小説 1

クサノオウ13

あの少年は龍昇組のボスの影武者だったのか。だから人知れず納屋で生活していたわけだ。

屯所に帰った山崎は机の上に頬杖をつきながら窓の外を見ていた。

そういえば名前も聞いていなかった――いや、名などは無かったのだろう、必要ないのだから。

山崎は机の上にある小さな黄色い花を手に取る。

『あの子が持ってた』

屯所に帰ると原田がそう言って渡してきた。

気に入った、と言っていた『クサノオウ』
あの時はなぜこんな野花が好きだと言っていたのか分からなかったが、原田から聞いた花言葉で理解した。

恐らくあの少年は知らなかった事なのだろうけど、あの子にとっては『幸福』なんていう花言葉より意味のある言葉――、


「山崎」

背後から名を呼ばれ弾かれたように顔を上げる。

「あ、はい!…って副長?」
「珍しく後処理すっぽかしたらしいじゃねーか。総悟が言ってたぜ」

開いた襖にもたれて煙草を吹かす土方を見て、山崎は「あ」と口を開いたまま顔をひきつらせる。

「原田に呼ばれて飛んでいったようだが、麻薬の件なら他の監察に任せた筈だろ」
「も、申し訳御座いません!」

山崎は額を畳に付け土下座をする。そんな部下を見て土方は溜め息を吐き部屋の中へ入った。

「あの屋敷の事を報告する際もおかしかったな。何かあったのか?」

山崎はガバッと上体を起こし前を見る。土方の黒いズボンが目に入った。

「俺を誤魔化せるとでも思ったのか?」
「い、いや、そういうつもりではなかったのですが」

土方を見上げた山崎は両手を前に出し、首を横に激しく振る。
隠すつもりではなかった、というのは本当だ。ただタイミングがなかっただけだ。

「なら話せ」

土方はそう言うと山崎の前にドカッと胡座をかいた。

もしかしてその事を聞きにわざわざここまで?

山崎は土方の顔を凝視していると土方は眉をピクリと上げて腰の刀に手を掛ける。

「言うのか言わないのか」

低い声色で聞いてきた土方に山崎は「はいィィ!!!」と座ったまま敬礼をし、あの少年の事を話し始めた。






「つまりまだあそこのボスは生きてるっつー事か?」
「はい」

土方の問いに山崎は頷く。

「なぜすぐに報告しなかった?」
「す、すみません…」
「動揺していたのか」

山崎は土方の問いに「うーん」と唸った。
自分では動揺していたつもりではなかったのだが。

「お前が潜入先の者に対して情に移るたぁ珍しい」
「…自分でもそう思います」

土方の言葉に対して山崎は溜め息混じりで呟いた。そして頭をボリボリと掻き、考え込むように腕を組む。

「あえて言うと…何か…自分と同じ臭いがしたというか」
「におい?」
「んー…今思うと確かに存在が無いっていう部分は同じかも」

影武者として育てられ誰一人として人には合わず、自分という存在を消されていた少年。

密偵として存在を消しつつ裏の仕事をする自分。

「ただ違うといえば」

山崎は机の上に置いてあったクサノオウを手に取った。

「それを認めているか認めていないかでしょうか」

黙って聞いていた土方は山崎を一瞥すると天井に向かって紫煙を吐く。

「…ボスが生きてんなら捕縛しねぇとな」
「あ、はい。そうですね」

枯れた黄色い花を見ていた山崎が慌てて土方の方を向いた。

「お前の話を聞く限りじゃあ、ボスは今夜黄琥組本部の方へ行くようだな」
「そうですね」

土方は立ち上がり山崎を見据えた。

「お前が行ってこい」
「へ?」
「やり方は任せる」

土方は山崎にそう言い残し部屋を後にした。




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