小説

沖田と永倉 3

沖田の熱は一晩で下がった。結局、山崎の薬は飲まず、特に何もしていないのに風邪は治った。やはり症状が軽かったからなのか、若さからなのか、誰かに移したからなのか――実は、その誰かに移していた。狙い通り土方だったのか……といえばそうではなく、何故か永倉に移った。
風邪は移して治る、の方が余程迷信っぽい。しかし、現に隣にいる永倉は、マスクを装着し、時折、調子悪そうに咳をする。沖田の方は、鼻水も咳も止まり、清々しいぐらいに元気になっていた。

「日頃から、うがい手洗いしときゃあ風邪なんて引かねぇぜィ」

思い切り睨まれた。これは絶対、移されたと思っているに違いない。意外に彼は、迷信を信じてしまう方らしい。
一方、風邪の移籍先であった筈の土方は、何処も何も悪くはなく、朝礼が終わると、山崎を呼んで攘夷組織の事について話をしていた。
今日の空は青白く、雲一つない晴天だった。しかし寒い。炬燵が恋しいが、沖田は珍しく見廻りに勤しんだ。



少し前まで、橙色に彩られていた木の葉は、茶色に枯れ果ててしまい、残すところ後数枚になっていた。
永倉はコートを羽織り、マフラーをして攘夷組織関連の情報収集にあたっていた。拠点は勿論の事、所属人数、所持武器、資金源、改める組織に関係がある材料は順調に揃ってきていた。
沖田から風邪を移されて三日経った。鼻水が出る。咳が出る。37度前後の微熱が続いている。根本的に真面目な永倉は、ちょっとやそっとの風邪で仕事を休む事はない。何よりも、ようやく、某攘夷組織の潰滅に向けて、大詰めを迎えようとしているのだ。尚更、休むわけにはいかない。

「いつも思うんだけどさ。おめぇ、んな重装備で動きにくくね?」

しかしだ。先程からついてくるこの亜麻色頭は一体何なのか。永倉は据わった目を後ろに向ける。

「寒い」
「動けばあったまるだろ」

確かに、沖田の言う通り、軽装の方が動きやすいし、いざ戦闘となれば、激しく動く事になるので暑くなる。しかし、何もしていなければ、身が凍るかと思うほど寒い。手袋もしたい気持ちがあるのだが、いざ抜刀する時に滑る可能性があるのでつけなかった。

「ほっとけ」

小さな咳が出た。一瞬、呼吸が止まり、短くて強い息を連続的に吐き出す。エチケットとしてマスクをするべきなのだが、敵方に風邪を引いている事を知られたくない。体調が悪い今、極力、斬り合いは避けたかった。

「つかお前んとこは、拠点周辺だろ?ちゃんと調べて来たか?」
「バッチリだぜィ。ちゃんと神山に言ってきたから」

部下任せかよ、と言い掛けたが、また咳が出そうになったので止めた。
結局、沖田とは定時まで一緒にいた。邪魔であれば追い返すところであったが、時々、手伝ってくれたので、風邪引きである永倉は助かった。



討ち入りを行う態勢が整った。日時も決まり、各隊の最終確認が始まる。
攘夷組織の拠点は、良くある古い建物ではなく、過疎化で捨てられた小さな村であった。故に、踏み込む人数が多くなる。

南側は、土方の指揮の元、一番隊、二番隊、八番隊、九番隊。
北側は、武田の指揮の元、三番隊、四番隊、七番隊、十番隊。
市中見廻りは、五番隊。屯所待機は、近藤、永倉、六番隊になった。


――永倉の風邪は十日経っても治らなかった。


五日目辺りまで、漢方薬を服用していたのだが、六日目から、市販の風邪薬に変えて内職をしていた。
本当にただの風邪か?と、七日目辺りから疑い出したのは、心配性の藤堂だ。ただの風邪だと言い張っていた永倉も、さすがに十日目となると不安になってきたようで、この討ち入りが終わり一段落ついたら、病院へ行くと言った。
ただの咳一つでも、その一瞬の隙が命取りになる。土方はそう考え、永倉には待機を命じた。

「チビ助の分まで浪士共をぶった斬ってやっから」
「そこは頑張るって言ってくれるか?」

マスクをした永倉は、敵地へ出陣する仲間達を見送っていた。沖田は咳込む永倉の頭をぽんぽんと叩いて背を向ける。
子供扱いされてる?と、永倉は思ったが、何故か悪くない気分だったので黙っておいた。長引く風邪に疲れているらしい。門の向こうでバズーカの爆音が聞こえたのだが、これも気にしないことにした。

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