小説



二十人前後、さすがに無理か、藤堂は顔をしかめる。腰に負った傷は直撃は免れたものの浅傷ではなかった。
突然の来訪者達に神崎も驚いた面持ちだった。右腕を押さえながら呆然と立ち尽くしている。その様子から、この者達は彼の仲間ではない事は明らかだ。
藤堂は神崎を一瞥した後、新手を見据える。

「仲間割れ、ねぇ……部類としてはあんた達と同類の者だけど」
「詰まる所、裏切者の粛清か。鼠一匹易々と入れるたぁ真選組もたかが知れてんな」

一人が抜刀したのを皮切りに男達が次々と刀身を閃かせていく。
藤堂も青眼に構えた。幸いにも近くに大木があった為、擦り足で自分の背後を大木に預ける。その際、視界の端で未だに立ち尽くしている神崎の姿を捉えた。何をしているのか、今このチャンスに自分がすべき行動はひとつしかないだろう。臨機応変が出来ない頭の回転の悪さは相変わらずだな、と内心で溜息を吐いた。

男達のガンドウが飛んだ。濡れた地に叩きつけられた灯火はすぐに闇となる。
藤堂は後退りつつ下段からつき上がってきた敵の刀を払い落とし、弾丸のように入れ違ってきた別の敵の胴を薙ぎ払う。断末魔を上げて倒れていく男を飛び越え、次の敵が刃を振りかざして突っ込んできた。打ち込んできた刀を峰で弾き、継ぎ足で前方に出ながら袈裟に打ち返したかと思えば、また新たな敵が雄叫びを上げて迫ってくる。

あれ程、寒さで身を震わせていたというのに、今は全身から汗が噴き出していた。腕が立つ神崎との戦闘の疲労、加えて腰の傷もあり、段々と動きが鈍くなっていく。
前方で立ちはだかる敵の下腹を蹴り、一太刀で左右の敵の顔を薙ぎ払った瞬間、横から強い衝撃が藤堂を襲った。誰かが体当たりをしてきたのだ。腰に鋭い痛みが走り、苦痛で顔が歪む。均衡が保てず、転倒したところに幾つもの刃が降り注いだ。転がって避けるも何本かの剣尖には身を裂かれる。
本格的に不味い――そう焦燥感に駆られた瞬間、太股を深々と突き刺された。気が遠くなるような激痛に襲われ、藤堂の口から苦悶の声が上がる。
このままでは鱠のように斬り刻まれてしまう。藤堂は左手で誰かの刀を拾い上げ、とどめとばかりに来る白刃達を無我夢中で防ぎながら片膝を立てる。右の刀で眼前の脛を薙ぎ、体当たりで敵を倒した。そのままの勢いで立ち上がり、左手で持つ刀を後方の敵に投げつけ、ちょうど開いた前方の道を全力で走った。


そこからはあまり覚えていない。藤堂は狭い路地裏で身を潜めるようにして座り込み荒い息をしていた。全身、血と泥だらけのひどい有り様だ。途中、何人か斬ったような気がするし、斬られたような気もした。全身が痛くて動く事が出来ない。だが、それは命ある証拠だ。死ぬ間際の者の脳に痛覚は伝わってこない。しかし、至るところからの出血がひどく加えてこの寒さだ。この状態のまま、朝方まで生きている自信はない。

――傍で人の気配がした。藤堂はうつむいたままで顔を上げようとしない。

「……馬鹿。なんで戻ってきた」

気配の正体は神崎だ。粛清される筈だった男が、負傷した腕を押さえながら、汚れたバンダナ頭を見下ろしていた。藤堂はてっきり浪士達との闘争に紛れて逃げたものだと思っていた。

「とどめか」

敵方の幹部の一人を今すぐにでも消す事が出来るチャンスだ。その動けない頭上へ鈍器を落とすだけでも殺す事が出来る。抵抗する力も残っていない藤堂は、もう諦めざるを得なかった。

「何故……殺さなかったのですか」

神崎は何も事を起こさず、呟くような小さな声で言った。

「あの時、あなたなら首を落とせた筈。何故、腕を狙ったのですか」
「……やめてくれ、心まで痛くなってくる」

藤堂の口から情けない声が出た。
神崎が泥濘に足をとられて滑った時だ。若干前のめりになった時、差し出すような形になった首を落とせば決着はついていた筈だった。剣豪である藤堂の技で仕損じるなんて事は絶対にありえない。なのに、藤堂は刀を持つ右腕を狙った。争闘心を削ぐ為に。

「殺すのなら殺せ」

理由なんて、立場上言える筈がなかった。神崎の立場から考えても、彼が今からとる選択肢は決まっている。
だが、彼は何もしてこなかった。藤堂に背を向け、立ち去ったのである。このまま放置していても勝手に死ぬと思われたのか。


――程なくして、救援がやって来た。どうやら親切な人が「真選組の人が倒れている」と通報してくれたらしい。男性の声だったという。

「馬鹿だよな……俺も」

応急手当をしてもらい、黒いコートを羽織った藤堂がぼそりと呟く。すると隣から盛大な溜息が聞こえた。

「ほんとでさァ!みんな止めとけってったのに押し切るから……凹助は粛清役合ってねぇんだって。いい加減自覚したら良いんでィ」

傍でしゃがんでいた亜麻色の少年が歯に衣着せぬ言い方で批判した。藤堂は縮こまり「う」と小さな呻き声を洩らす。

「沖田君……ヒドイ」

体冷えるからと言われ掛けられたコートが、針のむしろのように感じた。
真選組の幹部達は皆、藤堂の性格を把握している。プライベートでの交流はなかったにせよ、神崎は教え子で部下だ。殺せずに返り討ちに遭うのでは、と危惧していた。土方も難色を示していたのだが、藤堂自身が自分のところの隊員だからと言って聞かなかった。他の者の手を汚させたくなかった。
勿論、藤堂は裏切者を斬るという任務を全うするつもりでいた――が、こういう時に限って、滅多に聞かない身内話を聞いてしまったのである。
少し離れた所で立って聞いていた斉藤が苦笑した。

「あれだけの数、一人じゃあ厳しいよ」
「タイミング悪かっただけかもしれねぇけどさァ……パッと斬っちゃえばもうちょい余裕できたんじゃ」

尚もダメ出しをする沖田だが、藤堂の事を心配しての言動だった。
血の臭いが冷たい空気を生臭くする。現在、夜勤中であった三番隊が浪士達の死体を回収していた。神崎を討ち損した事は正直に話した藤堂だが、情が入ってしまった事は伝えていない。沖田の態度から察するに、すでに分かっているようだが。
救急車のサイレンが遠くから聞こえてきた。沖田は「やっとか」と言って立ち上がる。

「でも、ま、人間っぽい」

先程まで怒ったような声色であったが、またいつもの飄々とした感じに戻っていた。背を向けていたので表情までは分からない。
藤堂は何も言葉を返さず、無言で血まみれの手を見つめていた。こんなに人を殺しているのにまだ“人間”であって良いのだろうか。

サイレンが止み、路地裏を抜けた先が赤く染まる。この決断が良い方向へ動いてくれれば――藤堂はそう願った。

[*前]



一番良いのは神崎が黙って故郷に帰って組織が真選組に改められる前に解散する事でしょうか。

まぁ、ほぼほぼあり得ないような。


私が土方だったらこの後、山崎を追手にやらせて粛清しますかね


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