小説 1

未来がどうなるか決まってたら面白くないよね

(沖田)

「生きの良いもん入ってきたんだって?」

道場内に響きわたる竹刀を打ち合う音。数十人の隊士達が汗を流し稽古に励んでいる。

「…魚みたいに言うなよ…右之」

道場の出入口付近で原田と永倉はある新入隊士の話をしていた。


数日前、真選組隊士の募集を行った際に実技試験で一際目立つ若い青年がいた。
試験官であった斉藤が近藤に言う。

「動きが良いですね。力より速さを活かして打ち込むタイプ。沖田に似ている」

それを横で聞いていた沖田が「俺の突きはあんな遅くねェ」と、面白くなさそうな顔で呟いていた。


「おはよう!!みんな!頑張っているか?」

威勢の良い大きな声が道場に響く。隊士達は稽古を止め一斉に声がした方へ向く。

「局長!おはようございます!」
「おはようございます!」
「おぉ!続けてくれ!」

満面の笑みで手を挙げ隊士達に応える近藤。「あ」と、近くに居たハゲ頭と小柄な青年に気付き歩み寄ってきた。

「おはようございます。朝稽古を見に来たんスか?」
「あぁ、今日は噂の新入隊士が気になってな!…どこかな?」
「あの向かって右側の…後ろで髪を一つにまとめてるヤツ」

近藤は永倉が指差す方を見る。
若い青年が「はぁ!」という気合いと共に相手の面を取りにいく様が目に入った。

「うん!斉藤の言った通りだ。きれいな動きをしている。打ち込みも激しいし…中々鍛えがいがありそうだな!」

しばらく青年の打ち合いを見ていた近藤は賞賛の声を上げた。

「へぇ、久々の上玉もんだな…ん?」

原田も彼の竹刀捌きに目を見張っているとツンツンと永倉に肘でつかれる。

「な、何か感じないか?」
「…え?…うぉっ?!」

道場の外から木に半身を隠しこちらを睨んでくる亜麻色頭が目に入った。その辺りだけ虫一匹寄せ付けない黒いオーラのようなものが立ちこめている。

「…」
「…」
「トシも喜ぶだろうなぁ」

大量の冷や汗をかく2人を余所に上機嫌の近藤は一通りの稽古を終え汗を拭っている新入隊士の元へ近寄る。

「君はこの前入った子だよな?名前は?」
「田中清二郎と申します」
「清二郎君か!年は?」
「21です」
「へぇ、総悟より3つ上かぁ」

「!!」
「ちょっ…!」

総悟という名に永倉と原田は体を凍らせる。案の定後ろの黒いオーラはより一層禍々しいものになっていた。

あのオーラの発信源は局長が気に入ったあの新入隊士に対して嫉妬を抱いているのだろう。子供らしいというかなんというか…ハァと永倉は溜め息をつく。

「あ、清二郎君疲れていないか?」
「?、はい、まだ動けますが」

近藤は何か閃いたように新入隊士の田中に聞く。

「じゃあウチの隊長と手合わせしてみないか?…えーと…あ、永倉!」
「え?!俺?」

まさか呼ばれるとは思わなかったのか永倉は目を丸くして自分を指差し近藤を見る。

「あぁ、清二郎君の相手をしてく」
「近藤さん、俺がやりやすぜィ」

近藤の言葉を遮り名乗り出る声がした。いつの間にか永倉の横に亜麻色頭が立っている。

「お!総悟か!それも良いなぁ!頼むぞ!!」
「まかしてくだせェ」

おぉ…と道場内がどよめく。
真選組随一の剣の使い手一番隊隊長沖田総悟の腕が見られるとあって稽古中の隊士全員が手を止め沖田の方を見た。

「沖田、程々にしてやれよ」

原田は横を通り過ぎようとする沖田の耳元で呟く。

「分かってらァ。期待の新人潰すような真似しねぇよ」

前を見据えたまま明るい声で沖田は言う。一見微笑んでいるように見えるが目が笑っていない。

――潰す気だコイツ。

永倉と原田は沖田の背中を見つめながら確信した。


そんな沖田の相手になる田中の表情は真選組一の腕を持つ者に手合わせしてもらえるという事が嬉しいのか期待に満ちたような顔をしている。

沖田は竹刀を持つと田中の前に立った。

「沖田隊長と竹刀を交じり合える事ができるなんて光栄です。よろしくお願い致します」
「お願いしやす」

礼をした田中に対し短く返事をした沖田は竹刀を青眼にとる。田中は平青眼に構えた。

「よし、1本勝負でいこうか。2人とも準備は良いな?」

鳥の鳴き声だけが静まりかえった道場内に響いている。


「始め!!」


先に動いたのは田中だった。開始の合図と共に足を滑らせ沖田の胴へ突きを繰り出す。それを身をひるがえして右に避ける沖田。田中は読んでいたのかそのまま竹刀を右へ振り小手を狙う…が、またしても空を切った。身を低くして避けた沖田は相手の胴へ竹刀を左から打ち込む。


―パァン!


「受けた」

思わず原田が口に出す。
田中が素早く竹刀を立てて沖田の一撃を受けた。沖田も一瞬「おや?」という顔になるがすぐいつもの無表情に戻り後ろへ飛んで体制を整えた。

周りの隊士達はあまりにも早い動きに呆然としている。
検分役の近藤は目をキラキラと輝かして2人を見ていた。

「武田だったらもうアウトだな」
「頭だけが取り柄のオカマと一緒にしてやるな」

原田と永倉も2人の動きに見入っていた。

田中も体制を整え青眼に構え沖田を見据える。
沖田は左の肩を引き右足を前に出し半身(はんみ)に構えた。竹刀を右に開き平青眼をとる。

「あいつ…決める気だ」

沖田の構えを見て永倉は呟く。

その刹那、沖田が田中の喉に向かって電光のような突きをくりだした。

「やべっ…!!」

瞳孔が開いてる沖田に危機を感じた原田が止めるべく近づこうとしたその瞬間、


「止め!!!」


道場内に響きわたった声に沖田の動きが止まる。
田中の喉に届く後数センチのところで竹刀は止まった。

「もう決まっただろ」

原田の横で煙草をくわえた土方が立っていた。

「そ、そうだな。総悟の一本勝ちだ」

近藤がそう言うと沖田は竹刀をゆっくりと引き礼をする。
田中も青眼の構えから呆然としていたが、ハッと我に返り竹刀を降ろすと沖田に向かって礼をした。

「はぁー……」

原田と永倉は胸をなで下ろす。

「ったく…」

土方は苦虫を噛み潰したような表情でボリボリと頭を掻いた。







辞書を引いた数は数え切れない。
我の頭の弱さに絶望を感じた。


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