途中文
途中まで書いたクリスマス文
町外れに立つ小さな桜の木が、枯れたように葉を落とし、細い枝は寒風に揺れていた。
青白く冴え渡った冬空の下、近藤道場の主、近藤勲は、畑でできた野菜を収穫していた。ほうれん草を根元からハサミで切り、カゴに入れる。朝日に照らされた緑の葉は、霜により、きらきらと輝いていた。冬のほうれん草は、寒さに耐える為、凍らないように糖度を上げる。よって、甘みが増し、とても美味しく食べられるのだ。
カゴいっぱいのほうれん草を抱え、近藤は満足そうに母屋へ向かった。台所にカゴを置き、ふと道場に目を遣れば、総悟が畳敷きに寝転がり、紙に筆を走らせていた。
「何書いてるんだ?」
「!!」
近藤に話しかけられた総悟は、吃驚したように目を大きく開けて振り向いた。慌てながら紙を隠し、身を起こす。
「サンタに手紙を書いてたんです」
「さんた?」
近藤は首を傾げていたが、思いついたようにポンと拳で手の平を叩く。
「あ、豆腐屋の」
「押し売り三太やないです」
だが、違ったようで即行否定される。総悟は隠していた紙を四ツ折りにして、懐に入れた。正座から胡座に変えて、近藤を見上げる。
「サンタクロースっていう、クリスマスの日に何でもくれる人」
「???」
聞き覚えのない単語が二つ続き、近藤の頭上には疑問符が踊った。
「さんたくろーす?くりすます?何だ、それは?」
近藤の問いに対して、総悟は嬉しそうに顔を緩ませながら答えた。
「今月の25日に、クリスマスっていう日がありやして…その日にサンタクロースっていう人が、贈り物をしてくれるらしいんです。でも、ほしい物を文に書いて出さなきゃいけないみてぇで…」
なんと、宇宙には景気の良い者がいるものだ。総悟の話を聞きながら、近藤はほうほうと頷きつつ感心した。そして、総悟の前に座り、その手紙と思われる物を入れていた懐を見る。
「…で、総悟は何を書いたんだ?」
「内緒」
さっ、と襟元を寄せて懐を隠し、近藤の目から避けるように上体を捻った。
「むぅ…そうか」
無理に聞くような事でもないが、いつもは素直に応じてくれるだけに、少し寂しく感じた。一瞬、眉尻を下げた近藤であったが、すぐに二カリと笑い、亜麻色の頭を撫でた。
「ほうれん草が穫れたんだ。洗ったものを台所に置いておくから、また持って帰りなさい」
そう言い、立ち上がると背伸びをしながら台所へ戻っていった。
陽が傾き始めた八ツ刻(午後2時頃)、総悟は、ミツバと買い物に行く予定があると言って、昼過ぎに自宅へ帰って行った。
稽古の休憩中、近藤は朝方、総悟がサンタに文を書いていた事を食客達に話す。土方は、マヨネーズが盛られた饅頭を食べながら聞いていた。山盛りになったクリーム色が、重力に負け、ぼたぼたと小皿に落ちる。
「まぁた、斉藤がいらんことを吹き込んだのか」
じろりと目の前の男を見る。長い髪を後ろで纏めた男が、饅頭を入れていた紙袋を丁寧に畳んでいた。
「面白そうに聞いてくれるからつい、ね」
斉藤は、畳み終えた紙袋を隣に置き、束になった紙を懐から取り出した。
「何だそれ」
「無料で配ってた絵本」
近藤もどれどれと斉藤から渡された絵本を覗き込んだ。『サンタクロースが町にやってきた』という題名で、雪が積もった町景色と、赤い服を着た老人の絵が描かれていた。
土方はページをめくる。子供が寝ているところから始まっていた。原田も両手に饅頭を持ったまま、絵本を覗き込む。
「なんだ?鹿が空飛んでんぞ」
鹿のような動物が二匹、星降る夜空を駆け抜けるように、そりを引っ張っている絵があった。
「ん?…もしかして、こいつを読み聞かせただけか?」
土方は、自身の指に付いたマヨネーズを舐めとりながら、斉藤に問う。
「そうだけど」
「つまり、サンタなんて架空の人物じゃねーか」
くだらないとばかりに顔を歪めて壁にもたれ掛かり、頭の後ろで手を組んだ。
近藤は飲んでいた茶を置き、眉をひそめて土方を見る。
「トシ、そう決めつけるのは良くない。ほしい物を無償で持ってきてくれるなんて、素晴らしい人格者じゃないか」
換気の為に開けている襖から冷たい風が吹き込み、部屋の温度を一気に下げる。斉藤は火箸を手に取り、火鉢の炭を転がした。
「んー…サンタクロースはともかく、クリスマスっていうのは本当にあって、何処かの天人が持ちこんだ行事だと聞いた事がある」
「自分らの星だけでやってらぁ良いものの…何だよ」
土方が肩を小突いてきた原田の方を向く。原田はハゲ頭を掻きながら絵本を指差し、何て読むんだと言った。
土方が原田に読み方を教えていると、玄関から引き戸が滑る音がした。襖が開き、膨らんだ風呂敷を持った井上が入っていきた。「ただいま」と言う井上に対して、近藤は顔を綻ばせる。
「おぉ、源さん。すぐに温かい茶を」
立ち上がり、労をねぎらうように井上の肩を叩いた。井上は荷物を置き、近藤の背を見る。
「あぁ、自分でしますぞ」
「寒い中、買い出しに行ってくれたんだ。さ、遠慮せず座っててくれ」
そう言うと、近藤は手を擦り合わせながら、台所へ消えていった。