小説 1

クサノオウ10

「あぁ、じゃあそれがそうですね」
「やはりただのヤクザの喧嘩か」

「くだらねぇな」と呟き土方は顔をしかめる。

屯所に戻った山崎は麻薬や宝石が入った箱、本部と思われる屋敷が騒々しかった事を土方に報告したが、銀時達の事は言わなかった。

別に言う必要はない、と山崎は思った。

銀時に変装がバレていたという事実を隠す事により己の自尊心を守るという一種の自己防衛が働いたかもしれない。

別に虚偽の報告をしたわけではないが、山崎は頬をポリポリと掻き上目をつかう。

「…山崎」
「あ、はい」

土方の声で山崎は両手を膝の上に置き前を見た。

「三日後、その龍昇組本部に踏み込む。それまでに屋敷の間取りを把握しておけ」
「分かりました」
「…場所を聞いていなかったな」
「場所は」

山崎が本部の場所を言い掛けたその時、

「副長!よろしいですか?」

襖の向こうから隊士の声がした。
山崎の言葉を止めるように土方は手を前出す。

「なんだ?」
「失礼します!」

隊士は襖を開け敬礼をした。

「見廻り中に斬りかかってきた不逞浪士三人捕縛しました。門前に出しております」
「そうか、今行く。山崎、場所は間取りと一緒に聞く」
「分かりました」








また話すタイミングを失った。

次の日の朝、山崎は屋敷へ足を運んだ。しかし、本部ではなく田舎の方だ。本当はもう何もこの屋敷には用事がないのだが。

いつも午前中は誰もいない屋敷内だったが、誰かに侵入された事によりさすがに警戒し始めたようだ。人が数人残っていた。


「この花何?」

塀を乗り越え納屋の裏に立つと、神出鬼没の少年が何食わぬ顔で下を指差していた。

「あれ?」

山崎は少年の顔を見て目を丸くする。頬にガーゼが張り付けてあった。

「怪我したの?」

山崎が問うと少年はビクリと肩を揺らす。自分の頬を触り無言になった。

「えーっと…」

これは聞いてはいけなかった事だったのだろうか。
山崎は頭の後ろを掻きながら困惑する。

未だ無言の少年に何を言っていいのか分からなくなってきたので、とりあえずしゃがんで少年が指差した花を見た。

黄色い小さな花、暗い所でひっそりと咲いていた。

「あー…これはクサノオウだね」
「クサノオウ?」

自分の頬から手を離し、少年もしゃがむ。

「そうそう。この茎や葉から出る汁は毒なんだ。薬にもなるんだけどね」
「へぇー…四つ葉よりこっちが良いなぁ」

少年は目をキラキラさせて花を見つめる。

珍しさでいえば断トツ四つ葉なのだが。クサノオウなど川の近くでどこにでも咲いている野草だ。

「まぁ…確かに見た目はちっちゃくて可愛い花だけど。四つ葉はどうしたの?」
「どこかに置いてきた」
「あ…そうなんだ」

所詮、少年にとっては只の葉っぱなのか、山崎は立ち上がり周りを見渡した。

少しだけ屋敷を見てくるか、何か聞けるかもしれない。

「じゃあ、俺は行くね」
「ねぇ」

去ろうとした山崎の服を少年が握った。
「え」と山崎は振り返る。

「また会えるかな?」

真っ直ぐ自分を見つめてくる少年の頭の上に手を置き、もう片手で人差し指を作る。

「次はもう一人連れてくるよ」
「え?ほんと?!」

少年は大きな目をさらに大きくし、嬉しそうに声を上げた。

感情がこもった言葉はこれが初めてかもしれない。何だか山崎自身も嬉しくなった。

「うん。見た目はちょっと怖いお兄さんだけど、本当は優しい人だから」

多分。

「分かった!」

少年は笑いながら表の方へ走っていった。

――おや、

山崎は少年の背が消えるまで見送ると、頭を掻き屋敷の方へ去って行った。







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