小説 1

小さな要求をのむと後々断れない 2

倒れる神楽の体を受け止め、男はニヤリと笑った。その笑いには先程までの爽やかさは感じられない。


「…バッカじゃね?」

屋根の上で胡座をかき、一部始終を見ていた沖田はそう呟くと顔をしかめた。


何もしなくともあの桃色が勝手に叩きのめしてくれるだろう、そう思い後をつけて来たのに…立派に相手の罠にハマってやんの。


舌打ちをし、頬杖をついていた手で亜麻色の頭を掻いた。もう一方の手には番傘が握られている。

建物の下では男が神楽を担いで電話をかけていた。


やはり腕が立っても頭が空だったらだめか。
沖田は溜め息を吐き、番傘を肩に担いで立ち上がる。


一台の車がやってきた。神楽を後部座席に乗せ、男は助手席に乗った。行き先は分かっている。


――天人が管轄する競売所だ。


非番の日にそんな所へ突撃する自分を他の者が見たらお前も十分頭が空だと言うのだろうか。
沖田は自嘲するかのように鼻で笑い、車の後を追った。





腕を上げ指を少し動かすだけで多額の金が動く。この競売所での売上金10%がここを管轄する幕府の懐へと入るのだ。

別にただそれだけなら良い。問題なのは普通に人間が売られているという事だ。老若男女、子供はもちろんの事、たまに赤ん坊までオークションに賭けられる時だってある。

そんな不法な人身売買を幕府は黙認している。いや、公認しているのか。


しかし、何で人間ではなく天人の神楽が拉致られたのかは謎だ。何の知識のない者からみたら肌白い少女だったからか?

白い布を身にまとった沖田は裏の見張りを難なく倒し潜入した。

自分は監察方ではない。屋根裏から忍び込んだり、変装したり、そんな不慣れな事をするより確実に潜入できる事を優先する。
だからといって面倒な事になるのも嫌だ。沖田は人気の少ない場所を選び奥へと進む。


ちなみに作戦はこうだ。


売られようとする人々を逃がす。

そして適当に暴れる。この時、客もいるとは思うが人身売買という汚い事を黙認してきた客なんてクソ食らえだ。

通報を受けて真選組到着。自分は逃げる。

滅茶苦茶になった競売所の評判はがた落ち。自然と真選組にも人身売買の事もバレて所長逮捕。


幕府の上層部にもその事が耳に入るが、真選組は直接関わったわけではなく、成り行きで知ってしまったのだからお咎めなし。



完璧じゃねぇか、



「何をするネ!!離すヨロシ!!」

少し離れた部屋から独特な喋り方をする女の声が聞こえてきた。沖田は足早にその部屋へと近寄る。

「黙れ!!クソガキ!!」
「オイ!そこの陰毛頭!!今すぐこれを外すヨロシ!!」
「いんっ…?!」


アイツは本当に女か?


沖田は物陰に隠れ、顔をひきつらせながら様子を見ていた。

神楽の他にも女や男、子供が数人いる。周りには見張りと思われる男が五人いた。
後ろ手に縛られ壁に鎖で繋がれた神楽はチリチリ毛の男を睨む。相手は顔を真っ赤にさせ大変ご立腹だ。


気持ちは分かる。


「こんのガキィ!!!」

暴言を吐かれた男は拳を振り上げ神楽に殴りかかった。

沖田は反射的に床を蹴り部屋の中へ飛び込む。手に持っていた神楽の番傘を横に振ると思い切り男の脇腹を殴りつけた。
男の体が飛び壁に叩きつけられる。

周りから悲鳴が上がり、見張りの男達が驚きどよめいた。


「何だァ!!貴様はァァ!!!」

四人の男達が一斉に襲いかかる。

右から来る男の拳を上体を仰け反って避け、片足を後ろに引き体を回転させ左からくる男の背中に傘を打ち込んだ。前につんのめり、右から来た男と正面衝突をする。

間を空けず、身を低くし背後で刀を八相に構えていた男に足払いをかけた。バランスを崩した男の顎に目掛けて下から突きを食らわす。

残り一人となった男は悲鳴を上げ部屋から走り去っていった。







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