小説

沖田と永倉 4

討ち入りは、開始早々、原田が東と西を間違えたが順調に進んでいった。
血溜まりに浸かった浪士の死体から、白い湯気が立ちのぼる。大人数同士の斬り合いは、敵味方入り乱れる混戦状態となった。激しい剣戟戦で、真選組側にも負傷者が出るが、優勢には変わりなかった。
殆どの浪士が斬死にする中、生け捕りにされた者がいた。その中の一人が、驚くべき事を口にする。


――真選組屯所を襲撃している。


真選組屯所は、出陣する前とは打って変わり、すっかり荒れてしまっていた。柱や縁板に斬り傷、血飛沫が掛かっている襖は、斜めに傾いている。倒された灯籠の前で、土方が不機嫌そうな顔で近藤に言った。

「なんで連絡寄越さなかったんだよ」
「余計な事を考えさせたくなかったんだ」

腕捲りをした近藤が、返り血で汚れた顔を綻ばせる。土方は勘弁してくれよ、と言わんばかりに溜め息を吐きながら、こめかみを押さえた。
楽観的な大将に、沖田もやれやれと肩を竦める。捕縛した浪士が言った通り、屯所は襲撃に遭っていたが、沖田達が到着した頃には終わっていた。市中を見廻っていた五番隊に連絡を入れ、応援に来てもらったという。しかし、捕縛する余裕はなかったようで、全員斬り捨てていた。
沖田は縁側で座っている永倉を見た。この寒さの中、寒がりな彼にしては珍しく、上着も着ずに、ただ呆然と前を見ている。

「永倉」

声を掛けると、我に返ったように目を見開き、沖田の方を見た。
体調が悪い為に留守番をしていた永倉であったが、襲撃された時は参戦したようだ。近藤は「出なくていい」と言ったが、彼は刀を取ったらしい。しかも、体調が万全でないのにも関わらず、いつもと変わらない動きだったと、永倉達と同じく、待機組だった井上が、しきりに感心をしていた。屯所の敷地は荒らされたが、死者は勿論、重傷者も出なかったのは、永倉のおかげだと言う。

「寒くねぇの?」
「あ、あぁ……動いたから」
「冷めるぜィ」

永倉の肩に上着が掛かる。小柄な彼には大きい上着、激しい剣戟戦でボロボロになった沖田のものだ。永倉は吃驚して目を丸くする。

「え、あ、ありがとう」
「凹助が危なっかしいったらありゃしねェ。あながち近藤さんは、間違っちゃあなかったかも」

そう言いながら、沖田は永倉の隣に座る。屯所が襲われたと聞いた時、藤堂の注意力が散漫していた事を話した。

「ま、俺がとっとと片付けちまったけどな。なんならこっちも、少し残してくれてても良かったんだぜィ」
「残せるか」

永倉は短い言葉で返す。やはりまだ、体調は芳しくないようで咳をし始めた。



翌日、ようやく丸一日の休みを取った永倉は、自室で療養していた。外は相も変わらず寒く、雪まで降っていた。
病院に行かなくてはならないのだが、とにかく寒い。せめて雪が止んでくれたのなら。欲を言えば、太陽が顔を出してくれたのなら。そう思いながら、白く曇った窓を見ていた。

「庭が片付いたらクリスマスツリー出すらしいぜィ」

ところで、この亜麻色頭は何故、人の部屋の炬燵で蜜柑を食べているのか。
一時間程前から来た沖田は、さも、自分の部屋にいるかのように、永倉の部屋でくつろいでいた。もごもごと口を動かしながら新聞のテレビ欄を見ている。
これは、昨日の晩、原田から聞いた事だが、ここ数日の間、沖田は沖田なりに、自分の風邪を移してしまった事を気にしていたらしい。

「俺はもう寝るから自分の部屋に戻れよ」

そんなこと、別にいいのに。しかしこれは、本人の口から聞いたわけではなく、恐らく彼は、今でも隠し通せていると思っているに違いないので、小さな気遣いの件に関しては、気付かない振りを続けようと思った。
永倉は布団の中へもぞもぞと潜り込み、寝る態勢に入った。疲れと風邪ですぐにでも夢の中へ入れそうだった。


――が、背後から寝息が聞こえ、閉じかけていた永倉の目が開く。後ろを向くと、炬燵の中で寝ている沖田が視界に入った。

「だから炬燵の中で寝るのは止めろって言ってるだろ!しかもここ俺の部屋だし!」
「うるさいチビ」
「そのハッキリとした寝言止めろォォォ!!」

根拠はないが、明日にでも風邪が治りそうな気がした。

[*前]




いろんなフラグへし折った気がします。

沖田はこんな子じゃないような気がしますがこんな子でもいいじゃないですかーっていう永倉の話?沖田の話?

寒い寒いと思いながら考えた文なのでやたら寒いって出てきました。寒い。


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