうだった?初めてだったんだろィ?」

まるで初めて口にした食べ物の味を聞くかのような明るい口調で沖田が問う。

「どうだった…って…」

最悪…とも言えないし、だからって良いとも言えないし、

山崎が困ったように黙っていると藤堂が沖田の襟首を掴んで山崎から引き離す。沖田はムッと口を一文字にし、藤堂を見た。

「何でィ」
「あ、と、か、た、づ、け!」

そう言うと藤堂は沖田の襟首から手を離し亜麻色の頭をピンッと指で弾くと隣の部屋にいる八番隊の元へ去って行った。
沖田は不機嫌そうな顔で弾かれた箇所を撫でると一番隊のところへ行く。入れ替わるように土方が山崎に近付いてきた。

「あ…」

山崎は近付いてきた男を見て思わず声が出る。土方は山崎の顔を見、顔をしかめた。

「なんつー顔してんだ。ほれ」

土方は懐から布を取り出すと山崎に投げ渡した。山崎はそれを受け取りはしたものの呆然と土方を見つめる。

「…オイ。何で渡したか分かってるか?顔を拭け、顔を」
「あ、は、はい」

山崎は受け取った布で顔を拭く。もうだいぶ乾いてしまったせいか全部は取れなかった。粗方拭き取った後の布を見てみる。赤黒く汚れていた。
土方は溜め息を吐き髪をボリボリと掻く。その手には布が巻かれており赤く染みついていた。


自分がもう少し早く斬っていれば――


「あ、あの」
「助かった」

その言葉に山崎は言い掛けた口を開けたまま土方を見据えた。そんな山崎を見て土方は苦々しく顔をしかめると黒髪頭に手をポンと置きグシャグシャと荒っぽく撫でる。

「副長」

隣の部屋から隊士に呼ばれた土方はそのまま無言で去って行った。

「…」

山崎はグシャグシャになった頭に手を置き俯く。その足下に自分が斬った浪士から出てきた物が目についた。

「…携帯電話か」

何か情報が掴めるかもしれない、そう思い山崎は足下にある浪士の携帯電話を拾った。

――が、突如、その携帯電話が手元から離れる。

「あ」
「今のおめぇには刺激が強いでさァ」山崎が振り返るといつの間にか後ろに来ていた沖田がその携帯電話を手に持ちペロッと舌を出す。

「…は?」

何が?

意味が分からず怪訝そうな顔をする山崎を余所に沖田はその携帯電話を弄びながら隣の部屋から出てきた土方の元へ歩み寄る。

「土方さん」

と、言ってその携帯電話を投げ渡した。土方は受け取り何だこれはと言わんばかりに亜麻色を見る。沖田は無言で山崎が斬った浪士の死骸を指差しまた別の部屋へと去って行った。

土方は山崎を一瞥し携帯電話を開く。数秒見ていたが何も言わずパタンと閉め懐の中に入れた。


「?」

終始無表情な土方を見ていた山崎は益々訳が分からないと言った表情で首を傾げた。そんな目線に気付いた土方はギロリと山崎を睨む。

「何ボーッと突っ立ってんだ。仕事しろ」
「は、はいィッ!!」

山崎は背筋を伸ばし敬礼すると隣の部屋まで走り去った。






長くてすみません。
いきなりクライマックスですみません。

初めて人を斬った山崎というありきたりなお話でした。

最後の携帯電話…何ででしょうかね?
皆さんの待ち受けは何にしてますか?私はアンパンの顔をしたヒーローです。その前は子供の写メでした。

携帯電話には色んな情報が詰まってますが同時に色んな思い出も詰まってますよね。

心身ともに鍛えましょう。





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