過去拍手文

あなたがいる世界(12/2/7〜12/9/26)


(沖田)
※血表現有り



――…総ちゃん


無数の花弁と共に亜麻色の髪がサラリとなびく。愛しい人は花束を胸に抱き、微笑みながら僅かに首を傾けた。


――総ちゃん、これ…何ていう名前のお花かしら…


まるで武州にいる時のような血色の良い顔。着物の袖から見える腕は程良く肉付いている。病魔に蝕られ、痩せ細っていた腕ではない。
あぁ…肺を患っているなんて嘘だったんだ。死んでしまったなんて嘘だったんだ。


「俺、花の名前なんて知りやせんよ?」


こっちに来て、と言う愛しい人に向かって笑いながら歩みを進める。辺り一面に咲いていた花が道を開けてくれた。金色の空に鮮やかな花弁が踊る。

今まで味わった事のない充足感に浸っていた。湖面に映る琥珀色の影が輝きながら揺れている。
ふと足を止めて瞑目した。暖かい風が頬を撫でる。こんなにも花弁が宙を舞っているというのに一枚も肌に触れる事がなかった。


頬に当たる風が急に冷たくなり目を開ける。
金色の空は墨絵のように薄暗くなっていた。鮮やかな花が咲いていた一面は何もない土色に。虹色に輝いていた湖面は吸い込まれてしまいそうな空洞となっていた。

姉上は――辺りを見回した。美しい人はいなかった。


何故
何故
何故


必死に探した。名を呼んだ。「人」ではなく「存在」を探しているような感覚だった。

――突如、足を掴まれ下を見る。眼球が飛び出し、額から血を流している男が見上げていた。濡れたものが肩を掴む。振り返ると首のない人間が立っていた。
気付けば血塗れの者達に囲まれていた。頭蓋骨が割られている者、腸がはみ出している者…明らかに生きているとは思えない者達だった。


生きたい。
妻に会いたい。
生まれてくる子が。
どうして。


すぐに分かった。この者達は自分が殺した浪士達だと。
押し倒され、引きずられた。そうか、先程姉上がいた所は天国で、今から自分は地獄に行くんだ。

そりゃそうだ。姉上と同じ所に行けるなんておこがましいのにも程がある。
妙に納得した、と同時に意識が暗転した。




「…で、俺…何でここにいるんです?」

徐々に戻ってきた視界に細長い管が目に入る。それはベットの上に横たわっている自分の腕に刺さっていた。
男は深い深い溜め息を吐き、黒頭をボリボリと掻く。

「斬られた上に爆発に巻き込まれて落下して内臓が破裂したから」
「いや…そうじゃなくて…」

男の端正な顔が歪んだ。
これでもかと言うほど怪訝な顔をしている上司に説明するのも億劫で「まぁいいや」と呟く。

「…近藤さん呼んでくる」

ふわりと額に暖かいものが触れたかと思えば、椅子が床を鳴らした。


引き戸が開く音を聞きながら白い天井を見つめていた。
お人好しな閻魔が地獄行きを見送ってくれたのか、それとも今まで殺した者の怨念が夜な夜な出てくる「ここ」が地獄なのか――


「なるほど」


妙に納得した、と同時に意識が暗転した。




死語の世界ってどんなものだろう、と思ったら出てきたお話





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