小説 1

小さな要求をのむと後々断れない 1

(沖、神)


酢昆布を買うお金すらないってどんだけ我が家は貧しいのか。

神楽は番傘をくるくる回しながら薄暗い路地裏に入る。足下の小石を蹴ったついでに何か銭でも落ちていないかと思い目を凝らした。

しかしそんな都合良く銭が落ちている筈はない。
神楽は「ハァ」とため息をつき前方を見つめた。狭い路地裏の先では様々な人が通り過ぎる。

全員ポケットに穴空いたら良いのに。それで落ちていく銭を私が拾うんだ。

ポケットの中に銭が入っている保証など微塵もないのにそんな事を思ってしまう。
大体あの天パが昨日パチンコで大負けしなければこんな事にならなかったのでは。

「お嬢さん」

路地裏にあるポリバケツの蓋を開けていると突如背後から声がした。くるりと振り返り首を傾げる。

「何アルカ?」

声の主は顔立ちが整った男で年齢は天パと同じぐらいだろうか。

「少しだけ時間良いかな?」

ニコリと爽やかに笑う男の周りだけ花が咲いたような気がした。

日頃から銀時に「知らない人について行ったらだめ」と言われているが…少しだけなら良いか、どうせ暇だし。

そう思い番傘を少し後ろにずらして男を見上げた。

「良いアル。さっさと終わらすヨロシ」

聞いてやるんだ有り難く思え、というように神楽は胸を張り腰に手をやる。

「ありがとう!実は…大切な物を落としちゃって…一緒に探してくれる?」

――ん?

神楽は大きな目を瞬きさせた。

一緒に探すという事は見つからなかったら少しの時間にはならないのでは。

しかし、一度承諾したのだから断るのもあれだ。適当な時間になったらさっさと帰ろう。

「分かったアル。何落としたアルカ?」

何よりその落とし物を見つけた時に謝礼金が頂けるかもしれない。

「わぁ!ありがとう!助かるよ!実は彼女とのペアリング落としちゃってさ」

短い髪を掻く男の周りに花びらが舞った気がした。
無駄に爽やかすぎる男のせいで先程から幻覚が見える。

「どの辺アルカ?」
「こっち」

早速足下を探し始めた神楽の手首を男は掴み、強く引っ張った。

「へ?」

番傘が狭い路地裏の両端に建つ壁に引っかかり手から離れる。

「あ」と声を出し神楽は手を伸ばして傘を取ろうとした。
男はそんな事を気付いているのか気付いていないのか、お構いなしに神楽の手首を掴んだまま路地裏を走り抜ける。

「?」

そんな切羽詰まっているのだろうか、走る男の背を見つめながら思う。

後で取りに行くか、共に走る神楽は小さくため息を吐いた。





昼間は準備中という札を掛けている店が多い。だからか、人通りはほとんどなかった。この辺りは夜になると華やかなネオンが歌舞伎町を彩り、一気に賑やかになる。

今日は太陽が隠れてるとあって傘無しでも少しぐらいいけそうだ。神楽はぐるりと周りを見渡ししゃがみ込んだ。

「呑みに行った帰りに落としちゃってさ」

四つん這いになって探す男の周りに花が踊った気がした。

その爽やかさをあの銀髪に与えたら天パがストレートになるかな、神楽はそんな事を思いながら木箱と木箱の隙間を見る。

「いやぁ、この前も財布を落としちゃってさ。その時も君みたいな優しい子に探してもらって」

何か一人で喋っている男を適当に流し、目を凝らす。

(あ)

キラリと何かが光ったような気がした。神楽は手を伸ばしそれを掴む。

(お!この感触は…)

パッと表情が明るくなり握った手を素早く引いた。恐る恐る手を開くと、そこにあるのは一枚の小銭。

「あ、思い出し」
「やったアル!!」

思わず神楽は立ち上がり、小銭を握った拳を振り上げた。

「えぇっ?!」

何か言い掛けていた男は神楽の叫び声に吃驚し声を上げた。

「み、見つけたの?!」

目を大きく開け神楽を見上げた。爽やかな声が上擦っている。

「あ、いや、何でもないアル」

サッと小銭をポケットの中に入れ再びしゃがみ込んだ。

まさか酢昆布一箱分の銭を拾えるとは…物探しも良いものだな、上機嫌で二箱目の銭を探し始める。

鼻歌を歌っている神楽を呆然と見ていた男だったが、ふと我に返ったように「あ」と声を上げた。

「お、思い出したんだけど、ここで落としたんだと思うんだ」

男は建物と建物の隙間を指差した。神楽は立ち上がりそこを見る。

「この辺りで友達と喋っててさ。指輪の話になって…サイズを確かめる為に外した時に突然十年ぶりの友達に声掛けら」
「ここに落としたんだな」

神楽は男の台詞を遮り、隙間を覗く。先程と同じく光る物が目に映った。
男も分かったのか、隙間に手を伸ばそうとするが手首から入らない。

「ごめん!取ってくれる?」

顔の前で手を合わせ片目を瞑る男の周りで花びらが吹き荒れた気がした。

「仕方ないアルナ」

神楽は隙間に向かって手を伸ばし手元を探る。

(小銭でありますよーに)

しかし、小銭であったとしてもどのようにして横取りされず懐にしまおうか。


まず、銭を取る。

袖の中に隠す。

そこらの小石を取る。

手を引く。

男が指輪かと聞いてくる。

石だったと言い手元の物を見せる。



完璧じゃないか、


「んぐっ…!」

突如、顔に布を押しつけられ神楽は目を見開く。
鼻を突く臭いがした、と思うと同時に意識が無くなっていった。







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