小説 1

五月五日2

近藤の道場とは全く正反対の大きな道場。高い塀に囲まれた道場の屋根には立派な黒塗りの瓦が引き詰められている。

近藤達はそんな道場の門前に居た。永倉は目を丸くして目の前の大きな建物を見上げる。

「こんな名のある道場がよくウチとの野試合を受けてくれましたね」
「腕が鳴るなぁ!久しぶりの試合だ」

原田は嬉しそうに竹刀を振り回した。隣に居た土方が迷惑そうに顔をしかめ離れる。
興味津々な様子で辺りを見回していた総悟が近藤の元に行きその袖を引っ張った。

「何だ?総悟」
「近藤さんの道場はリフォームしないんですか?」
「ん?そうだな。雨漏りぐらいは直さんとなぁ…」

近藤は腕を組み何を納得しているのかウンウンと頭を上下に振る。そこへ門の向こうから井上と道場の者と思われる男が近付いてきた。

「こちらが今日お世話になる猛剣館塾頭岡田文造殿です」
「今日という日を待ち遠しく思うておりました。何卒よろしくお願いします」
「忘れて…むぐっ!」

近藤は笑顔で岡田に向かって手を前に出した。その背後では土方が暴れる総悟の口を塞いでいる。
岡田は近藤の手を見て「フン」と鼻で笑い後ろにいる土方達を見渡した。

「確かに小汚い道場の割には手練れの者達がいるという噂は聞いていたが、我が道場の野試合に子供二人連れてくるとは…随分と舐められたものだな」
「子ど…むぐっ!」

ハハハ…と、苦笑する近藤の背後では原田が暴れる永倉の口を塞いでいる。

「まぁ、お手柔らかに頼みますよ。岡田殿」

近藤は岡田の片手を無理矢理取り握手をする。岡田は顔を歪め素早く近藤の手を振り払うと足早に道場内へ入っていった。
その背中を見ながら総悟が目を細め荷物を肩に担ぎなおす。

「…なぁーんか嫌ぁな感じでさァ」
「早くも負けフラグが立った気がする」

その土方の言葉に総悟が「どっちに」と聞くと彼は無言で豪華な道場の扉を指差した。近藤はそれを見て笑い二人の肩をポンと叩く。

「帰ったら勝利の宴とトシの誕生日祝いだな!」
「酒呑んで良いですか?!」
「ダメ」

不機嫌そうに頬を膨らます総悟を見て近藤は再び笑った。そこへ原田がやってきて近藤達を見ていた土方の腕を引っ張る。

「何?」
「ちょっと」

原田は強引に土方を近藤と総悟から遠ざけると彼に耳打ちをした。

「試合までちょっと時間あるだろ?下の河原まで来てくれねぇか?」
「河原?」

耳元で言われた言葉に対して土方は怪訝そうに聞き返した。

「そうそう。よろしくな」

原田はニッと笑い土方の背中を叩いた。あまり手加減をしない力の入れ具合に前へよろめきながらハゲ頭を睨む。原田はそんな視線を微塵も気にはせず、道場内に入っていく近藤達を追うように去っていった。







――後、二十分程で試合が始まる。

土方は原田から言われた河原へと足を運んだ。猛剣館からはそんなに遠くはなく歩いて五分もあれば着く。

「…」

来い、と言われ来たものの当の本人は見当たらない。キョロキョロと辺りを見渡していると桃色の着物に亜麻色の髪をした女性が目に入った。

「あ」

自然と出てしまった声に自分で驚いた。そしてそれに対する照れ隠しのように首の後ろを掻きながら顔を背ける。女性も土方に気付き明るい表情で微笑むと小走りで駆け寄ってきた。

「十四郎さん」

首を少し横に傾けて見上げてくる。総悟の姉、ミツバだ。


何故彼女がここに?

疑問符を頭の上で踊らせているとミツバは着物の裾から何かを取り出してきた。

「これ…」

小さな長方形の形をしたものを両手で持ち、土方の前に差し出す。

「御守り、今から試合よね…?良かったらどうぞ」

その手の中にある御守りはピンク色で真ん中にウサギの刺繍が施してある。男が持つ御守りとしてはどうだろうか、と土方は無言のままそれを見つめ思った。

「あの…やっぱり邪魔になる?なら」

何も反応を示さない土方を見て不安になったのかミツバは御守りを握りしめ再び裾に入れようとした――が、その腕を土方は掴み止める。

「え」
「…持っていた御守り無くしちまってたんだ」

その言葉を聞き、ミツバは一瞬目を大きく開くもののすぐフワリとした柔らかい笑顔に戻る。

そこへ突如、砂利を踏みしめる音と共に嘲笑と口笛が聞こえてきた。




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