過去拍手文

有意義なオアシス(12/10/24〜12/10/31)


(永倉・沖田)



少し開いた窓からは、雲一つない空が見えていた。風が障子を撫でていき、格子がカタカタと揺れる。朝食を終えた永倉は、自室に戻り、机に頬杖を突きながらテレビを見ていた。
朝の情報番組で、今、流行りのファッションというものを特集していた。別に興味があるわけではない――というか、そもそもそれは女性向けのコーナーで、二人の若い女性が甲高い声を上げながら、丈の短い風変わりな着物や、それに似合った装飾品を紹介していた。
テレビの電源を入れたら、たまたまやっていた番組だ。一応、チャンネルを回してみたものの、気になる番組もなく、結局、最初に戻ってきた。

永倉は隊服ではなく私服の袴を着ている。今日、二番隊は非番だ。江戸の治安を守る任務から解放される一時の時間なのだが、特に予定がなかった。
机の端に置いてある書物を手前に寄せ、ぺらぺらとめくる。パラパラ漫画を描いているわけでもないので、そんなことをしても面白くない。
溜め息ひとつ吐いて書物を閉じた。今日一日何をしようかと考える。
仲の良い原田と藤堂とは、互いに時間が合えば町に出掛けるのだが、非番が重なっても、大抵、彼等は彼等で私用をいれている。
常日頃から女性との出会いに必死な原田は部下達と合コン。非番の日、音信不通になる藤堂は、ふらっと何処かへ行ってしまう。ただ、夕方辺りからは遊郭に足を運んでいるらしい。
ならば、永倉も同じく非番の部下と共に外出をすれば良いのだが、日頃厳しくしているせいか、どうやら一緒にいると緊張させてしまうようだ。

再びチャンネルを変えた先では、全日本ミントン選手権大会で、江戸代表選手と京代表選手の試合が行われていた。そういえば最近、山崎のミントンの素振りを見ていない。止めたのだろうか、と思っていると、縁側から「よっしゃあぁ!!」という山崎の大きな声が聞こえ、両肩が飛び跳ねる。テレビでは「5ー4」というテロップが出ていた。江戸代表選手が点を入れたようで、山崎は歩きながら携帯電話で、この試合を観戦しているのだろう。

剣の道一筋で生きてきた為に、趣味という趣味がない。「暇な休日」という日をなくす為には、自分も山崎みたいに何か趣味を持てばいいのか、と永倉は思った。
だからといって、すぐに趣味が見つかるわけでもない。今日一日は自分の趣味探しの旅に出るかと思いテレビを消した。

「なぁがっくらーっ!」

スパン!と勢いよく襖が開き、またしても両肩が飛び跳ねる。見ると、亜麻色の髪が視界に入ってきた。

「沖田…いつもいつも何でお前は突然襖を開けるのか」
「勇気りんりん直球勝負」

びしっと親指を立てる沖田を一瞥した永倉は「何それ」と溜め息を吐く。今日は一番隊も非番、沖田は私服だ。

「何か用?」
「遊びに行こうぜ」

リモコンを置いた手が止まり、永倉の眉根が寄る。そして、ゆっくりと首を回し、沖田の方を見た。

「…何処ぞの天人の屋敷にか?」
「ちげぇよ、あんなとこ行ったって胸糞悪くなるだけでィ……あ、ゲーセン行こう。前、テレビでやってたUFOキャッチャーの裏技試したい」

最初、訝しげに眉をひそめていた永倉の顔が、徐々に驚きの表情へと変化する。

「え?!マジで遊びに行くの?!」
「何でィ、何か用事あんの?」
「いや、ないけどさ…俺とお前で?」
「うん」

前に、24時間耐久鬼ごっこというサバイバルな遊びには誘われたことがあったが、こんなことは初めてだ。
沖田は部屋の中に入り、唖然としている永倉の前で胡座をかく。

「チビ助さァ、あんま引きこもってっと、小さくなりすぎて消えちまうぞ」
「引きこもってないし消えもせんわ!!」

永倉は抜刀しようと腰を浮かしたが、刀を差していない。青筋を立てたまま、座り直す永倉を前に沖田は、依然、あっけらかんとしていた。

「どうせ稽古ぐらいしかやる事ないんだろ?パーッと遊ぼうぜ、パーッと」

沖田は立ち上がり、永倉の手首を掴む。

「わっ!ちょっと待てって!か、刀」

早く行こうと言わんばかりに腕を引っ張られる。永倉は前のめりになりながら立ち上がり、慌てて刀と銭を入れている小袋を取った。
表口に向かって縁側を歩く。途中出会った山崎が「お二人でお出かけですか?」と珍しそうに言った。

「ゲーセン久々でさァ。おめぇ、カーレースぐらいやった事あるだろ。勝負しよう」

沖田は靴を履きながら声を弾ませた。その顔は、討ち入り時にみせる鬼神のような顔ではなく、18歳の少年らしい楽しそうな顔だった。
永倉は癖のある黒頭をぼりぼりと掻く。趣味探しの旅はまた今度にしようかな、と思いながら表口を出た。

「じゃあ負けた方が昼飯奢るってのはどうだ」

永倉の言葉に沖田は「いいねィ」と、口角を上げた。



ひとしきり遊んだ帰りの道中、沖田は土方の説教から逃げてきたんだ、と永倉に言った。
もしかして出しにされたのか、永倉の片眉があがる。隣を見れば、無邪気な子供っぽい笑顔をした沖田と目が合った。

「たまにはさ、こういうのも良くね?」

沖田は大量の景品を入れた袋を担ぎ直して同意を求める。

「そうだな」

永倉も笑いながら頷く。西に傾いた陽が、空を黄昏色に染めていた。
攘夷浪士に行く手を阻まれ、現実に戻されたのは、この数分後だった。




真選組の隊士は、非番の日でも浪士に襲われそう。とても一般人とは遊べそうにないですね。





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