小説

土方と原田 2

路上で濡れた枯れ葉が模様を描く。北風に吹かれて揺れる冬木の下で、お汁粉が売られていた。甘い匂いに誘われた庶民が、凍った身を溶かすようにお汁粉をすする。
土方と原田は、多種多様の屋台が並ぶ通りを歩いていた。土方は屯所を出てから何度目かのセリフを、斜め後ろにいる原田に言う。

「だから、俺についてったって何もねぇって」
「モテる男が日頃どんな行動をしているか気になる。それを見本にするのも自分磨きの一つだと思わんか?」

びしっと親指を立てる原田に向かって、土方はしかめっ面のまま「思わねぇ」と返した。

「大体、俺は今から攘夷組織の資金源だっていう店を探りに行くんだ。お前、手伝ってくれんのかよ」
「じゃあ俺はお前さんのマル秘モテ術を探るわ」
「帰れ」

土方の顔に立派な青筋が浮かんだ。
原田は寒風に身を震わせ「さびぃな」と呟く。土方が何処の店に行くのかも知らないが、帰る気は全くない。少し先の方で、楽しそうに談笑している若い女性の集団がいた。きゃっきゃっと騒いでいた女性達の内の一人が土方達に気付く。女性は他の仲間達に向かって、内緒話をするように口元に手を当てた。数秒後「きゃー!」と甲高い声を上げ、一段とテンションを上げてはしゃぎ始める。

「……あれ、きっとトシさんの事で騒いでんだぜ」
「なんでわかんだよ」
「顔赤いもん」

輪になって話す女性達の頬が紅色に染まっていた。しかも、その内の一人は、惚けたような顔を土方に向けている。

「くだらん」

土方は煙草の灰を地面に落とし、黒の前髪を掻き上げる。たったそれだけの仕草が、女性達には刺激的だったらしく、更に甲高い声が上がった。

「なんだよ……髪ありゃあ良いのかよ」

原田は自分のハゲ頭を触る。ずっと、寒風に晒されていた頭皮は、ひんやりと冷たかった。

「やっぱ見た目じゃねぇか」
「うっせぇなぁ、そろそろ帰れよ」

土方は溜め息混じりで言う。しかし、なんだかんだと言いながら、原田の同行を許していた。相手が喧嘩好きの同志だからか、ただもう諦めただけなのか、世間では鬼と言われる男が、今日は寛容だった。
数人の子供達が、二人の目の前を横切っていく。四人の少年を一人の少女が追いかけていた。歳は七、八歳ぐらいだろうか。少年達は楽しそうに笑っているが、少女は泣いていた。

「んー?」

原田の眉根が寄る。鬼ごっこにしては様子がおかしい。少女は「返してよぉ!」と泣きながら叫んでいた。良く見ると少年達の一人が、クマの人形を頭上で振り回していた。
どうやら少年達は、少女の人形を奪って逃げているようだ。そして、少女は人形を返してほしくて必死に追いかけている。

「ほっとけよ。ガキの喧嘩じゃねぇか」

立ち止まった原田に向かって土方が言った。子供達は公園に入っていく。

「まぁ、そうだけどよ」

子供に喧嘩は付き物だ。喧嘩して仲直りの仕方を覚えていく。
それでも、原田は動かなかった。公園で少女を取り囲む少年達を、じっと見つめる。喧嘩、といっても一方的だ。子供とはいえ、泣いている女を寄ってたかって苛める男達の姿は、見ていてどうも気分が悪い。人情が厚い原田は放っておけなかった。
少女は人形を取ろうと精一杯手を伸ばすが、少年は軽々と避け、少女の背後にいる別の少年に人形を投げ渡す。そちらに少女が行けば、また別の少年に投げ渡す。右往左往する少女の顔は真っ赤で、涙と鼻水で濡れていた。悲痛な少女の叫び声が響く。

「返してよぉーっ!!お母さんの形見ぃー!」

その言葉には、さすがの土方も表情を変えた。変えただけで動かなかったが、原田の方は、すでに公園内に入っていた。

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