小説 1

五月五日3

「おあついねぇ…」
「え、今からチューすんの?チュー?!ギャハハハ!!」

川岸から十数人の男達が土方達の方へ近付いてきた。どこへ喧嘩に行くのか皆一様に木刀や六角棒を携え、数人の男には片方だけ見える肩や上半身裸の背中に見事な刺青が入れてある。

あー、面倒臭い

土方は無視をする事に決め男達からそっぽ向いた。未だ握るミツバの腕が小刻みに震えている。

「ちょ!無視?!つれねぇなぁ」
「オイ、待て…こいつァ…」

一人の細長い男が顎に手を当て前屈みになる。片目をつむり土方の顔をジッと見据えた。

「間違いねぇ!土方だ!!土方十四郎!!」
「な、何?!土方ァ?!」

土方はピクリと片眉を上げ騒ぎ出す男達を見た。喧嘩三昧の日々を送っていたあの頃の評判はまだ生き生きとしているようだ。自分から喧嘩の売買を行っていた為かこの男達のようなちんぴら相手に恨まれている事が多い。

「ここで会ったが100年目!!」
「あん時はよくもやってくれたな!!」

はっきり言って土方自身は誰一人として相手の顔など覚えてはいない。しかし木刀や六角棒を構え始めた男達を見て喧嘩好きの血が騒ぎ始めたのかニヤリと笑う。

「離れるなよ」

側にいたミツバの顔の横でソッと呟くとミツバはコクコクと頭を上下に動かす。亜麻色の髪が揺れたと同時に鼻を通り過ぎた香りが良い匂いだ、と思った。こんな時に不謹慎か、しかし不思議とそれが土方の胸の内からやる気を湧き起こさせる。

前方の男が吼えるように声を上げ木刀を振り上げた。土方は右からきた木刀を掴むとそれを持つ男の腕ごと上へ持ち上げ、前方から下ろされてきた攻撃をそれで防ぐ。右の男の胸を思い切り蹴り飛ばして木刀を奪い取った。

実は武器を持ってきていなかった。

その木刀で前方の男に面を食らわし、横にいる男の胴に激しい一打を打ち込む。くるりと体を半回転させ後ろに居た亜麻色の頭を下に押さえつけた。

「キャッ!」

膝を曲げたミツバの頭上で木刀が唸りを上げ通り過ぎる。しゃがみ込んだ彼女の前を土方の猛打を受けた男が横鬢から血を流しドサリと地面に倒れ込んだ。

土方はほとんど動くことなく数人の男を薙ぎ倒し、息も切れることなく残ったちんぴら共を見据える。

「…っく!覚えてろよ!」

悪人お決まりの捨て台詞を吐き、男達は土手を駆け上りながら逃げて行った。土方は逃げていく一人の男の背に向かって奪った木刀を投げつける。見事脳天に直撃し土手を転がり落ちていった。

「大丈夫か?」

呆然と逃げる男達を見ていたミツバは弾かれたように土方を見上げる。

「あ、はい」

素早く立ち上がり頭に手をやった。少し乱れた髪を整えているようだ。そんな彼女を見て土方は困ったように眉尻を少し下げる。

「…強く押しつけちまったかな」

咄嗟の事とはいえ、自分が髪型を乱してしまったのかと土方は思った。ミツバは慌てて両手を前に出して首を横に振る。

「いえ、そういう事ではなく、あ、ありがとうございました…怪我は、ない?」

土方を見上げ、心配そうにその顔を見つめる。

「あぁ…その…」

土方は斜め下を見るように俯きポリポリと頬を掻く。高めにまとめた黒髪が五月の風と共に揺れた。

「…お、御守りが…ついていたから…な!」

ミツバが驚いたように土方の少し赤らんだ顔を見つめた。数回瞬きをした後「あ」と声を出し裾から桃色の御守りを取り出す。

「これの事?早速効いたのかしら…」

そう言い、この女性独特の柔らかい笑顔を出した。一瞬土方は何か言いたげな顔をしたが短く息をつくと「あぁ」と言いその御守りを受け取った。








「ププ…!な、何て…何て言った…?!アイツ…!!」
「お、御守りが…何とか…ププッ!」

土方とミツバから少し離れた木の側でハゲ頭と髷を結った男がしゃがみ顔を真っ赤にさせ必死に笑いを堪えている。

「原田…!笑っちゃあいかんぞ…!トシも頭の中をフル回転して考えた台詞だからな…!プッププ…!」
「近藤さん、無理、お互い…プハッ…!!」

原田は慌ててパッと己の口を塞ぐ。そっと再び離れたところにいる男女を見ると何か話しているようだ。こちらの存在は気付いていないらしい。

「トシもあんな事言えるようになったんだな!いやぁ…今日はめでたい事ばかりだ」
「御馳走様でした」

そんな二人を見ていた井上は呆れたように溜め息を吐いた。

「何事もなかって良かった。そろそろ終わる頃では?」
「あ、あぁ…そうだな」

近藤が立ち上がり背伸びをする。同じく原田も立ち上がり肩を鳴らした。

「永倉が全部やっちまったんだろうなぁ…沖田のご立腹姿がリアルに想像できるわ」

三人は試合開始時になっても戻らない土方を心配し様子を見に来た。相手には試合方法を勝ち抜き戦でお願いし、先鋒を永倉に任せてきたのだ。

「子供の日だから子供達に花持たさなきゃなぁ」
「右之、永倉が怒るぞ。…しかしまたこの辺りで野試合の申し出は厳しくなりましたな」
「ま、良いじゃないか。さて、総悟達を迎えに行ってみんなで祝い酒でも買いに行くか!」

「どこにそんな金が」とぼやく井上を余所に近藤は一気に土手を駆け上る。後を追う原田はふと立ち止まり後ろを振り返った。

「おかしなスパイスが入っちまったが、吃驚はさせられただろ」

「結果オーライだ」と言いニヤリと笑うと近藤達の元へ走っていった。






「あ」

とっくの前に始まってしまった試合はどうなったのだろうと土方は道場に戻ろうとした時、ミツバが口元に手を当て立ち止まった。

「?」
「…やだ、私ったら一番大切なことを忘れていたわ…」

不思議そうに首を傾げる土方にミツバは両手を前で組み、その顔を見上げる。


「お誕生日、おめでとうございます」







ベッタベタな展開すみません。
妄想全開すみません。

土方十四郎さん、誕生日おめでとう!


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