小説

土方と原田 5

集まっていた野次馬は散り散りになり、公園内には原田と土方、少女の三人だけになっていた。
原田は滑り台に手を掛け、頭を垂れて落ち込んでいた。その姿はまるで、猿回しの反省猿のようだ。

「いつもこうだ。いつも最後にトシさんが全部良いとこ持っていっちまう」

ぶつぶつと呟くハゲ頭の周りに火の玉が踊る。土方はぼりぼりと頭を掻きながら原田に背を向けた。

「俺は行くぞ」
「あぁ……あ?」

顔を上げようとした原田は、隣の小さな気配に気付く。少女が心配そうな目で原田を見ていた。

「あ、あぁ……良かったな嬢ちゃん。人形大事にしろよ」

原田は少女の頭を撫でる。少女は笑顔で頷いた。
おいしいところは持っていかれてしまったが、何がともあれ、無事に母親の形見だというクマの人形を取り戻す事ができたのだ。原田も満足げに頷く。

「じゃあな」

原田は少女に向かって片手を上げ、土方と共に公園の出入り口へ向かった。背後の少女が、何か言いたげな顔をしていたのだが、原田は気付かなかった。出る途中、買い物袋を持った女性と擦れ違う。

「ゆみ、ここにいたのね」
「あ、お母さん!」

背後から少女の声がした。思わず、原田達は足を止めて、後ろを振り向く。すると、先程擦れ違った女性が、クマの人形を抱いた少女と話していた。
端から見れば普通の親子の会話だが、原田と土方の目から見れば違う。

「え?」

原田は点となった目で、少女が持つクマの人形を凝視していた。あの人形は「母親の形見」ではなかったのか。形見とは、亡くなった者や別れた者が残した遺品、つまり、少女の母親はいない筈だ。
しかし「お義母さん」かもしれない。原田は少女の元へ、後ろ歩きで戻っていく。

「あの、この子のお母さん?」

原田は女性に問う。女性は一瞬、吃驚したような顔をしたが、すぐに他人行儀な笑顔を見せた。

「あ、はい。すみません、この子が何か御無礼を……?」

女性は原田と共にやってきた土方の方をちらちらと見ている。土方が真選組副長だと知っているようだ。警察から声を掛けられては、戸惑うのも無理はない。

「え?!あ、違うんだ。その人形をお母さんの形見とか言ってたから」

原田は少女の小さな頭をぽんぽんと軽く叩きながら言った。女性は原田の言葉を理解したようで「あぁ」と言い、短い笑い声を立てる。

「そうですよ。ただ……」

女性は持っていた鞄から、クマの人形を二つ取り出した。少女が持つ人形より、少し大きな人形と、少し小さな人形だった。

「この子がお父さんのイチロウで、この子が娘のアサミです」
「え」

原田と土方の声が合わさる。少女は持っていた人形を高々と上げた。

「この子がお母さんのカタミなのー!」
「人形一つ一つに名前を付けて可愛がっているんですよ」

女性は笑顔で言った。
母親の「形見」ではなく、人名の「カタミ」だったという事だ。原田は目眩を起こしたかのようにふらつくと、両手と両膝を地面について頭を垂れた。

「そ、そうっスか……カタミね。カタミさんね……」

人が感じる価値の重さは違えど、少女にとっては大切な宝物なんだ。と、自分に言い聞かせるが、一度抜けた力は中々戻ってこない。地面を見つめる原田の頭の中で、人形を取り返すべく、少年と戦った数々の出来事が、走馬燈のように駆け巡った。

「私達はこれで……さ、行きますよ」
「はぁい」

母親は一礼をし、少女と手を繋いで歩いていく。土方は、未だ両膝をついている原田のハゲ頭を見ながら紫煙を吐いた。

「まぁ……大事にしてるもんには、変わりねぇみてぇだし」
「わかってるよ、わかってらぁ」

頭上から掛けられた精一杯のフォローに対して、原田は力なく答えた。
そこへ、先程の少女が走りながら戻ってきた。土方は「おや?」という表情で近付いてきた少女を見る。少女は土方の前を通り過ぎ、原田の元でしゃがみ込んだ。
原田は「ん」と少女を見遣る。少女は屈託ない笑顔を見せた。

「私ね、お兄ちゃんみたいに、他の人の為に一生懸命頑張れる人のお嫁さんになる。お兄ちゃん格好良かったよ、ありがとう」

少女は原田の頬にキスをして立ち上がる。宝物のクマの人形を抱きしめ、力一杯手を振りながら母親の元へ戻っていった。
原田は少女の背中が消えるまで、呆然とした顔で見ていた。そして、ゆっくりとした動作で、自分の頬に手を持って行く。

「良かったな。未来の嫁が出来たじゃねぇか」

原田は我に返ったように目を見開く。声がした方を見上げると、土方がニヤニヤと笑っていた。

「二十年……いや、早くて十年後か。まぁ、月日なんてあっという間だ」
「なななななななにを言っているのだね土方君。子供の言うことじゃないか」

原田は素早く立ち上がり、僅かに声を震わせながら言った。意地悪そうに笑う土方は尚も続ける。

「でも、あの子の初恋の人になったのは間違いねぇなぁ。十年後ぐらいに来るかもしれないぜ。初恋の人を探してますってな」

土方の言葉を受け、原田の脳裏に未来の光景が浮かび上がった。
真選組屯所に現れたとびきりの美女が「この子の恩人を探しているんです」と言い、古びたクマの人形を出してくる。そこへ、偶然にも、原田が屯所から出てくる。その姿を見た美女は、一目散に走り出して原田に抱きつく。何処からともなく花弁が舞い散る。そのままゴールイン。

「……いいな、それ」

原田は顔を赤らめて呟く。その単純さに、土方は思わず「ぷっ」と噴きだした。

「なら、あの子が来るまで、お前は女も作らねぇし結婚もしねぇんだな」
「えぇっ?!それまでチェリーボーイは嫌だぜ?!」

歩き出した土方の後を、原田は慌てながら追いかける。寒々とした風が吹いているのにも関わらず、少女からもらったキスのところだけ暖かかった。

[*前]




土方と原田は、二人っきりの時だけ、副長とか部下とか関係なく、武州にいた頃のような掛け合いになる。
という勝手な妄想をしています。
そんな話でした。


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